現実
87 現実
―――勘違いによって始まってしまった人間VS獣人・エルフとの戦争は、俺とルインが獣人とエルフを合計3人殺してしまったことによって事態は悪化してしまった。
完全に負けを認めて相手のいいなりになればもっと多くの命を救えたかもしれないというのに、俺とルインの軽率な行動によってより血みどろな戦争となってしまった。
人間の国が一つ崩壊したことにより世界のパワーバランスが崩れ、今まで殆ど冷戦と言ってもいい状況だった戦いに終止符が打たれると誰もが思っていた。
――――しかし、たった一つの種族の誕生によって世界は大きく変わってしまった。
「……なあルイン。俺って何か間違ったことしたのか?」
黒い雲で覆われている空を見上げながら空気中に舞う灰を吸い込まないために装着していたマスクを外し、俺は目の前にいるルインに俯きながら聞いた。ルインは魔術を使って特殊なバリアのような物を体の周りに張っているらしいのでマスクを装着していないが、まるでマスクを外したような行動をとってから口を動かした。
「……それは知らん。一つ言うとするならば…………100%の正解と100%の間違いは存在しない。そして、お前の行動も誰かが正しいと思えば正しい。
あやふやな答えだが………決して間違いではない」
俺を慰めてくれているのか、それとも俺を貶して言っているのかが分からなかった。しかし…………今はそんなルインの意見でも答えてくれるだけで嬉しかった。
人類…………いや、殆どの生物が空気中に漂う灰を吸わないようにマスクを装着し始めたのはたった一つの種族が誕生してからそんなに時間はかからなかった。
―――今まで『居た』のか『居なかった』のかは定かではないが、その日突然【魔族】という種族が誕生した。魔族の王にして長のような者は【魔王】と呼ばれ、それは……まるで災厄のような強さだった。
力いっぱい腕を振れば地面が更地となり、力いっぱい拳を突き出せば山が崩れ、指を鳴らせば地面を爆ぜさせる。
自らの力を誇示するように行動した魔王は青空を黒い雲しか浮かばない空へと変え、清々しい空気と風は吸いすぎれば死んでしまうほどの灰が漂う空気と変えた。
「何でだ………?何でこの世界はこんなにも辛いんだ?」
胸のうちから出てきてしまった本当の言葉。弱弱しく、情けない声だったということは口にした俺が一番理解していた。魔族…………加えて魔王が存在してしまった今、他の種族で争っても仕方ないと考えた魔族以外の種族はそれぞれ魔族に対抗できる術を考えるだけだった。
願うのは…………魔王の気まぐれによって自分の国が……種族が滅ぼされないことだけである。
「……ハタストム。お前の言うことは理解できる。しかし、お前は以前『世界を変える』と言っていなかったか?間違ってるのは私たちではなく世界であると―――お前はそう言っていなかったか?」
頭を抑えながら明日…………いや、今日どうやって生きるのかだけを考えていた俺の胸に深々と刺さってしまったルインの問。俺は自分で言った言葉に答えることができなかった。あの時は直ぐに答えることが出来たというのに、何故か言葉が出なかった。
「なぜ…………お前が答えられない理由を教えてやろうか?」
ルインは俺の胸のうちを読んだかのように言葉を続け、含んだ笑いを見せながらさらに言葉を続けた。
「あの時のお前は『世界を変える』ことを信じていた。だが、今のお前はそれを望んでいるだけだ。『信じている』から『望んでいる』に変わったからだ」
―――その二つの言葉は似ているようで似ていない。最後にそう聞こえたルインの言葉。
最初の問よりも深くに俺の胸に突き刺さったものだった。自分で言い放った言葉に問い詰められることがあることなど、一体誰が予測したものだろうか。
「……別に自分を責めることではない。元々世界を変えるということは現実味がなかった。それに、お前………いや、俺たち人間にそんな力はない」
「分かってる!!!分かってるんだそんなの!!」
―――ルインが続けた言葉に対し、俺は自分でも驚いてしまうほどの大きな声で叫んでいた。今まで胸のうちに秘めていた思いが無意識に出てしまったのかもしれないが、その思いが無意識に出てしまう引き金が自分自身の傲慢さに気づかされたことに対して俺は目をそらそうとしていた。
「お前の言う通りだよ……っ!!何かが出来る力を持っていないのにも関わらず何かをしようだなんて思い上がりもいい所だよな。所詮は傲慢の俺にピッタリな妄想でしかない。
それに…………それに気が付いたのは自分自信の力じゃなくお前が気づかせるために話を持ち掛けたんだ」
―――自分の性を再確認させられたような感覚に陥り、何の罪もないルインに当たるしかない自分自身も嫌いだった。
「ただ俺は……現実から目を背けていただけだ…………っ!!何かをする力も……何かを成すために何かをしようともしない自分を正当化するために『世界が間違ってる』って、自分自身の無力さを世界のせいにしただけだ!!
所詮はその程度の人間なんだ…………っ!!!人間は所詮、そんな考えしか出来ないんだよ!!今日死ぬかもしれない…………明日死ぬかもしれない。常に死と隣り合わせにある今で…………俺はそれを自分自身を正当化させるために世界のせいにしただけだ!!」
一度引き金が引かれた俺の胸のうちに秘められた言葉の数々は尽きることを知らなかった。まるで自分が自分でないように―――まるで誰かに操られたかのように叫び続ける俺を見ているルインは今どう思っていることだろう。
俺の本性を見て呆れるだろうか…………?いや、最初に俺の理性の引き金を引いたのがルインだとすると、最初から俺の本性には気が付いていたんだ。
―――じゃあ、この状況は誰が望んだんだ?
望んでもないことは現実として起こり、最も強く望んでいることは幻想に過ぎない。俺は…………誰も望んでもいない『現実』という二文字に苦しめられていた。
「―――そうか」
そして、俺の叫びを誰よりも誰よりも近くで聞いていたルインが長い間閉ざしていた口を開き始めた。
「お前の原動力が分からなかったが、ようやく理解した。そうか…………全ては無力の自分を有力と見るために世界を敵にしたわけか」
口を開き始めたルインは一歩一歩近づきながら涙が溜まっている俺の目を見つめながら含んだ笑いを見せる。
「―――いいだろう。お前がここでもう一度『信じる』と誓うなら、俺がお前の幻想と妄想を現実にするために全力を尽くそう」
「……何?」
「俺は以前お前の誘いを断った。それは……お前の原動力が分からなかったからだ。誰のために世界を変えるのか、何のために世界を変えるのか分からなかった。
だが、俺は今日それを理解した。お前の野心が俺を動かしたんだ」
「何言ってるんだ?」
「俺はお前の言葉と気持ちに、お前は俺の行動を見て信じればいい。それだけの話だ」
ルインはそう言った後直ぐに歩き出した。
ルインの背中には「黙ってついてこい」という気持ちを露わにしていた。




