目覚める時
45 目覚める時
「キシャァァ!?」
最強の竜とかノワールとか言ってたはずなのに、最弱のアンデッドと言われているゴーストの攻撃を受けてメチャクチャひるんでいる。攻撃力の云々というよりはただ弱点に攻撃を当てたからだろう。…………たとえで言うと目にゴミが入ったような感覚だろう。
たしか小学校の時の学校の先生の男らしい先生が『男が泣くのは親が死んだ時と目にゴミが入った時だ』って言ってたな。
あの時はよくわからなかったけど、今思うと結構キツイ言葉だったな。親が死ぬ時とゴミが入った時以外は泣いてはいけない何てとても厳しいだろう。
「見事な攻撃であったな。さすがの我もここまでの攻撃をするとは思っていなかったぞ?…………だが、我の攻撃も貴様の攻撃もヒュドラの致命傷には程遠い」
既に首を2本ほど落としているノワールは俺の方を向きながら言ってきた。5本中2本の首を落としているというのに致命傷には程遠いなんて、ヒュドラはどんだけタフなの――――って、何であいつ再生してるの?
ノワールの言うことにツッコミを入れようとしたら切り口に纏わせている黒炎を消したヒュドラは、何食わぬ顔をしながら落とされた首を再生した。
トカゲのしっぽなんて可愛い再生速度ではなく、ものの数秒で首を再生してみせた。以前あの童顔が【黒炎竜】を使ってきてからそれについて調べると、確か黒炎は消えない炎っていう意味だったような気がするんだけど。その割には黒炎をいとも簡単に消してから首を再生をしてたような…………。
「ハルトよ。さっきも言ったが、あのヒュドラに致命傷を負わせるのは至難の業だ。方法と言えば再生が追い付かないほどの連撃を食らわすか、再生ができないほどの攻撃…………つまり一撃でヒュドラを消し飛ばすのだ」
ちょっと待って、その二つの選択肢しかないってことは俺がやることは何もないってこと?俺なんて全力の攻撃でやっとひるませるくらいだぞ?作戦を考えようにも全知全能のノワールより素晴らしい作戦なんて考えられないし。
「そんなことは分かっているが、貴様にもやることはある。我の作戦が全て上手くいくとも限らん…………第二の作戦は貴様が考えるのだ。我の考える作戦は確実に仕留められるが、リスクが大きい。もしかしたら世界が滅ぶ可能性がある」
分かった。お前が考えたら本当に世界が滅びそうだから俺が作戦を考える。…………お前の考える作戦も気になるけど、勝つために世界をチップにするのはリスクが高すぎますよ。
いたって普通の顔をしているノワール。自分の言っていたことがどれだけ重要なことなのかを分かっていないのか、それともこう言えば俺が作戦を考えてくれるとでも思っていたのだろうか?
どちらでも構わないけど、どの選択肢だったとしても俺が作戦を考えることになっていただろう。
「フハハハハハ!!さすがだハルトよ!!我の考えを看破するとは思っていなかった!!一緒にいると染まる可能性が高いと言うが、貴様の考え方も我に似てきたであるな!!では早速、貴様には作戦を考えてもらうぞ!!作戦を考えるくらいの時間は稼いでやるつもりだが、できるだけ早く頼む」
へいへい――って、最後までちゃんと話を聞いてくれよ。
俺が返事をするときには、既に剣を構えながらヒュドラに向かって走っていたノワール。さっきと同じように黒炎を剣に纏っているようだが、その剣で細切れにすれば再生できないような気がするんだけど…………。
まあ、それができたら既にノワールがやってるだろう。やっていないということは出来ないということだろう。細切れにする前に再生されるとか、一つだけ斬れないほど堅い首だとかするのかもしれない。作戦を考えるのは構わないんだけど、ヒュドラを一撃で倒すほどの作戦を考えるなんてことはできないだろう。
「ハルト殿。ノワール殿に言われたのでござるが、吾輩はハルト殿を守れということでござる」
(ふぁ!?…………なんだモンか。いきなり影から出てくるからなんだと思った。)
作戦を考えていると、急に俺の影の形が変わってニュウっと何かが出てきた。その大きさは小さく、何か狸みたい――――というか、これはモンですね。ノワールに守れと言われたということに関して詳しく聞きたいけど、何となく女性に守られるのは男としてどうだろう。
魔獣というか狸のスパンがどれくらいなのかは知らんけど、精神年齢は多分俺の方が年上だろう。精神年齢が俺より低い+女性に守られるのは男の沽券にかかわるような気がする…………。
だが、一度死んだ身の俺は既に男という尊厳を失くしていると言ってもいいだろう。心は男のつもりだけど生物的には無性ってことになるんだろう。そんな悲しい生物なのに女性に守られるのは嫌だ何て薄っぺらいプライドなど捨てていいだろう。
「その通りでござるよハルト殿。戦いで一番大事なのは自分のプライドを守ることではなく、死なないことでござる。それにここで死んだらまたノワール殿に馬鹿にされるでござるよ?」
