破壊の魔女
71 破壊の魔女
「すまなかったな………………我がここに来ていながら、我はお前たちを殺させてしまった」
童顔に斬り殺された同胞を一人ずつ抱き抱える様子を見せるノワールは、誰よりも悲しい顔をしながら一人ずつ掘った穴に優しく埋めていく。普通アンデッド族ならただ斬られただけでは死なないはずだが、童顔が使っていた剣には【浄化】の効果が付与されていたらしく、斬られるのと同時に浄化されてしまったようだ。
「我はお前たちを守るために集落を作った……………そして、あの時守れなかったから今度こそ守ろうとした。
だが…………今度も守ることができなかった…………っ!!!」
グッ………と悔しそうに手を強く握る。爪が自らの手に食い込み赤い鮮血が数滴ポタポタと地面に落ちる。しかし、ものの数秒で傷は治まりノワールも強く自分の手を握るのを止めた。
「お前たちの仇は必ずとってやる。だから安心して眠るといい」
最後の一人を掘った穴に優しく置いて見せたノワールは土をかける前に同胞にそう言った。決して目を開けることも体を動かすことのない同胞は、ひたすらに目を閉じて眠っていた。
「そして…………我は確かめなければならん。童顔が言っていたことの心理を――――」
ひたすらに目を閉じて眠っている最後の同胞に優しく土をかけると、ノワールは指を鳴らして黒い霧に包まれてしまう。
心理というのは先ほど童顔がノワールに告げたことで、ノワールはその心理を自ら探ると決めたのだ。
―――そしてノワールは黒い霧に包まれて姿を消した。
※※※
――――ここは辺り一帯が毒の湖で囲まれている浮き島。大陸の最北端に位置するこの場は、人どころかモンスターですら住み着かない。
気温は常にマイナス30℃となり…………特に低い時ではマイナス70℃近くにもなってしまう。
だが、毒の湖はマグマのように熱く決して凍ることがない。人……………いや、生物が住める環境でないことは明らかだが、そんな湖の真ん中に位置する浮き島には城のような建物が聳え立っている。
「相変わらずここは息苦しいところであるな……………」
その浮き島に転移したノワールは毒の湖から発生する毒の空気に対して文句を言う。息苦しいではなく、ここでは息をすることすら難易度の高いことだというのにノワールは息苦しいと言っているだけだった。
毒の湖から発生する空気でできる毒の雲のお陰で太陽の光を防がれ、ここ一帯は常に暗闇となっている。
「さて、久しぶりに破壊の魔女でも起こすとするか」
浮き島の上に聳え立っている不気味な城を見上げるノワールは、首をコキコキと鳴らして数回深呼吸を行った。
破壊の魔女というのは、今回ノワールが会う人物の異名である。全てを破壊すると言われており、ノワールやルインと同じ元魔王候補だ。
「よし…………!!
久しぶりだな我が同胞よ!!引きこもりの貴様に少し聞きたいことなあるからここに来た!!さあ、早く起きるがいい!(スキル【拡音】を使って、爆発音のような声で言っている)」
息を大きく吸い込んだノワールはスキル【拡音】を発動させて限界まで声を大きくし、思わず鼓膜が破けてしまうほどの声で叫んだ。ビリビリとノワールの声が城に伝わり、声だけで半壊してしまう勢いである。
言い終えたノワールは一息つくようにしてため息を吐き、後は城の主を待つだけであった。
―――――ドガァァァァァン!!!
