現在の竜の里
35 現在の竜の里
「中途半端な力を持つ竜…………それが貴様ということだな?」
「そう…………里の皆からは『穀潰し』と言われ、人間からは『化け物』と呼ばれた。私には…………居場所がない」
下を俯きながら涙を流そうとしている少女。こんな時どこかの作品の主人公なら優しく慰めてあげるんだろうけど、俺にそんなことはできない。現在俺はゴーストで、アンデッド族の中で最弱…………いや、全生物で最弱と呼ばれるゴーストに慰められたい奴なんていないだろう。
…………あれ?何か自分で言ってるのに涙が出てきたよ?
自分で自分を勝手に責めているというのに、それで涙が出てしまうとは…………異世界に来てから大分メンタルが弱くなったかな。
「ハルトよ。貴様のその話はまた今度にするから、今は少し黙っていてくれ。我は今竜の里の現在を知る必要があるのだ」
…………ごめんなさい。
ノワールがいきなりこっちを向いてきたけど、その顔に余裕と嘘がなかったことが直ぐに分かった。いつの間にか【影主】を使って俺の影に潜んでいるモンはノワールの威圧を感じ無かっただろう。
正直、今の俺に排泄物が出ないことを感謝している。仮に出せたら絶対漏らしてる。
とりあえず、これ以上ノワールのことを怒らせてはいけないと思ったので、静かに正座しておくことにした。
「…………見たところ貴様は【竜眼】を持っているみたいだが、それ以外にはどんな力があるのだ?」
「竜族には劣るけど、人間よりステータスが高い」
「…………我はかつて竜の里の長と戦ったことがある。さっき竜の里を行こうとした理由は『この国が連中が竜族と戦争する』という噂を耳にしたのでな」
(【解析:竜族の少女】。)
少し距離を取って遠くから少女のステータスを解析することにした。さっき少女が『人間よりステータスが高い』と言っていたので、どのくらい高いのか少し気になったのだ。
実は【解析】が一番のチートスキルだと思い込んでいる俺だ。なぜなら基本的に何でも教えてくれるからだ。
《 解析に失敗しました。竜族の少女―――個有名『シャーナ・コアトル』は【解析不可】という特性を習得しています。故に、コアトルのことは名前しか解析できません。 》
…………頭の中に流れ込んできた言葉は、スキルを使って初めてのエラー発生を知らせる言葉だった。今まで結構な回数使ってきた【解析】だったけど、初めて解析できないという言葉が頭に入ってきた。
ノワールに聞きたいところだけど、今は少女――――改めコアトルちゃんと話しているため聞くにも聞けないという状況だ。モンに聞くという選択肢も無いわけではないけど、現在は【影主】を使っているため俺の影の中に引きこもり中だ。
「…………正しくは違う―――!本当は皆騙されてるだけ…………。お父様も…………皆も…………騙されてるだけ」
「ほう…………騙されているか。それは興味深い話だが、今はそれを聞いている場合ではなさそうだな」
え?何を言ってるんですかノワールさん。
解析不可について説明してもらうためにノワールのことを見ていたけど、まだ話し中なのに意味深なことを言ってきた。
…………まあ、俺もここまで来ると大分予想がつく。コアトルちゃんは何者かに追いかけられていて、俺たちはノワールの便利スキル?の黒い霧でどこかの裏通りに辿り着いた。
…………でも、何かから逃げる時に人気の無い場所に行くのは当然のこと。そして追いかける方もそれくらいは予想がつくだろう。つまり、ノワールがあんなことを言ったということはコアトルちゃんを追いかけていた奴が近づいてきたということだ。
「その通りだハルトよ。コアトルに竜の里のことを聞くのはそれを排除してからでもよかろう」
嬉しそうだねえ。そんなに強い奴が来るのか?
基本的に戦うことが好きなノワールは相手が強ければ強いほど燃える男だ。コアトルちゃんのことを追いかける奴が近づいて来ていることはあまりよろしくない。でも、ノワールが喜んでいるということは相当強い奴なんだろう。
「ムッ…………!?竜族の穀潰しはここにいたのか!!まさか貴様ら…………そいつを助けたのか?」
そんなやりとりをしていると、後ろから誰かがやって来た。緑色の体+魚のような鱗、左手に槍のような武器を持っている奴だ。失礼ながら【竜族】と呼ぶには覇気と貫禄がいささか足りないような気がする。どこからどう見ても竜族の下っ端にしか見えない男?は槍をノワールに向けて啖呵を切った。
「貴様ら…………我ら竜族を敵に回すと命はないぞ。貴様らが近いうち起きる戦争に協力するというなら見逃してもいいがな」
…………こいつ死んだな。
俺がそう思った瞬間には既に遅かった。啖呵を切り終えたのを確認したノワールは向けられた槍を手刀の素振りで斬り落とし、ただの尖った棒へと変える。
『は?』と何が起こったのかわからない様子の男の顔に今度は手を翳すノワール。
「フハハハハハ!!いいぞその顔!貴様は今どんな気持ちだ?貴様には【透視】のスキルを同調させた。【変身】と【魔力制御】を発動させていたことも知らず、おめおめと啖呵を切った竜族よ!!貴様も竜族ならば我の顔と我の絶対的な力を知っているだろ?
