話し合い
38 話し合い
「げほっ!げほっ!」
(えっと…………大丈夫ですか?)
王室に入ろうとした俺だったけど、その扉を開けることが出来なかったので破壊することにした。幸い破壊には成功したが、そのお陰で扉は王室の壁にまで食い込んでしまって砂煙が舞い上がった。
その砂煙を吸い込んでせき込む王様(確信なし)を軽く心配しながら聞いた。正直に言うと王様はもう少し若いと思っていた。咳だけでも何となく分かるけど結構若そうだ。もし俺よりも年が若かったら、底辺サラリーマンとある国の王という格差に逆恨みをするかもしれない。
『何でお前ばっかりいい身分に!』
何ていう状況はないと思うけど、万が一にでもそんなことが起こってしまったらどうしよう。全力で逃げてノワールの所にでも逃げるか。
そんな感じで脱出方法も脱出先も考えていると、ようやく砂煙がおさまって視界が安定し始めた。
「…………ったく、いきなり何なんだよ」
おっと、王様全然こちらに気づいていませんね。
砂煙がおさまったというのに王様は涙目で口元を押さえながらブツブツと文句を言っていた。王様と呼ぶには聊か豪華な恰好をしているようにも見えない。身長はノワールと同じくらいの180センチだろう。短く整えられた茶髪は片目だけを隠してまるで中二病のよう(ただの偏見)。
ガタイが特別良いわけでもなく、細マッチョとでも言うべきなのだろうか?どちらにせよ弱くは見えない男だ。外見は20代後半から30代前半に見える(どっちにしろ自分より年下)。ノワールは残念すぎるイケメンだったけど、こいつは残念なんてつかないただのイケメンでコメントに困ってしまう。
「ああ?何でここにゴーストなんているんだよ?」
そこからか…………確かモンが『武力で王の座を勝ち取った』とか言ってたけど、そのお陰で頭の方はすっからかん的な展開か?
俺が心のなかで勝手な解釈をしていると、ようやくこちらに気が付いた王様が少ししゃがんで考えているような顔をしている。扉が壊れたあとに俺が現れたんだから、俺が扉を破壊して入って来たに決まってるだろ。確かに決めつけはよくないかもしれないけど、誰だって最初は疑うことくらいするだろ。
何でお前は俺がいることにそんな他人行儀なんだよ。もしかしたら竜族の使者かもしれないのに。
「なに?お前は竜族からの使者なのか?」
おっと聞こえてましたか。…………今更だけどこの世界人の心の中を読める人多くない?これじゃプライバシーもくそもねえじゃねえか。
それよりも早くその抜いた剣をしまってくださいよ王様。今まで私が思っていたことは全て嘘…………確かに私は使者ですが、竜族からの使者ではありません。
「そうか…………いいだろう。話を聞いてやる。そこの椅子に座るといい」
ありがとうございます。
意外にも優しい王様。丁寧なおもてなしと世界でも忌み嫌われるアンデッドに「椅子に座るといい」とまで言ってくれた。外見もイケメンだし性格も悪くない。しかも強いなんて最高じゃないですか。
俺の友達も力はあるしイケメンだけど、その分中身がゆがんでるからどうしようもないんだよな(どっかのヴァンパイア)。
とりあえず、王様のご厚意に甘えることにしてスキル【浮遊】を使って椅子に座る。そこで俺はテーブルの上に置いてある紅茶が入っているティーカップに目がいってしまった。さっき俺は扉を破壊して入った。壁に食い込んだと言うことはそれなりにこの部屋も揺れたはず。
揺れたというわりにはティーカップに入っている紅茶がこぼれているようには見えない。
「良い所に気が付くな。お前が扉を破壊して入ってきたことも未だ信じられないが、お前が何者かの使者というのは信じるとしよう。お前が持っているその袋の中にはお前を使者と任命した奴の証が入っているのだろう?」
(ええ…………確かに入っておりますが、見せることはできません。これは主との約束なのです。)
直ぐにバレそうな感じの嘘だったけど王様は納得したように頷き、テーブルに置いてあるティーカップに口を付けて紅茶を飲む。
「それで…………一体なんの用なんだ?アンデッド族最弱であるゴーストがここに来た理由を教えてもらおう」
(!!?)
