500年前の世界
57 500年前の世界
…………あれ?俺って、何してたんだっけ………?
ベヒモスを無事に倒し、レベルアップしたときに変化したステータスや新しいスキルの報告を聞いた瞬間に意識を失った。
次に目が覚めた場所に広がる景色は大量の風船が飾ってある部屋だった。普通の人なら分からないかもしれないけど、大量の風船が飾ってあるということはルインの城のどこかの部屋だということだ。
つまり俺とモンとコアトルちゃんは、無事に部屋から脱出することができたということだ。
「目覚めたな…………」
そのまま風船が飾ってある天上を黙って見つめていると、部屋のドアがガチャっと音をたてながら開き、ノワールよりもイケメンに見える元魔王候補のルインが入ってきた。
見た目は無口でクールに見えるかもしれないけど、実を言うとルインは可愛い物が大好きなのだ。ふわふわした物やもふもふした物…………時に熊のぬいぐるみが好きらしい(どっかのリラッ○マみたいな熊)。
(一応起きたけど……………こっちに戻ってきたってことは、俺たちはゴールしたってことでいんだよな?それと、モンとコアトルちゃんはどこに行った?)
部屋に入ってきて俺の心配をしてくれたルインにはお礼も言うことなく話を進める俺。最近会話のキャッチボールが下手になったのかもしれない。俺の絶頂期はもっと素晴らしい会話のキャッチボールができていたはずなのに、今はいささか会話のキャッチボール成らぬ『会話のドッチボール』になってしまっているかもしれない。
これは普通にノワールのせいだといっておこう。あいつと四六時中一緒に居てまともな会話や生活が出来るわけがない。
そもそも異世界に来ている時点で地球とは全く異なるのだ。
「モン?コアトルちゃん…………?ああ、ハタストムが連れてきていた奴らか。あいつらなら、今ごろハタストムのところに言ってる。
俺が造り出した部屋を攻略したときには【強制転移魔法】というのが発動する。体はそれに対して抵抗するが、弱いものほど目覚めが遅い」
…………そんな言い方ないんじゃないですかね?
ごくごく丁寧に説明してくれたというのはありがたいけど、いきなり俺の弱さを見つけるのはよしてくれよ。これでも強くなったつもりなんだから、もう少し余韻に浸してやってやれよ。
「…………時にお前は、奴――――――ハタストムのことをどう思う?」
急に深刻な顔をしたルイン。いきなりのぶっ飛んだ質問により、上手く反応できなかった―――――というか、そもそも質問の意味が分からなかった。ノワールのことをどう思うと言われても、『チート級に強い頭のおかしいヴァンパイア』としか言えない。
弱点と言ったら過去の話らしいけど、そもそも俺はノワールの過去をことを知らない。どう思うと言われても反応に困ってしまうだけだ。
「安心しろ。別にあいつに言ったりはしない」
(そ、そうですか…………。)
俺が何て答えればいいのか迷っていると思い込んだらしいルインは、ノワールとは全く違う気遣いをしてくれた。この世界の人たちは皆人の心を読んでくるのかと思っていたけど、ルインのような人をいるらしい。
迷っていると言ったら嘘でもないが、そもそもノワールに対して遠慮なんてことはしない。言いたいことならズバッとはっきり言うつもりだ。
(…………変な奴。チート級に強いというか、あいつ自身がチートそのものみたいに強くて…………いつも人の揚げ足ばっかとる奴。
でも、どこか距離をとっているような所があるって言う感じですかね。)
「距離をとっているだと?ハタストムとは友達ではないのか?」
(友達だからこそ遠慮しているところがあるというか…………ノワールは、心が弱すぎる所があると思います。そして、そのことを絶対に話さないように距離を取っている…………そんな感じですかね?)
