友達だから
41 友達だから
…………ノワールが【天滅】を打つ前、時のハルトとモンたちは丁度王宮から出て竜の里に向かおうとしているときだった。
当然ながらノワールが天滅を使ったことすらも知らない二人は、のんびり竜の里に向かっていた。
「ハルト殿。ノワール殿は竜の里に向かったのであるが、吾輩たちもむかうのであるか?」
(いやいや…………当然でしょ。というか、早く行かないとノワールがまた馬鹿にしてくるだろ。ノワールのことだから既に黒幕である魔王をひっ捕らえて尋問してるかもしれないし。)
モンが当たり前のことを真剣な表情で言ってくるため、なぜか俺は少しばかり可哀想な子を見る目でモンのことを見つめながら言った。王様との交渉を終え、モンが待っていた階段の下まで一気に下りたら子犬のようにお座りして待っているモンの姿があった。
思わず撫でてしまうほど愛らしかったけど、35歳の童貞が撫でてモンの価値を下げるわけにはいかない。撫でたいという気持ちをグッと堪えて王宮から抜けようとしたけど、兵士のような武装をしている人たちが数人ほど転がっていた。
…………そのことに関しては今も何も聞いていない。例え真実がモンが殺したことであっても俺は何も言わないし、何も聞かなったことにする。
「違うでござる!!あれはただSPの【幻惑】を使っただけである。あんなところで傷つけては交渉に行った意味がなくなると思ったので、吾輩が機転をきかせただけでござる」
うんうん…………確かにそうなんだけど、自分で機転をきかせた何て言ったらその活躍も半減するからやめた方がいいからね。あと、地球で社畜やってた俺にとっては機転をきかせることなんて大前提だし、むしろ機転をきかせなかったら文句言われるほど理不尽だからね。
ある時なんて俺が休憩時間に飲み物を買って戻ったら部長が「普通は私にも買ってくるだろ」って言ってきたんだぞ。そしてその次買って戻ったら「何だこれは?私がコーヒー飲めないことくらい知ってるだろ!」って言われたんだぞ。
この時は結構イライラした。部長がコーヒー飲めないなんて知らないし、というかコーヒー飲めないくらいお子様舌だっていうのも知らなかったし。…………大前提に俺がよく買う自販機にはコーヒーと栄養ドリンクとエナジードリンクしか置いてねえんだよ。
「…………は、ハルト殿?何を言ってるのか分からないのでござるが、今までで一番怖い顔になっているのは分かるのでござるよ…………」
おっとすみません。この世界には社畜という単語は無かったですね。それどころかコーヒーとかそういう飲み物もないじゃないのか?味覚が戻ってある程度ことが済んだらコーヒーを作るのもいいな。
異世界に来て人間の体を取り戻した俺は、美少年ながら渋いバリスタを目指すとかカッコよくね?異世界の人たちの味覚にコーヒーが合うか分からないけど、材料さえあれば作れないこともない(成功率は皆無)。
「は、ハルト殿…………。あれが何か分かるでござるか?」
(え?なに?)
もはや認識阻害も影主も使っていない俺たちだけどすれ違う人たちは何も言わずにスルーだった。そんな中モンは斜め上の明後日の方向を向きながら唖然としている。
一体何を見ているのかと返事をしながらモンと同じ方向を向いてみたが、モンが唖然としてしまう正体を見た俺も唖然としてしまった。
…………天に向かって一気に放出されていくレーザー光線のような光エネルギー。俺は以前これとよく似たエネルギーを見たことがある。ノワールが持っているスキルの中で最も過剰威力を誇るという【天滅】というスキルだ。防御スキルや魔法関係なくかき消して跡形もなく消し飛ばす最悪なスキルだ。実際にノワールが天滅を打ち込んだ平原にはクレーターのような巨大な穴がぽっかり空いてしまった。そこの穴に飛び込んだらマントルとか地核とか全部貫通してこの星の反対側に辿りつけそうな勢いがあるほどの大きくて深い穴だ。
「は、ハルト殿…………」
(あれはノワールが習得してるスキルの一つである【天滅】だ。過剰威力を誇り、防御スキル、魔法を関係なく消し飛ばすスキルだ。)
…………だけど、一番問題なのはノワールが天滅を打ったことじゃなくて天滅を打たなといけなくなった状況だ。ノワールは馬鹿みたいに天滅を連発をするような奴じゃない。ちゃんと戦況を確認して判断する頭脳派の奴なはず。
もしかしたら急いだ方がいいのかもしれないな。
(モン。少しばかり急ごう。何か分かんないけど急がないといけないような気がする。)
「急ぐのでござるが?…………少しばかり賭けになるかもしれないでござるが、もしかしたら一瞬で着けるかもしれないでござる」
賭け?どんな感じの賭けなのか知らねえけど、少しでも可能性があるなら別にいい。俺はこう見えて低い可能性を引き当てるのが得意なんだ。現に俺は確率1%にも満たない確率を引き当ててゴーストになったからな(泣き)。
「じゃあ使うでござる。吾輩が使うのは【影移動】でござる。この【影移動】は魔力を判別してその者の影に移動するスキルでござる。だから近くいたノワール殿かコアトル殿のどちらかの影に移動するのでござる」
(確率50%じゃねえか。それだけ確率が高いなら別にやってもいいだろ。)
賭けと言われたからもう少し確率が低いのかと思っていた。これなら万馬券買ってやるよりもパチンコで全部金を掏るよりも全然いいよ。宝くじよりも確率が高いからいいよ別に。
「じゃあやるでござる…………」
俺が承認すると、モンは俺に短い猫のような手を伸ばして手を翳す。俺に影移動を同調するみたいだ。…………というか、ノワールかコアトルちゃんは一緒にいるんだからどっちの影に移動してもあんまりかわないような感じがするんだけど。
などという考えが俺の頭の中をよぎるのだが、その考えがまとまる前に俺の意識は電池が切れたかのように飛んでいった。
――――竜の里の外れ。ここは竜でさえな中々立ち入る場所ではなく、本当に外れにある場所だ。ここにいるのは外見は人間の年端もいかない少女だった。
俯いてまま顔を上げることもなくただ単に涙を流しているだけだった。
(…………あれ?もしかしたら、これってコアトルちゃんの影ですか?)