紅茶を飲み終えてテーブルにティーカップを置いた瞬間に目つきが変わった王。その覇気はあの時のノワールほどではないものの、それに近いほどの威圧感を感じる。もしこの威圧を受けたのがモンであったなら耐えられないかもしれない。威圧感に負けると一歩も動けなくなってしまう。
モンが行けない理由は恐らくこれだろう。だが、俺は違う。最強のアンデッドの異名を持つノワールの威圧を日常的に受けている俺にはこんな威圧は意味がない。
(この国の人間と竜族が戦争をするという情報を手に入れました。ですが、その裏に魔王が関わっているという情報も手に入れました。だから――――)
「だから戦争をするのを止めろ…………とでも言うのか?」
(…………はい。)
当初の目的とは少し違うけど、戦争をやらなければいいんだから別に戦争を止めろってことでもいいだろう。さっきまでとは全く迫力が違う王様…………俺は少しだけ怖くなった。
あの場面で俺が『止めろではなく、魔王の狙いが分かるまで待てということです』とでも言ったらどうなっていたことだろう。考えすぎかもしれないけど、見えないような速度で剣を抜かれて斬られてるだろう。
「…………腑に落ちねえな。というか、腑に落ちない点しかねえよ。お前の…………いや、お前らが集めた情報を否定する気はない。だが、魔王が関わっていようがお前らアンデッドには関係のないことだろ?この戦争で俺たちや竜族が全滅しようがお前らには関係ねえ。何で裏に魔王が関わっているだけで戦争を止めなきゃダメなんだ?」
…………王様は想像以上に賢かった。確かにこの戦争に魔王が関わっていようが、俺たちに直接関係はない。戦争する側も『魔王もこの戦争に関わっている』というのを知るだけであって、それが戦争を止める理由にはならない。中には…………というかほとんどが魔王を良く思っていないかもしれないけど、それでも竜族との戦争を止める理由にはならない。
(確かにそうです。私たちに関係はないかもしれません…………ですが、我々が得た情報によると『魔王が竜族の一人を魔族にした』)という情報も掴んでいます。)
「…………なに?」
ここから先は本当に賭けだ。この国の王様が国民をどう思っているのかと、どれだけ俺の言葉を信じるかに限っている。
(これは我々の勝手な憶測ですが、魔王がこの戦争を望んだとすれば、魔王の狙いは『品定め』かと。)
「品定め?」
(この戦争…………無礼承知ですが、人間側が負ける可能性が高いです。ですが、全てが死ぬわけではありません。王のように強き者は生き残る可能性が高いですが、それが逆に世界を消滅へといざなうでしょう。)
「何が言いたいのだ?」
(つまり…………この戦争は魔王が優秀な部下を手に入れるために始まろうとしている戦争ということです。『品定め』というのは、素質を持った人間や亜人…………竜族を戦争での戦いを見て選ぶということです。)
…………これは全て【影伝達】をしている時に考えたことだ。ただの憶測と妄想を混ぜただけだけど、素人にしてはよくできた作り話だろう。でも、ノワールが最後に言っていた。
『可能性は低いほど注意するものだ』と…………。それに、その可能性がより残酷な未来であるほど無視できないと言っていた。このまま俺の話を無視して竜族との戦争が始めると、全てが魔王の目論見通り進み、【魔族】という一つの種族の勢力が一気に増すことになる。
それだけでなく、自分や国民も魔族になる可能性だって十分になる可能性があると言うことだ。
俺の考えを聞いた王はさっきから難しい顔をしながら何かを考えているようだった。だが、真剣になってしまうのは無理もない。
王の決断で国民を救えて、王の決断で国民を魔族にするかもしれないのだ。それは俺の話を信じるのか信じないのかに限ってくる。
「…………それは聊かズルいな。さっきも言った通り、お前が言ってきたことを疑うわけではないが信じるわけでもない。だが、戦争を始めようとしたきっかけは変なフードを被った奴がここに入って来て『竜族がこの国を支配するつもり』と言いながら、実際に【投影魔法】で映像を見せられた」
