変わる世界
93 変わる世界
「―――ルイン。大丈夫か?」
――死を覚悟して目を瞑った自分。きっと次目を覚ます時に目の前に映っているのは死の国だと思っていたのだが、最後に見た時は弱弱しい姿だった友が見違えるほどたくましくなっている背中だった。
その背中にはありとあらゆる覚悟が見え、まだどこか悩んでいる思いが残る背中ではなくなっていた。『何かあったのか?』と聞こうと思ったが、ハタストムが目を閉じているルナを抱いているのを見て全てを悟った。
「――お前こそ大丈夫なのか?」
全てを悟った俺は恐る恐るハタストムにそう聞いていた。俺に殺気を向けていた魔王は、やってくたハタストムのパンチによって吹っ飛ばされ、どこかに行ってしまった。今は俺とハタストムだけという状況で、俺はずっと目を閉じているルナを抱いているハタストムのことを心配しないことはできなかった。
「ああ……。大丈夫だ。俺もルナも、全部割り切れている」
ここにやってきて最初に俺に言った時よりも数段弱弱しい口調で言ったハタストム。その弱弱しく、悲しそうな気持ちを思わせる口調を聞くだけでどんな辛いことがあったのかが想像ついてしまう。常人離れした力を持つ者は嫌われるものだが、俺は絶対にハタストムのことを嫌ったりはしない。
……もはやこの世界で誰よりも強いとも言っていいほどの力を自分の物としたハタストムの覇気。それは嫌でも伝わってきてしまうもので、油断するとハタストムの覇気に畏縮して一歩も動けなくなってしまうほどすさまじい覇気だ。
でも、ここでハタストムを拒めばハタストムはこの先ずっと一人になってしまう。力を与えられたというのはそういうもので、都合が悪くなれば直ぐに敵と認識されてしまう。だから俺はここでハタストムを嫌わないし、絶対に拒まない。
「ハタストム…………聞きたいことは山ほどあるが、その力はどうやって手に入れた?」
「お前が立てた仮説を信じた。何も救えなく、何も出来ない自分を何かできる自分に変わるために人間を辞めた。そう。この力はお前が立てた仮説を証明したに過ぎない」
「俺の仮説……?まさか、【アンデッド】のことか?生物が死ぬのは命だけで、魂は世界に残り徘徊し続ける。言わば、永遠と死に続けている状態のこと」
「ああ……。その状態になることが証明されていなかったが、何もできない俺に人間としての未練はもうなかったからな」
――そう。だから俺はあの時持っていたダガーで自分の胸を刺した。あの時の痛みと苦しみはよく分かっているし、胸に空洞が出来てしまった感覚さえも覚えている。しかし…………しかし、『痛みの苦しむ』より『失う苦しみ』の方が胸がとても苦しんだ。
「証明されていないことを自分の命を賭けて証明したということか……。相変わらず後先考えずに行動する奴だ。だが………今回はそれが良い方に転がったわけだな」
何やら含んだ言い方をしたルインは既に大量の血が付着している服の中からナイフを取り出した。……ナイフを取り出したルインは空に浮かぶ月を見上げ、刃先を自分に向け心臓目掛けて突き刺した。
――ザクッ・・・ぶしゃぁぁぁぁぁ・・・。
ナイフによって貫通されたルインの心臓は働きを忘れ、尋常ではない痛みと苦しみをルインに与えてまだ黒さがあった服は一瞬であふれ出た血で赤く染まってしまった。
「がっ……っ!!」
「ルイン!?何してるんだよお前!!」
それまでの流れがまるでスローモーションのように映ってしまった俺はルインが苦しみの声を上げるまで一歩も動けなかった。急いでルインに駆け寄って止血をしようとしたが、ルインは俺にストップを合図するように手を伸ばす。
「……手を出さないでくれ。これはお前にだけ責任と荷物を背負わせないためだ」
そう言ったルイン…………。痛みと苦しみで発狂してもおかしくないというのに、いつもより力強い口調で言ったルインの言葉を信じた俺はルインが言った通り手を出さないようにした。
―――そしてルインも俺と同じアンデッドとなった。
※※※
―――俺とルイン二人がアンデッドとなって早一年が経過した。あの時俺とルインを襲った魔王はどういうわけか姿形を消すようにいなくなり、世界には一つ噂が流れるようになった。
それは死に続ける災厄がいると。
「ハタストム。そろそろ時間じゃないのか?」
「そうだな。この日……世界は変わる」
太陽が月と交代し、静かな夜が訪れた瞬間に俺とルインは外に出て行った。アンデッドになった俺とルインの頭の中には似たような声で同じような言葉が流れ込んでくるのが分かった。
勝手に様々な言葉が流れ込んでくるだけでなく、出会った謎のモンスターの名前も特性も解説してくれるのだ。
俺とルインはそれを【解析】と名付け、その【解析】の言葉を聞いているうちにこの世界を変える方法を見つけ出した。それはこの世界に新しい概念を作りだすというもので、今の概念ではなく新しい概念を作れば今よりもよくなるということだった。
「概念を作るって意味がよく分からないだが………」
「違う。作るのではなく造るのだ。そのために俺はアンデッドになったと言ってもいい」
そう言ったルイン。一体何が違うのか分からないが、ここはルインのことを信じるしかない。そもそも『概念』というものなのかが分からないが、難しいことを考えるのはルインに任せるとしよう。力はあっても脳がないから難しいことを考えるのは無理だからだ。
「さあハタストム。始めるとしよう。
最弱と言われた人間最後の抵抗を――――」




