もう戻れない
39 もう戻れない
竜の里の外れ。竜族もめったに訪れないほどの所で、ノワールとコアトルはここにいた。ノワールはわざとコアトルのことを拒絶し、あえて絶望を見せてコアトルの前から姿を消す。自分には何もできないという現実を突き付けられたコアトルは、下を向いたままだった。
「…………分かってる。そんなの分かってた…………」
自分ではなにもできない…………。自分の力ではなにもできない…………。でも…………何もしない何てことはできなかった…………。
お父様が言っていた唯一無二の好敵手に会えたのは奇跡と思った。
それなのに…………それなのに…………。
「私には…………私はなにもしちゃいけないの?」
このまま黙って里の皆が…………お父様が助けられるのをみていることしかできないの?自分の手で助けることはできないの?
何で?何で…………?何で――――
「何で私は…………中途半端な力を持って生まれてしまったの?」
私はもう竜族でも人間でもない化け物…………。そんな風に生まれたくなかった。普通に竜族として生まれて、普通に人間として生まれたかった。
でも…………何で私はその二つを持って生まれてしまったの?
『中途半端な力では何もできない』
「そんなの…………私が一番よく分かってる…………」
私はその日、生まれて初めて涙を流した…………。お父様に里を通報された時も涙は出なかったのに、なぜか涙が止まらなかった。頬に涙が伝って地面に落ちる。自分は何もできないという現実を知った時に、私は初めて涙を流した――。
※※※
「…………懐かしいな」
コアトルと別れてから…………いや、この場合は置いてったという表現が正しいのだろうか?ともあれ、コアトルと別れてから早速竜族の長が住んでいる砦までやってきた。
ここに来るのは何百年ぶりのことだろうか?最後に来たのはもう何百年前のことだ。懐かしいという気持ちもありながら寂しいという気持ちもある。
我が来た時はもっと活気があったはずの道だったのに、今は活気もくそもないただの道。いくら【変身】を使って外見を竜の姿に見立てても、我が最強のアンデッドだということくらいは【竜眼】を持っている奴なら分かるものだ。
「変わってしまったのだな…………」
この里の元長とは認識があるが、現在の長とは認識がない。理由はどうであれ魔族となったのなら容赦はしない。あんな連中に世界を支配されてたまるものか…………。
「…………止まれ。お前何者だ?どうやってこの里に来たのかは知らんが、お前のような奴を砦の中に入れるわけにはいかん」
歩いて普通に真正面から砦に入ろうとしたが、残念ながら門番に止められてしまった。我が通ろうとするのを止めるとは命知らずな――――否、ここでケンカをするわけにはいかない。ここで下手な行動をしてしまえば我がここまで来た意味がなくなってしまう。
「…………我の姿に気が付いたのは褒めてやろう。我の正体を見破ったのはあっぱれであるが、この里には門番クラスじゃないと気づくことができないのか?」
「口を慎め。今この里は人間どもとの戦争準備で忙しい。観光が目的なら歓迎はするが、わざわざ【変身】を使って来ているということはどこからの差し金か?お前の発言一つで首が飛ぶことを理解した方がいい」
この門番の周りには竜族が他に7人。どれも弱くはないが、我の力を持ってすれば瞬殺することができる。だが、ここで無意味に殺す必要はない。いつか終わる命でも、それを今日にする必要は全くないのだ。こいつらはまだ魔族ではない。
こいつらが魔族なのだとしたら間違いなく殺しているが、今は魔族である竜族の長に騙されているだけに過ぎない。
我は両手を上げて降参の合図を示した。
「これは失礼。少し遊びすぎた。さて…………我がここに来た理由だが、この里の長と話がしたくてな」
「何だと?いきなり来た素性も分からない奴をヨセフ様と会わせることが出来るか!お会いしたいというなら――――」
《 個有名ヨセフからメッセージが届きました。メッセージ内容をお伝えします。