やっと口を開いた王は結構真剣に考えていたらしく、俺のことを真っすぐ見つめながら言ってきた。おそらくそのフードを被ったのが魔王か魔王の使者だろう。その投影魔法とやらもあくまでも嘘ではない。でも、それは既に魔王が竜の里をけしかけた後の映像だ。
それを言ってきたということはまだ完全に俺の目論見を信じたわけでもなさそうだ。でも逆に言えば、あと一歩背中を押してやればいいということだ。
(ここで一応言っておきます…………。私をここへ送ったのは現在はこう呼ばれています。)
真実味を持たせるためにあえて言葉を切って溜めた。そして、名前と同時に機械のボタンを押せるように準備を始める。
(最強のアンデッドと…………。)
――カチッ。
そう心の中でつぶやいた瞬間にボタンを押し、それに反応した機械はノワールが言っていた通り最強のアンデッドの魔力を纏うことに成功した。纏っているのが自分だというのにその魔力の圧倒的な強さに自分もちびってしまうほどだ。
「その魔力の強さは―――あの……」
(はい…………。私を使者として送ったのはハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストム様です。)
これほどまでに自分の記憶力に感謝したことは無いだろう。俺がちゃんとノワールのフルネームを覚えているということに褒めてほしいけど、その名前を聞いた王は口を開けてメチャクチャ驚いた表情をしている。
人間と竜族…………大げさに言うならこの世界の未来がかかっている話し合いをしているのに思わず笑ってしまうほど面白い顔をしていて、こみあげてくる笑いを止めるのが大変である。
「そうか…………あのお方が…………」
ようやく我に返った様子の王は口を閉じて再び真剣に考えているようだ。一つだけアドバイスをするとなれば、俺の興味を描き立たせるようなことは言わないでほしい。
さっき王様は「あのお方が…………」とか、「そうか」とか言ってくるから何かメチャクチャ気になるんだけど。一応ノワールって疎まれてるんじゃないの?そういうわけではないのかな?
もう少し考えたかったけど王様は覚悟を決めた合図のために大きな咳払いをした。
「分かった…………今回のことは全て信じる。その機会を持たせたということは最強の名をかけて宣言するということだろ?この戦争がお前らの目論見通りだった時はそれこそ世界の滅亡だってある。仮にそうでなくても竜族と戦争をしたってあんまり意味ねえ。ようやく気が付いたけど、何でこんなことに気が付かなかったんだろうな?」
さっぱりした顔をしながら言う王様。確かに冷静に考えればそういう考えに至っても全くおかしくない。でも、まさかこの短時間でその答えに辿り着くとは思っていなかった。
でも俺はあえて少しかっこつけるために目つきを変えていった。
(それは王がこの国を大切にしているからですよ。竜族に支配されるということが我慢ならないということは、この国が…………国民が大切だからですよ。)
そう言って俺は椅子から下りて王室から出ようとする。いつまでもモンを放置プレイするわけにもいかず、そろそろ迎えに行かないと少し可哀想だ。とりあえず今回の話し合いは大成功というわけだ。
その結果だけでも十分なのに、この国の王様はいい人という事実も知ることが出来た。今日ほど俺が活躍する日はきっとこの先ないだろう(泣き)。
でも、活躍するときに活躍しておかないと俺の存在価値は皆無だ。…………そして、俺が王室から出ようとした瞬間に王様が立ち上がって最後に質問をしてきた。
「なんで俺たちを助けてくれるんだ?」
その質問に何て答えるか少し迷ったけど、そんな時ノワールが以前言っていた都合のいい言葉を思い出した。
(それは私…………いや、私たちが『正義の味方』だからですよ。)




