再び抗う
88 再び抗う
「ルイン。ちなみに聞くけど、何か策があるんだよな?」
ルインが俺の背中を強く押してくれたお陰で俺の中で何かが変わり、何かを成し遂げようという気持ちが強くなった。……むしろ以前の俺よりもとても素直な気持ちかもしれない。
前の俺は自分の弱さを世界のせいにしているだけで、その責任を世界のせいにしていた。でも、今は自分の弱さに真っすぐ向き合っていけているような気がする。
「心配するな。俺はお前と違って何も考えずに行動するわけじゃない」
「そうですか……」
少しルインのことを尊敬の眼差しで見ていたのだが、それは最大の間違いであると判断した俺はルインの言葉を呆れながら返した。すると、いきなり前を歩いていたルインが足を止めてから振り返る。こちらを向いたかと思えば細い道の端に避けたルイン。
ルインが道の端によって見えたのは金色の美しい髪……瑠璃色の綺麗な瞳を持っている女性―――ルナであった。
ルインは俺に『お前の客だ』と言っているような顔をし、首を振ってルナの顔を見ることを指示する。
―――最初見た時は初めて見た時と変わらない衝撃が走っていたルナだったが、改めてその姿を見たらルナは目から涙を頬に伝わせていた。
「ル……ナ?」
咄嗟のことで思わず声が出なかった。俺にはルナが涙を流している理由が分からなかった。頬を伝っている雫のような涙は重力に従うように垂れていき、やがて地面に零れ落ちる。
「ヒューズ君……私…………」
「え?」
地面に涙が零れ落ちた刹那、口を動かしたルナはかすれたような声で俺に問いかけた。
「私さっき……人を一人殺した…………」
「―――!?」
かすれた声で精一杯口を動かして出された言葉は直ぐに消えてしまったが、俺の胸の中には鮮明に残ってしまう一言だった。鮮明に残ると同時に俺はルナが涙を流した理由が分かったような気がした。
―――その後、涙を流しているルナが全てを語った。声はとても弱弱しくなっていて、その言葉から後悔や絶望と言った気持ちが詰まっていた。ルナの話によると、いつも通り偵察任務を指示されたルナが現場で起こっていた悲劇だったらしい。
突如一緒に居た仲間が襲われたらしく、ルナも早めに合流したが既に遅かったらしい。最初に襲われた者はもちろん、ルナよりも早く駆け付けた者も全員返り討ちにされたらしい。現場には草木の匂いを軽く凌駕するほどの血の匂いと、腐敗臭が既に漂っていたらしい。
―――どの死体も胴体と首が離れている者や四肢切断されている者など、殺され方はそれぞれだった。そんな中、一人だけ息をしている人が居たらしい。ルナはその人に急いで駆け付けたが、その者は動けるどころか呼吸すらままならなかったようだ。
……そんな限りなく瀕死に近い状態である者が駆け寄ったルナに言った言葉が、『せめて人間が殺してくれ』という言葉だったらしい。その言葉を受け取ったルナは持っていたダガーで虫の息をしている者の首を容赦なく掻っ切ったようだ。
「ヒューズ君……私は、どうするべきだったのかな?」
全てを話している途中で涙を流しつくしたルナは俯いたまま俺に問いかけた。俺はルナの問いかけに対して一瞬どう答えるか悩んだが、自然と口が動いていた。
「ルナが自分を責めることはない……。最初で最後の願いを聞いたルナはむしろ立派だと思う。だから……自分を責める必要はない」
「でも……っ!!もし私がもっと早く駆け付けていたら皆助かっていたかもしれないのに……っ!!」
ルナが自分の気持ちを抑えきれなかった瞬間、叫ぶようにして自分の醜さをさらけ出していた。俺は……俺は…………俺はそんなルナの後悔と自分の醜さを乗せた叫びを聞いた瞬間、俺の体は勝手に動いて無意識に涙を流しているルナを強く抱きしめていた。
―――言葉も何も浮かばない……それでも俺の体は勝手に動いてルナのことを強く抱きしめていた。
そして最後…………やっと思いついた言葉をルナの耳にささやくようにして言った。
―――“辛かったな”と…………。
※※※
「ルイン……。早くしよう。時間が惜しい」
「ああ…………そうするとしよう」
――――俺が世界を変えると再び決意した日から早くも一か月の日々が経過した。あれから少しではあるが、俺とルインの作戦に協力してくれる人も増えている。驚いたのはルナが真っ先に参加してくれたことである。
俺とルインが何かをやろうとしていることを直感で感じ取り、問い詰められて全てを話すと直ぐに協力してくれることとなった。人数こそまだ多くはないが、一人じゃないことがこれほど自分の背中を押してくれるとは思わなかった。
「ハタストム…………ここから先は奴らの支配領域だ。絶対に気取られるな」
「はいよ」
ルインからの指示を受けた俺は自分の気配を消して音もなく移動する。ここ一カ月間、何もしていなかったわけではなくルインに鍛錬してもらっていたのだ。魔力を持つはずのない人間が魔力を持っているという異端のルインからの鍛錬は想像を軽く超えるものだった。
魔力を持っているだけでなく他の種族…………もしかしたら魔族にも引けを取らないルインにとって、俺たち人間が魔力を持たない理由は『人間の体が魔力という膨大な力に耐えられない』かららしい。これからは他の種族…………獣人やエルフと言った種族ではなく魔族を相手にする可能性があるので、俺たち普通の人間にも魔力を持ってもらうことから始まった。
「それにしても、よく短期間でこれほど伸びたな」
「そりゃああれだけやったからな」
気配を消して音もなく草原を駆けるという行為。普通の人間ならまず出来ないことだろう。これもルインの鍛錬のお陰と言うべきだろうが、元々偵察任務が多かった俺は習得が早かった。
月の光が音も気配もなく駆けていく俺とルインを静かに照らしていたが、人間はもちろん他の種族に気取られることはなかった。
―――しばらくそのまま草原を走って行くと、俺とルインの目線の先に小さな集落のような物が見えてきた。
「ルイン……本当にここであってるのか?」
「そのはずだ。仮に間違っていたら全力で逃げる」
集落が見え始めると走りながらルインに確認をとる。しかし、返ってきたのは曖昧な言葉だった。俺はそんなルインの言葉に若干の不安を抱きながら足に魔力を込める。――これこそ鍛錬による賜物と言うべきだろうか。ルインの鍛錬を受けた俺たちは少しだけ魔力を持つことが出来た。
もちろん火を出したり水を出したりと言った魔術は使えないが、魔力を込めることで一瞬だけ身体能力を上げることが出来るようになった。
俺はそれを【身体強化】と勝手に名付けて重宝することにした。今も足に魔力を込めて脚力を上げて一気に集落に突っ込む。最初はこのスピードに慣れなかったが今ではすっかり慣れている。
「さて……お目当てはどこかね?」
「焦るな。ただでさえ派手な入り方をしたんだ」
集落を囲んでいた柵を脚力によって上げたスピードによって全て蹴散らせ、家に籠っていた住民が皆出てきた。ここに住んでいるのは【ドワーフ】という種族で、自らに戦う力はないが他の種族には絶対に作れない武器を創り出す種族である。寿命が短い分そこまで数は多くなく、魔族が増えた今殆どの種族の数は減りつつある。
「……い、一体何の用ですか?」
家から出てきた住民の一人が俺とルインに恐る恐る口を動かして問いかけた。そのドワーフの問いかけに答えたのはルインだった。
「ここに来たのは他でもない。いきなり押しかけて申し訳ないが、長老に合わせてくれ」