「いいだろう。やってくるがよい」 》
…………久しく聞いていなかったこの声。我がこの声を聞いたのはいつのことだろうか。
まあ、そんなことは後で思い出すとしてこれで砦のなかに入れると言うことだろう。門番は全く納得していないような顔はしているが、ここの掟は『強者に従う』ということだ。
自分の意見も自分より強い者に否定されては意味がなくなってしまう。だからこの門番は不満そうな顔をしているのだろう。
目の前にそびえたつ砦はまるで山のように大きく、スキル【探知】で確認した結果まるで迷路のように広がっているようだ。そしてこの中には里の中で最も強い竜が集まっているか、とてつまなく強い気配を感じる。
「…………ヨセフ様がおっしゃったんだ。中に入ってもいいが、お前がヨセフ様も元までたどり着けるかどうかは知らないがな」
いざ入ろうとした瞬間に言ってきた門番。多分こいつは我に嫌味を言おうとしてニヤニヤしているのだろうが、こんなのが嫌味になんてなるわけがない。だが、この程度の奴に勝った気でいられるのは我の沽券にかかわってきてしまう。
「忠告感謝する。ところで、我の正体のことだが通り名は『最強のアンデッド』と言われている」
「なっ!!?」
「では達者でな」
最後の最後で我がそう言うと、門番の顔は一気に青ざめていった。それどころか一気に我を見る目つきが変わり、とても恐れているような目をしている。確かに我の異名を聞いたらそんな反応になってしまうか。
フハハハハハ!!!我を相手に勝ち誇った気持ちになるなど一万年早い!!
…………などということを心のなかで思いながら我は早速砦のなかに入っていく。さっき探知を使ったので、この里の長――――ヨセフが待っている所までの最短ルートはちゃんと頭に入っている。この程度の迷路のなど我にとっては単なる暇つぶしにしかならん。それより気がかりなのは、我に【テレパシー】を使って要件を伝えてきたヨセフだ。複数にテレパシーを送ることなどは至難の業であり、ましてや我に送れたということは我の名前を知っていたということだ。
竜族は元々強い力を持っている。その気になれば魔王を超える力と素質を持っているくらいだ。そんな竜族が悪魔の血を飲んで強制的に力を開放させられていたとしたら…………。
「我の力がどれだけ通用するか分からんが、場合によっては使わないといけなくなってしまうかもしれんな」
収納魔法から取り出したのは赤い液体の入ったボトル。この赤い液体のボトルを使うのなら今回で二度目ということになってしまうが、できればこれは使いたくない。
「まあ使う時が来たらでいいか」
我は取り出した赤い液体が入ったボトルを再び収納魔法でしまう。この力は本当に必要な時にしか使わないと決めたのだ。それに我は今一人ではない。頼れる人間と狸、それに――――最強の力を持った竜がいるのだ。だから今回はこの力を借りる必要は全くない。
ハルトは人間の方に行った。だから我はこっちに来た。ここで我が結果を残さないで最強の名を語る資格がどこにある。
こうして砦の中を進んで約10分。ようやくたどりついた。まさか長の部屋が砦が屋上とは思っていなかった。長い階段を上ってようやく屋上に辿り着くことが出来る。ここにヨセフがいるということは、魔族特有の魔力を感じるからだ。
「…………ようやく来たな」
「待たせたな、とでも言えばいいのか?我が折角来たというのに、歓声が足りないのではないか?」
屋上というのはとても広いが、本当に何もない所だ。ただ地平線のように広がっているだけでしかない。ただそこに一匹の竜が存在していて、我のことを待っているようだった。
全長20メートルはあるか?まあ、竜族の中では少しデカいくらいと言ったところだ。鱗は赤く染められ、目は悪魔の血を取り込んだ者の証である紋章のようなものが刻まれていた。
「お前のことはよく知っているよ。先代の長からも聞かされていたからな。最強のアンデッドという異名を持ち、規格外の力を持っているヴァンパイア。確かにヴァンパイアはアンデッド族の中で最も強いモンスターだが、魔王に届く強さを持っているのはお前が初めてだろうな」