俺がそう答えると(声には出していない)ルインは静かに相づちを打ち、とても納得したような顔をしている。きっとルインはノワールの過去のことを少なからず知っているのだろう。
そしてそのことを他人に言わないように口止めでもされているのだろう。出来ることなら知りたいけど、多分言ってはくれないだろう。
「…………待て、そんなことを言うということはハタストムの過去を知らないのか?」
…………あら意外な反応。とても予想外な反応をしてくるので、思わずおネエ口調になってしまった。
さっきとはうって変わって驚きの表情を隠しきれていないルインは、何回か俺の顔を見直す。
なぜかその顔はどこかノワールに似ているような縁があると思ってしまう。
「…………じゃあ少し語ろう。いずれハタストムからも遅かれ早かれ聞くことだ。全てを語ることはできないが、少しくらいは語るとしよう。
まず最初に、俺とあいつが出会ったのは約550年前だ。まだヴァンパイアの姿にはなっていなかったが、あの時の世界は本当に辛かった…………」
ルインは語りだした。ノワールが決して語るはずのない過去のことを――――そう。ノワールが過去に体験した時のことを。仮に部屋が風船とぬいぐるみでいっぱいだとしても、それを忘れてしまうほどの空気になってしまうほどに…………。
※※※
「あの時は魔族――――特に魔王の動きが今よりも活発だった。魔王はこの世界を支配しようとし、いつも私たち人間を滅ぼそうとしていた。まさに魔族VS人間のような戦いだった。
あの時代に生まれた人間は幼少の時から剣やスキルの使い方などを覚えさせられる。俺もスキル――――主に魔術のことを専門に覚えさせられた。そもそも人には適正というものが存在するが、それが俺は魔術だっただけだ。確かハタストムの適正は剣士だったな」
剣士か…………確かに「剣を使ったこともあった」みたいなことを言ってたっけ。それは500年前のことだったとは思わなかったけど、染みついたものはそんな簡単には抜けないと言うから幼少の時に剣を使っていたなら使えてもおかしくはないだろう。
「そしてあいつ――――ハタストムの他にもう一人剣士がいた。確か名前は【ルナ・アレキウス】と言い、魔王に殺された人の一人だ。
そしてルナは…………ハタストムの恋人だった者だ」
…………その最後の言葉を聞いた俺は同時に今までのノワールの言動と行動、怒り狂った時のタイミングを思い返してみてみた。ノワールは『過去』とか『あの時』とか『一人の女』という言葉に対して敏感に反応する節がある。
そして今、ルインからノワールの過去のことを聞いた。今以上に魔王の動きが活発であり、世界を滅ぼそうとするために人間と戦争をしていたという。
そしてその戦争中、ノワールの恋人だった剣士――――ルナさんを失くしたノワール。今のノワールが魔族を滅ぼそうとしている理由が少し分かったような気がする。
(…………ん?待て、じゃあその戦争は誰が止めたんだ?)
俺がノワールの原動力を理解したところで気が付き、それをルインに聞いた。聞けば500年前は魔王のせいで全世界で戦争が起こっていたという。でも、その戦争は今は無い。つまり誰かが止めたということだ。
その人物が一体誰なのかというところだ。
「俺のさっきの一言でそこまでの答えに行きついたということは、大体のことは想像できたということだな。話順番が少し変わったが、まあいいだろう。
500年前の戦争を止めたのはハタストム張本人だ。奴は恋人を殺されたことをきっかけにアンデッドになることを誓い、そのまま【天滅】を全力で打ち込んだ。その【天滅】によって大陸が三つ消し飛ばされ、魔王はそんな脅威があるとは思っておらず、まずはハタストムをどうするのかと考えるために、戦争は一度終了したのだ」
――――ちょい待ち、そのつながりだと戦争が止まってるのはノワールのお陰で、魔王が世界を支配するためにはノワールが邪魔ってことだよな?
魔王がノワールを狙う理由って、自分たちが世界を支配するときに邪魔だからってことか。
「そうだ。それに加えて時間が経過していくに連れて魔王並の力を持っている奴が誕生し、より一層魔王は世界を支配しにくくなったのだ。俺やハタストムを始め、他にも魔王候補というのは存在する」
なるほど…………ってことは前よりも魔王は世界を支配しにくくなった。つまり、当分は戦争が起きないってことか。
俺が心のなかでそう呟くと、ルインは少しがっかりしたような顔をしながらため息をつく。
「そんなわけないだろう。支配できないと分かったから、奴らは悪魔を呼び出そうとしているんだ。それに魔王に匹敵する強さを持つ奴らが増えてきたということは、それを魔族にしたら均衡は直ぐに崩れるということだ。
そんなことは無いと思うが、今回ハタストムが俺のところを訪ねてきたのも魔族になっているのか確かめるためでもあったんだろうな」
つまりこれから均衡はどっちにも傾きやすいってことか。
でも、仮に魔王が襲い掛かってきたとしてもルインやノワールだったら余裕で撃退できるだろ?俺じゃ絶対に無理だろうけど、二人が力を合わせたらそれこそ最強じゃねえの?
「確かに俺のハタストムが集まったら最強かもしれない。だが、魔王を倒すには最強では足りないのだ」