すると、城の一部が爆発音を奏でながら破壊され砂煙と共に人影のような者が現れ始める。その姿は段々と明らかになっていき、ノワールは姿が見えてくるのと比例するかのように顔に笑みを見せる。
姿が見えてきて確認出来るのはとても美しい女性であった。スラっとして細身の体にルビーのような赤い瞳…………そして暗闇の黒さではない光沢を帯びている黒髪。この美しさならどの男も振り向かせることが出来ることだろう。
その絶世の美女は砂煙が晴れてノワールの姿を見るとこれまた美しい笑顔を見せる―――
「いきなり何するのよ、この糞ヴァンパイア!!!この私の安眠を妨げる何てどこの馬鹿かと思ったけど、まさかあんただったとは思わなかったわ!!」
―――こともなく、ノワールの姿を見た瞬間罵倒をし続けている。さっきまでは絶世の美女であった美しい顔も憤怒の顔に変わっていて、怒りに身を任せて全力でノワールに対して罵倒の限りを尽くす。
「フハハハハハ!!!どうやら我の目論見通り、貴様の眠りを妨げることが出来たようだな!!破壊するしか脳のない破壊の魔女よ!!我やルインと並ぶ元魔王候補よ!!安眠を妨げられた時の気持ちはどうであったか?これは愉快である!!我は久方ぶりにその悔しそうな顔が見たかったのだ!!」
「うるさいわよ!!いきなり私の所に現れてはそうやって安眠を妨げて!そんなに私の寿命を縮めたいの?私が丁度極楽の睡眠についたところでいつもいつも起こしに来て…………あなたはいつも何がしたいの!!」
フハハハハハと高笑いをするノワールとは違い、さっきから怒りの声を上げる破壊の魔女。誰もが抱く第一印象とは全く違う形相でノワールを睨みつけ、そしてこれ以上ないほど怒っている。破壊の魔女の話ではノワールはこれまでもこの場に来たことがあるらしい。
しかも、いつも破壊の魔女が眠りについたタイミングに現れては今回のような騒音を巻き起こして帰るという最悪な悪戯をしていたらしい。
「フハハハハハ!!いつもならここで帰っていたが、今日はキチンとした要件があるのでな。取りあえず中に入れさせてもらうぞ」
「いつもいつもいつもいつも不意打ちに現れて私の睡眠を妨害して帰るような最悪最低な奴をそう易々と入れると思う?もしそう思うなら早く病院に行った方がいいわよ?
でもまあ、あなたのことを診てくれる病院何てこの世界には存在しないだろうけど」
「フハハハハ!!それは我への仕返しのつもりか?確かに我はいつも貴様の眠りの妨害をしていたが、むしろ感謝をしてほしいものだ。貴様は眠りにつくと何百年と眠っているからな…………そのお陰で一部では『引きこもり』という名が広まっているのだぞ?」
全くもって遠慮をしないノワールに仕返しをしようと試みた破壊の魔女だったが、それは次に言ったノワールの言葉にあっけなく返り討ちにされてしまう。挙句の果てに『引きこもり』という自分の知らないあだ名をつけられいることに驚きの声を上げる。
「な、何よそれ!!誰が言ったのよ!!私の力の全てを尽くして破壊してやるわ!!」
ノワールの子供のような挑発に意図も容易く引っかかってしまった破壊の魔女は少し息を切らしながらノワールに言う。ノワールは今がチャンスと思ったような顔をし
「それであるな…………貴様が我を城に入れて話を聞いてくれるというなら教えてやってもよいぞ」
顔に笑みを浮かべながら破壊の魔女にそう言うと少し考える素振りを見せた破壊の魔女は小さく頷いてからノワールを城の中へと案内し始めた。先ほど自ら壊した場所とは違く、ちゃんと玄関へ案内されたノワールはドアに手をかけてから破壊の魔女の顔を見ていう。
「ちなみに…………さっきの答えだが、貴様のことを『引きこもり』と呼んでいるのが我のみだ」
「な、何ですってぇぇぇぇぇ!!!!」
ドアにかけたタイミングで破壊の魔女にそう告げたノワールは、急いでドアを開けて城の中へと逃げこむ。破壊の魔女はそんな逃げたノワールを追いかけるためにドアを破壊して追いかける。そして、この世で最も恐ろしい鬼ごっこが始まってしまった――――




