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目を覚まさないオーガ

60      目を覚まさないオーガ


――――カーン!!!

 静寂に包まれた森に金属バットで堅い物を叩いたような音が響いた。つい耳を塞いでしまうほどの音が響いたのだが、永眠キノコを食して永眠に近い眠りをしているオーガはピクリとも動かなかった。俺の手は小さい子供がシンバルを鳴らした時のようにブルブルと震えている。


…………どうやら今の衝撃が骨にまで響いてしまっているらしい(多分骨はない)。


「ぐふぅぅぅぅ!!ぐふぅぅぅぅ!!」


全くもって動じていないオーガ。ここまで反応を示さないとは思わなかった。永眠キノコの名は伊達ではないということだろうか。

 正直に言うと、俺はあまり永眠キノコの効果を信じてはいなかった。こんな世界だからそんなキノコがあってもおかしくないとは思っていたけど、それでも話半分程度にしか聞いていなかった。でも、こうして目の前に永眠キノコを食べて永眠に近い眠りをしているオーガを見てしまうと信じる他ない。


(…………どうしよっかな…………。)


さっきの耳障りな音でも起きないとは思っていなかったので、そこまで起こすための案を考えていたわけではない。ノワールと解析の人の話だと『命の危険を感じさせる』ということだが、それはつまり殺す気で攻撃していけばいつか起きるということか?

 どうにも意味が上手く理解できない俺は少しばかり考える人のポーズになって考えてみることにした。


考えている途中爽やかな風が俺の体を冷やし、いい感じに気分を高めてくれる。考える人ならぬ『考えるゴースト』という新しい石造を作りだした俺だけど、オーガを起こす名案は相変わらず浮かんでは来ない。


(【解析:永眠キノコを食べた者を起こす方法】。)


《 解析が終了致しました。

   永眠キノコを食べた者は『極めて永眠に近い状態』になってしまいます。それを起こす唯一の方法は『命の危険を感じさせる』ことです。自分に命の危険を感じると、どんな動物でも反射的に体を守ってしまいます。このキノコはその反射を最大限に引き出すキノコとも言われています。 》




頭の中に流れ込んできた言葉は一回も噛むことなく丁寧にすらすらと説明してきた。…………逆にそれが悔しく、間違っていないというのが釈然としない俺は再び考えるゴーストモードに入った。命の危険を感じさせることで目を覚ますゴースト…………しかし、張本人を殺してはいけない。

 そんな曖昧な表現の仕方は俺の心を刺激するのと同時にイライラさせる。殺してはいけないけど殺す気で起こすという意味がよく分からないのだ。そもそも命の危険を感じるタイミングは人それぞれ…………というか、生物それぞれだ。


エスパーでも心理学者でもないただの童貞ゴーストには起こすことはできない。ここで【腐食息吹アシッドブレス】を放ってオーガを腐らせる煙の中に閉じ込める手もあるのだが、それでもし殺してしまっては元も子もない。かといって【魔力撃】を打ち込んだところで大したダメージにもならない。


(…………あれ?そう言えば…………【ドレイン】ってスキル習得したよな?)


ここで一つ大事な点に気が付いた俺。そう。この間ルインが創り出した空間で習得したスキルの一つである【ドレイン】だ。地球に居た頃にやっていたゲームとかにもよく聞く名ではあるけど、その名の通り何かを吸い取るスキルだろう。


(【解析:ドレイン】。)


《 解析が終了致しました。

   スキル名【ドレイン】。ドレインとは吸い取るという意味で、触れた対象から魔力を吸い取るスキル。動物だけでなく、魔力を持っているなら植物からも奪えるスキル。奪われた対象は頭痛や吐き気などの症状を訴えさせ、魔力を奪った方も自分自身の魔力許容量を越えたら体が耐えられずに死んでしまう可能性がある。 》


いつもよりも少しばかり長い説明をしてくれた解析の人。今日はいつもよりも使用回数が多いけれど機嫌を損ねさせたりとかはしてないよね?

