勘違いの宣戦布告
85 勘違いの宣戦布告
「…………悪いな。今回は俺たちの勝ちだ」
目の前には先程まで生きていた獣人が焦げている姿があり、魔法陣は役目を終えると消えてしまった。
いつもなら人間は獣人に勝てないのだが、今回は場所がルインの支配領域だったために勝利した。
「ルナ。大丈夫だったか?」
「う………うん。でも、ヒューズ君よく出来たね。ルイン君の魔法陣で魔術を発動させちゃうなんて」
ルナの方に視線を向けると、ルナは唖然とした顔でたちながら俺に言ってきた。普通の人間は魔力を持つことはない…………しかし、俺が魔術を発動させたことに驚いているような言い方だった。
「簡単な話だ。この間の偵察任務ついでに魔石を盗ってきただけだ。魔石は魔力を内包する石だから、それを破壊すれば魔力が外に出る。魔力が外に出ているタイミングで魔法陣に投げ込めば、そのまま魔術が発動するってわけだ」
「それによくルイン君が描いた魔法陣を覚えてたね。私だったら絶対忘れちゃうよ」
「…………覚えないと安心して進めないんだよ」
関心の瞳で俺を見てくるが俺は少し自信を無くしたような言い方でルナに行った。このルインの支配領域は良くも悪くも罠が仕掛けてある。
しかし、それは通った時に罠が作動してしまうかもしれないということだ。だからここを通るためには罠の場所を全て覚えるか、常に足元や壁などを見ながら進むしかない。俺の場合は前者の方が楽だったから罠の場所を全て覚えた。
それが間接的に役に立ったのだ。発動させたのは俺でも魔法陣を描いたのはルインだ。どちらの方が仕事をしたかなんて火を見るより明らかだろう。
「早く戻ろうルナ。恐らくだが…………今回襲撃してきた獣人が一人だけではなかったらマズイことになっている」
「分かった!急ごうヒューズ君!」
ルナに告げたあとにルナの手を引き、二人で洞窟から抜けて急いで国に戻る。走っていくにつれて明かりが見えてくるのと同時に、火で燃やされているような焦げ臭い匂いが鼻を突き抜ける。
――――いざ洞窟を抜けて建物が聳え立っていた方を見ると、そこは既に炎の海に沈んでいた。俺が先程発動させた魔術なんて足元にも及ばないほどの炎に包まれ、人々が悲しみの叫びを上げる声と何かに抗う兵士たちの声がここまで響いてきていた。
「ヒ………ヒューズ君………」
目の前の光景を見たルナは心配しているような声を出すと共に俺の服の袖を引っ張る。………そこからルナの震えが伝わってきて、とても恐怖を抱いているというのが実感できた。
――――しかし、俺は何も出来なかった。…………国から少し離れた比較的安全な場所にいて、建物が…………人々が炎の海に沈んでいるような声が聞こえても俺はその場で立ち尽くしているだけだった。
(…………何で動かないんだ?あれだけ『世界を変える』って言っていたのに。何でいざと言う時に何もできないんだ?)