「そうか。悪いが時間がないから早速本題に入らせてもらうぞ。今回始まろうとしていう戦争…………魔王が関わっているのだろう?そして貴様は力と長の座欲しさに悪魔に身を売った」
「ほう…………どこから情報を手に入れたか知れねえが、その通りだ。俺は魔王様の手下となったのさ。悪魔の血というのは不思議な物でな…………『与えた者に生涯隷属を誓う』という条件があるんだ」
そうか。だからこいつらは魔王の指示に逆らえないわけか。
隷属を誓わなければいけない…………まさしく呪いのような血だ。これで謎が解けたが、悪魔という名前が忘れられているのは、その手下である魔王の行動の方が目立つからか。皆、魔王の先に何かがいるということを考えていないわけか。
「そんな条件はどうでもいい。我はあくまでもこの戦争を止めさせることが目的だ。魔王が関わっている戦争なんぞ誰がさせるものか」
「はっ!何でそんなに魔王様を嫌っているのかは知らねえが、お前のことは魔王様からも聞いてる。
お前…………あれの生き残りなんだろ?」
「!!?」
その言葉が耳から脳天に達した時、我はすでに正気ではなかった。あの言い方で分かるのは世界では10人もいないことだろう。
どうやらこいつを魔族にした魔王にも聞かきゃけないことがあるらしい。
「貴様…………その話を誰に聞いた?今すぐに言え」
「何がだよ」
「早くしないと我は今から貴様を全力で殺しにかからなければならない。我が全力を出したら、この里だけでなく大陸が無くなる。それどころか世界がなくなるかもしれん」
心のなかではわかっているはずなのに…………なぜかあの時の話をされると直ぐに理性を保てなくなってしまう。今だって理性を保つことに必死なくらいだ。
「お前が何で怒ってるか知らねえが、俺はここまでしか知らされてねえ。本当のことが知りたいなら本人に聞くんだな。俺は命令で『名前を教えるな』って言われてるから、魔王様の名前を教えられねえんだ」
「そう…………か」
その言葉を聞いた我は一気に力を抜く。ここでヨセフを殺したとしても他の竜族がやってきて面倒になるだけだ。さらに、ここまでの力を持っている竜族なら我が全力を尽くしても殺すのに3分を要するだろう。
魔王が本気になれば、たとえどこにいてもここに辿り着くことが出来る。そうなったら形勢逆転もいいところだ。
「貴様…………なぜ力を求めた。力を手に入れる方法は他にあったはずだが、なぜ悪魔の血を飲んだ?」
「…………さあね。でも、俺はもう魔族だから戻れない。力を求めていたときはあんなに欲しかったはずなのに、いざ力を手に入れたら何か…………駄目だ」
明後日の方向を見ながら言うヨセフ。今のヨセフの顔からは魔族のような魔力は感じなかった。元々強い力を持っている竜族に悪魔の血を飲ませても、単に吸収されているのかもしれない。
こいつは今、魔族と竜族との間を彷徨っているだけだ。日の当たる場所を歩ける身だが、気持ちは暗闇に閉ざされしまっている。
「結局何かを手に入れたら、何かを失うんだな。俺はもう竜族には戻れない」
悲しそうな…………寂しそうな声でそう言った。
さっきまでは魔族を殺そうと思っていた自分はすっかり消えていて、今はこいつが可哀想とまで思ってしまうほどだった。
「戦争を止める気はないのか?」
「それは出来ない。俺は今命令させられてるんだ。この戦争を計画したのは魔王様だし、俺はただ命令しただけだ。でも…………逆らわないんだったら俺がやっているのと変われねえか」
そうか…………あくまでもこの戦争はこいつではなく、魔王が考えたことになるのか。
となると、コアトルを殺せと命令したのも魔王の可能性が高いということだ。…………待てよ。だったらこいつが我をここに来させる理由はどこにもない。
「待て…………なぜ貴様は我をここに呼んだ?」
「ああそれか…………それは――――」
少しばかり言葉をためたヨセフは覚悟を決めたような顔をしながら我に言った。
「――――俺を殺してくれないかなって」