スキルとは言え何回も使用しているので一応謝っておくとしよう。…………まあ、それはそれとして無事に【ドレイン】というスキルを知ることが出来た。やっぱり解析のスキルは習得しておいた方がいい。解析を習得していなかった場合、今回のようなスキルをバカみたいに使う可能性がある。

 何も知らない俺がオーガに【ドレイン】を使った場合、魔力許容量を思い切り無視して永遠と吸い取ってしまいそうだ。


…………まあ、それでも使っちゃうんだけどね。


(えっと…………【ドレイン】!!!)


ポフッと優しく叩くようにしてオーガの腹に手を当ててスキルを発動させる。スキルを発動させると手から紫色の光を放ちながらオーガの魔力を吸い取って行く。でも、ここままでは魔力許容量をオーバーしてしまうので常に【保護色】と若干に【浮遊】を発動させていく。

 これで魔力を吸い取られた時の衝撃に飛び起きたオーガが襲い掛かってきたとしても、少しくらいは時間を稼げることだろう。魔力を放出するのと同時に魔力を吸収することを連続して行う。


仮にこれが人間なら結構体に負担がかかるだろうが、一度…………いや二度死んでゴーストになっている俺の今の体なら負担など感じることもない。俺が今気遣うのは魔力許容量をオーバーしないことだけだ。


「ぐふぅ!?ぐ…………ぐ…………!!」


魔力を吸い取り続けること約5分。上手いこと吸収と放出を繰り返している中、ようやくオーガが反応を示した。魔力が切れたら死ぬかどうかは覚えていないけど、反応を見せたと言うことはそれなりに命の危険を感じたと言うことだろう。


《 警告。このまま続けたらオーガは魔力を枯渇させて死に至ります。 》


(…………え?マジで?)


いきなり頭に流れ込んできた言葉。この音声は解析の時と同じだけどこんな警告を受けるのは本当に久しぶりだ。その警告通り俺は急いでオーガに触れていた手を離し、急いでスキルを解除させる。

 でも…………問題はそれからだった。スキルを解除した瞬間、【ドレイン】を使った反動なのか急に体に力が入らなくなってしまった。いつも以上に魔力を消費したのは確かだけどその分魔力を吸収したからマッチポンプは成立しているはずだ。


…………まだ慣れていないスキルを使いすぎたのか?それとも体に負担は無いと思い込んでいながら、本当は結構体に負担がかかっていたということか?

よく分からないけど久しぶりにこの感覚を味わったので結構動揺しているらしい。


(やべえ…………まじでヤバい…………。このダルさ眠くなる。)


結局、オーガが起きたのかすら確認するのも忘れていた俺は気持ちに任せたまま眠りについた――――










※※※





―――そのころのノワール。


「…………ところでお前はこれからどこへ行くんだ?」


ハルトを強制的に【眠りの森】に送ったノワール。ルインは少し真面目な顔をしながらノワールに聞いていた。そんな真面目のルインが面白かったのか、ノワールは顔に少しばかり笑みがこぼれる。


「そうだな…………我も我で仲間を集めるが、これからは仲間を集める前に我自身も強くならなくてはいけない。貴様が言っていた通り魔王を倒すには最強では足りない」


「やっぱりお前には聞こえていたか…………だが、あそこでお前が入ってこなかったのはなぜだ?お前は自分の過去を話されることを嫌う」


二人しかいない部屋にはルインの低いトーンで言う声だけが響いた。怒られることを覚悟で言っているルインは思わず息を飲むが、ノワールは外の景色が見える窓にたそがれながら言った。


「…………どうせ遅かれ早かれ話すことだ。それに貴様が全てを話さないことも分かっていた。――さて、我はそろそろ行くぞ」


窓にたそがれながらルインに放ったその言葉はどこか甲高く、いつものノワールの声とは違った。それに気が付いているルインもあえて何も言わずに少し笑みを見せ、何食わぬ顔でノワールに聞いた。


「結局どこに行くんだ?」


――――パチンッ!

 ルインがノワールに質問するのと同時にいつもの指を鳴らした音が部屋の中に響く。その瞬間黒い霧がノワールを包む。そして今にも消えそうなノワールはルインに小さな声で言った。


「…………破壊の魔女のところだ」

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