弱いと思っていた男が実は強かったと分かった貴様は今どんな気持ちだ?」
きっと楽しいんだろうなあ…………。
竜族の男をからかい始めたノワールは何よりも嬉しそうに罵倒していく。終いには泣きそうになっていた竜族だけど、ノワールの圧倒的な力を知ったことにより反撃もできない様子だ。
「ここで貴様を始末するのも悪くないが、我は目的もなく命を奪うことはしない。我が『殺すべき相手』だと分かったら殺す。だから今日は行くがよい。我がこの国――――竜の里に行くことは長に伝えておいてくれ」
「――――!!」
竜族の男はノワールの力と貫禄に気迫負けをし、泣き目の状態で走って逃げていった。と言っても俺とあいつが同じ立場だったら俺だって泣き目で逃げていることだろう。
「さあコアトルよ。さっきの話の続きを聞くことにしよう」
とりあえずひと段落したので再び竜の里について聞くことにしたノワール。俺?俺は聞いても分からないし、何より戦力としては全く使えない。せいぜい俺ができることと言えば、皆が戦っているのを見て応援するのと疲れて戻ってきた奴にタオルを渡すくらいだ。
「分かった。でも、これは真実とは――――いや、真実とは思いたくない真実」
おっと思い切りスルーでしたかコアトルちゃん。
少しくらいはかまってほしかったけど、話す気がないなら別に構わない。後でノワールから簡単に説明してもらうとしよう。
「私のお父様は竜の里の長…………。中途半端の力を得て生まれた人間は私が初めてだったから、私は殺されることなく生かされた。お父様だけが私の味方だった。でも…………ある日、お父様は長の座を下ろされることになった」
「――――」
長の座を下ろされる?それはつまり社長の座を下ろされるのと同じことだろう。
いきなり何でそんなことを?別にリストラとか倒産とかじゃないよね?一応竜の里にも長の座に就くための条件というのもあるだろう。それなのにいきなり長の座を下ろされる何て…………。
「私たち竜族が求めるのは『力』。だから力のあるものが長となる。でも、お父様は里の中でお父様の次に強いと言われていた“ニルベイク・ヨセフ”という男。
当時のお父様は800年以上長の座を守っていた。しかも、ヨセフは私が知っているだけでも200回以上お父様に負けている。それなのに、この間いきなり力をつけてお父様を倒した…………」
いきなり力をつけた?またもノワールが喜びそうな言葉が出てきたな。
地球にもよくあるドーピングという奴なのだろうか?どんだけ長になりたかったのか分からないけど、そこまでして長になりたいのか?長になるといいことあるのか?税金払わないくていいとか、メチャクチャ金貰えるとか。
「ハルトよ。やはり事態は深刻である。今回は我一人ではどうにもならないかもしれん…………。だから、今回は貴様の手を貸してもらうぞ」
いきなり話しかけてきたノワール。しかも珍しく俺の力が必要だといった。そんな台風が来る並のことを言わないでくださいよ。別に手を貸すのも構わないし、前に協力するって言っちゃったしね。
「それでこそわが友だ。やはりモンの言っていた通り、今回は魔王が関係している。先ほどコアトルの話を聞いて全て分かった」
…………まあ、俺も大体予想ついてるけどね。200回連続で負けてる二番の竜がいきなり力をつけて勝つ何てことは不可能だからな。
それに俺とノワールは事前に『魔王が関わっている』という情報をモンから知らされていたし、ノワールからも『魔族の動きが活発になっている』と聞いていた。
これら全てのことを繋げると、どうしても一番になれない永遠二番の竜が苛立っているのをいいことに、魔王か悪魔が手を貸して力を飛躍的に上げたということだ。
簡単に口車に乗せられる側も問題だけど、やっぱりそれに加担した魔族の方が問題だろう。ノワールが手を貸してほしいと言ったのも、魔王+竜族というとてつもなく強い連中を敵に回すからだろう。
まあ別に良いけどね。友達の頼みだから断ることもできないし。