最近気が付いたけど、モンさんは俺の扱い方を覚えたのかと思う。自分でも単純だと気が付くし悲しくなるけど、ノワールという単語を出されると何かイライラしてくる。確かにここで死んだり無駄なプライドを守って作戦を考えられない何てことが起きたら本当に馬鹿にされそうだ。
今度こそ完璧な作戦を考えてノワールのことをあっと言わせたい気持ちもあるし、死にたくないという気持ちもある(俺は既に死んでいる)。
「それはそうとハルト殿。コアトル殿は大丈夫でござるか?ノワール殿の話だとコアトル殿はとてつもない力を秘めているということでござるが、コアトル殿はそれに気が付いているのでござるか?」
え?何その話。俺そんなカッコいい話聞いてないし、そんなことが分かるほどの素晴らしい目を持っているわけどもない。俺が『何それ?』みたいな顔をしていると、モンは心底がっかりしたような顔をして解説に入ろうとする。
「ノワール殿の話だとコアトル殿は竜の力を中途半端に持って生まれたのではなく、竜族の力…………いや、竜族以上の力と人としての知力を合わせ持っているらしいでござる。本人は気が付いていないらしいでござるが…………」
なるほどね。確かにそういわれると、納得せざる負えない。思えばさっきコアトルちゃんと会った時に二人は離れていた。コアトルちゃんにノワールは『今の貴様に求めることはない』と言ったらしい。それに関して考えてみると、『自分の力に気づけ』ということだったのかもしれない。あえてコアトルちゃんを突き飛ばすことによって力に目覚めさせるということだったのかもしれない。
…………もしそうだとしたら俺はノワールの作戦を邪魔したということだ。折角撒いた種を俺がとってしまったのだ。
「それは分からないでござるよ?それよりハルト殿はヒュドラを倒すための作戦を早く考えるでござる」
話を振って来たのはお前だったような気がするんだけど…………何てことを思いながら俺はモンに言われた通り作戦を考えることにする。だが、このメンバーと状況を考えるとできる作戦は決まってくる。決定打というか止めはやはりノワールの【天滅】だろう。だが、ヒュドラはノワールが撃った【天滅】を耐えている。防御スキルとか魔法とかを全て無効化するというヤバいスキルなのに消し飛んでいないということは、ヒュドラも同じエネルギーを放ったと言える。
じゃあ、既に作戦は決まっている。
(モン。お前のSPSの【幻惑】はどんなスキルだ?)
「吾輩の【幻惑】はその名前の通り幻惑を見せるスキルでござる。問題と言えば…………幻惑を見せる対象を霧に包み込まないといけないのでござる」
対象を霧に包み込むか…………概ね予想通りだな。一応それを考えて――――というかそれを踏まえての作戦だったから霧じゃなかったらやばかった。
(じゃあモン。今から作戦を言うけど…………これをやってくれないと作戦は成功しない。)
「分かったでござる」
少しばかりカッコつけながら俺はモンに作戦を発表する。そう言えば時間稼ぎをしているというノワールとコアトルちゃんは大丈夫だろうか?
「キシャァァァァ!!!!」
「フハハハハハ!!最弱のアンデッドに攻撃された程度でひるんでいるヒュドラよ!!今から貴様は我とこの竜が相手をしてやる!!」
首を撥ねただけでなく目を潰されたヒュドラはさっきよりもかなり怒っているようだ。モンが作った剣の持ち時間はあと8分と言ったところか。得物が無くなるとかなり厳しくなるが…………その場合はコアトルに頑張ってもらうとしよう。
「…………」
さっきから我の隣で黙っているコアトル。強力な咆哮に畏縮しているのではなく、自分の力に不安を感じているようだ。ハルトが連れてきたから少しは成長したのかもしれないと期待したのだが、本当に少しだけだったようだ。気持ちだけははっきりのようだが…………やはり何かが足りていないような気がするな。
――――ヒュ…………。
「…………む?」
風が吹いたのかと思ったが、どうやらコアトルが全力で走って行っただけだったらしい。成長していないと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。…………だが、このまま一人で行ったら直ぐに返り討ちにされてしまうだろう。
「グガァァァ!!」
ゴォォォォォォ!!
真っすぐ向かってくるコアトルに向かって無差別範囲攻撃の【火炎吐息】を放つヒュドラ。我はそのことにいち早く気が付き、全面に【魔結界】を張る。コアトルの前にも張りたかったが、動ている対象に魔結界を張るのは至難の業なのだ。
魔結界に当たった火炎吐息はまたも灰と砂煙を上げる。だが、こんなもので我の視界を奪えるわけがない。
「ほう…………。なかなかやるではないか」
コアトルがどうなったか見てみると、火炎吐息が当たる瞬間にスキル【身体強化】を使って跳躍力を飛躍してから跳躍したらしい。そして、灰と砂煙で見えないのはヒュドラだけだから一つの首に向かって腕を思い切り振りかざす。
「…………これが私の攻撃…………っ!!」