モンのスキルによってノワールかコアトルちゃんの影に移動した俺とモンだったけど、どうやら50%の確率を引き当てたのははずれの方だった。その言い方はコアトルちゃんに失礼かもしれないけど、今俺はノワールの方がいい。
…………一番の理由は、泣いている女の子を慰められる自身がないのだ。今までで泣いている女の子を慰めるような体験はしてこなかったので、俺に慰められる自身が全くない。影から抜けてこっそりノワールの方に行くという選択肢もあるけど、泣いている女の子を放っておくほど冷たいゴーストではない。外見はゴーストでも心だけは人間のつもりなので、紳士としてここはカッコイイセリフでコアトルちゃんのことを慰めるしかない。
そう覚悟を決めた俺は、とりあえず影から抜けるためにばれないようにそうっと影から抜けた。泣いている女の子に話かけることすらも満足にできない最弱のゴーストなのに、何で偉そうに女の子の後ろにいるのだろう。
(…………どうした?)
コアトルちゃんに後ろから近づいた俺は、優しく話しかかるようにして聞いてみた。最初から俺の心を読めること前提にしてはなしかけてるけど、別に問題はないよね?
コアトルちゃんが心を読めるなら慰めることはできないこともないけど、心を読めないなら慰めることはできない。
「…………あなたはあの――」
おっと反応をしてくれましたか。おじさん嬉しいよ。
涙を流していたから赤くなっている目に関してはツッコまないでおくとするけど、コアトルちゃんの顔はどこか悲しそうだった。ノワールと一緒にいないということも気になるけど、今はそれよりも不安の気持ちを吹っ飛ばすことが一番やるべきことだろう。
(どうしてこんなところにいるんだ…………とか、普通の質問をしてもいいか?)
俺がそう聞くとコアトルちゃんは声に出さずに首を縦に振った。赤くなっている目をこすりながら説明しようとしているけど、泣いていた女の子に説明をしてもらう何てとんだクズだな。
「私は…………ノワールに連れられてここにやって来た。そして、ノワールは私に言った『中途半端な力では何もできない。』と…………。そして、今の私にすることがないとも言った」
(…………。)
コアトルちゃんが静かに、いつもの声よりも低いトーンで言ってくる。コアトルちゃんの望みは竜の里と皆を助けること…………。でもコアトルちゃん自身にそれを現実にするほどの力はない。だからノワールは『中途半端な力』と言ったのだろう。
だが、同時にノワールは『今のコアトルちゃんにすることがない』とも言っていた。ノワールが何を望んで、どんな成長を期待しているのか知らないけど、こうやってコアトルちゃんが絶望することを知っていて言ったのだろう。
割と長い間一緒にいるから何となくノワールの考えが分かるようになっていた。結果を言うと、今はノワールのせいで自身を失くしてしまっているのだ。
(中途半端な力って言ったよね?確かにコアトルちゃんは竜族からしたら弱くて、人間と比べたら異常なほどの力を持っている。中途半端な力だということは俺でも分かる。)
「――!?」
俺が追い打ちをかけるようにしてコアトルちゃんに言う。まあ、別にコアトルちゃんをどん底に突き落としたいわけではない。むしろどん底にいるコアトルちゃんを地上に押し上げるのが俺の仕事だ。
(確かに中途半端な力では何もできないかもしれない。でも、それが何もしない理由にはならない。それに、中途半端な力も磨けばつよくなる。劣化した部分を鍛え直せばいい。今回の戦争を、それの材料にすればいいだけだ。)
「…………そう…………かもしれない。でも、私が何をすればいいのか分からない。何かをする力を持っていない私は何をすればいいの?」
…………もう少しですかね。
ただ単にカッコつけるために言ったセリフだったけど、想像以上にコアトルちゃんの心に響いたらしい。どん底に垂らした糸を掴んだだけだけど、それだけでも十分な成長だ。元々コアトルちゃんには何かをする力がある。でも、気持ちが真っすぐだったのか曖昧だったからノワールはあんなことを言ったのだろう。
(ちなみに俺は今からノワールの所に行く。何かする力があるわけでもないし、何かを成し遂げるという気持ちもない俺が、これからノワールの所にく。
何をするかなんて自分で考えるんじゃなくて、ノワールに聞けばいい。分からなかったら他人を頼ればいい。俺はとりあえずノワールの所に行くだけだけどね。)
「何で…………?何であなたはそんなことが言えるの?」
何で…………か。雰囲気が台無しかもしれないけど、この感覚は『何で会社に行くの?』っていう質問と同じくらいな感覚で言わせてもらうとしよう。その時の答えは『仕事だから』という一言だけだ。
別にそんなカッコいい理由でもなく、ただ単に仕事だから会社に行くんだ。その答えはこの状況と少しばかり似てると思うのは俺だけかな?
俺は雰囲気だけカッコつけるためにコアトルちゃんの横を通って少し前に出てから言った。
(友達だからだ。コアトルちゃんがこの里を助けたい理由は何でかは知らないし、そのために何をするのかも知らない。
でも、俺がノワールの所に行く理由は友達だからだし、何をするかは行ってから考える。それだけだ。)