心の中で何度も自分に問いかけていた。『なぜ動かない?』、『なぜ動けない?』、『なぜ動こうとしない?』、『なぜ?』、『なぜ?』、『なぜ?』と―――――
「…………何をしているんだ」
「……っ!?」
呆然と国と人々が無くなっていく光景を見ているしか出来なかった俺の背中は、いきなり近づいてきた人に押されて少し前に出てしまう。後ろを振り替えると先程消えたルインが呆れた顔でこちらを向いていた。
「ルイン…………」
俺は名前を呼ぶことしか出来ないでいた。
「こんなところで何をしている?お前は啖呵を切ることしかできないのか?自分が行動しないのに相手に行動させるなど押し付けがましいと思わないのか?」
ルインが罵ってくる言葉に耳を傾けるが、俺はそこまで胸が痛むことはなかった。事実という名の言葉だけが俺の胸を蝕むように苦しめ、そしてルインの言葉の威力を和らげていた。
「もう一度言うか?」
「―――いや、もういい…………」
ルインは俺を蔑みの目で見下しながら聞いてきたが、俺はそんなルインの目を真っすぐに見つめながら決意を伝えるような目でルインを見つめながら口を動かす。
「悪いなルイン……。俺は自分で言った言葉を忘れていた。…………それとやっぱりこの戦いにはお前が必要だ。でも、俺に協力しないと言うなら――――俺以外の人々を守ると思ってやってくれ!!」
「……」
全てが吹っ切れたような感覚を感じる俺は自然に頭に流れてきた言葉を強い口調でルインに言った。ルインは腕を組んで俺を見下すような形で立っているだけで何も言わないが、次の瞬間俺に背中を向けると炎の海に包まれている方に進みだした。
そのルインの背中には「黙ってついてこい」と言っているようで、俺は顔に笑みを浮かべながら黙ってルインについて行く。
「ルナ……ルナはここで待っていてほしい」
「え?ど、どうして……?」
「恐らく……今回獣人が襲ってきたのは俺たちが偵察に行ったことが原因だ。…………それに―――」
「……何?」
「いや……何でもない。とりあえずルナはここで待っていてくれ」
―――お前を失いたくないというたった一言だけがルナの顔を見ながら言うことが出来なかった。魚の骨のように喉に引っかかり、そこで詰まって口に出すことが出来ない。結局言葉が思いつかなかった俺はルインの後を追うことにした。背中を向けて走り出すと、後ろから不安そうな視線を感じる。
俺はあの言葉を言わなかったのか、それとも言えなかったのか分からないままルインの後を追った。
※※※
「…………なんだよこれ?」
「獣人が襲ってきた割には炎の威力が強大すぎると思ったが…………まさかこんなことが起こるとはな」
ルインの後を追ったまま炎の海が包んでいる場所まで向かっていくと段々と炎の中に人影のような物が見えてきた。人間を軽く上回る体躯を持ち、獣特有の体毛と耳と尻尾を携えた獣人…………そして獣人と人間と間くらいの大きさで長い耳を持っている者もいた。
…………『耳が長い』というだけでは情報が少なすぎると思うかもしれないが、この世界で『耳が長い』という特徴が示す種族は一つしか存在しない。
―――獣人のように身体能力が特化しているわけでもなく、獣人のように速く走れるわけでもない。その種族は近距離での戦闘を得意としないが、後方の支援と魔術と魔法を合わせた戦略を組まれたら絶対に勝てない。
種族一の魔法・魔術使い―――【エルフ】。
近接戦が得意とする獣人が前に出て、魔術・魔法を得意とするエルフが後方から支援・そして攻撃。誰だって思いつくことだが…………それは『最強』と呼ぶべき組み合わせだろう。
「……種族同士で争っている中で何故共闘戦術を使っているんだ?」
「…………深くは知らない。だが、戦争をする上ではこんな言葉がある……。敵の敵は味方だと言うことだ。獣人とエルフの敵が俺たち人間だとすると、獣人とエルフは味方同士だと思ったわけだ」
「敵の敵は味方…………か」
獣人とエルフが共闘していることに若干焦りを覚えた俺だったがルインの憶測を聞くと自分でも驚くほど納得してしまった。しかし、納得しても炎の海に包まれている建物は死んでいった人々が生き返ることはない。…………そんな中、一人の獣人とエルフが炎の中から出てきた。
「……貴様が人間の中で膨大な魔力を有する者か」
一人の獣人がルインを見つめながら言う。
「そして…………横にいる貴様が我々獣人の支配領域に入った者か」
「……」
今度はルインではなく俺に視線を向けた獣人が笑いながら言った。俺はその笑いを聞いてただ唾を飲むことしかできなかった。
「単刀直入に言う。我々獣人は、あれを人間からの宣戦布告だと認識した!!」




