本体とご対面
23 本体とご対面
『教会には多くの巫女がいるんだから、お前のようなアンデッドが勝手に入ったら浄化されるに決まっているだろ!!』
――――何てことを言っていたような気がするんですけど、何でこんなに歓迎されてるの?
ノワールのお陰で『協会』ではなく『教会』に辿り着くことが出来たのだが、本来敵対関係であるはずのアンデッドが入っても多くの巫女さんが笑顔で出迎えてくれた。
いきなり入ろうとしたノワールを止めようとしたのに、まさか俺が原因で教会の中に入ってしまったが歓迎されてるみたいだから結果オーライだな。
「今日は何のご用でしょうか?」
一名、何か凄く美人の巫女さんが近づいてきて要件を聞いてきた。指名手配者であるノワールを目の前にしているのに、なぜか殺気の一つもみせないのだ。
アンデッドでも来たら客だという指導でもされているのだろうか?
俺は喋ることが出来ないので、ここはノワールに任せるとしよう。俺以外の人(俺はゴースト)には基本的に丁寧な言い方になるから心配はないだろう。
「貴様…………それで殺気を隠したつもりか?スキルを使っているようだが、そんな付け焼き刃で見抜かれないと思ったのか?」
そうそう…………そんな感じで敵を挑発も――――って、何を口走っとるんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!
いきなりケンカが始まりそうなゴングを鳴らすのは止めてくれ!!いくらお前でも、この数が相手じゃヤバいだろ!!
乗りツッコミからのダメ出しという高等テクニックを使用した俺だが、ケンカ開始のゴングは既に鳴らされてしまった。さっきまで隠していた殺気もむき出して、今にもノワールに襲い掛かろうとしている(アンデッド最弱の俺は無視)。
腰に携えている長い剣…………いわゆる長刀を構えてノワールの方を向いている。その巫女さんに続いて続々と剣を抜いて構え始めた。
「フハハハハハ!!何と言うことだ!しばし我が訪れなかっただけで、まさかここまで有名になっていようとは。サインが欲しいと言うならいくらでもくれてやるぞ?」
そんな巫女さんを目の前にしているというのに、のうてんきで傲慢の態度を変えないノワールの顔を俺はとても殴りたかった。正直、ノワールが浄化される光景が想像できないが、ここで戦争でも起こせば二度とここに来ることはできない。
俺の体とは一生巡り合えないということになってしまう(既に死んでいる)。
(ノワール、ここは一回引こ――――)
「いいぞ!!力の限りを尽くすがいい!!貴様ら全員でかかってくるがいい!!我を倒すことはどういうことなのかを考えながらかかってくるがよい!!」
(人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!お前たちが暴れちゃ、この教会も全部吹っ飛ぶぞ!)
俺の心の声はノワール以外には届かない――――というか届いちゃいけないんだけどさ。
最弱のアンデッドである俺が何言っても無駄だし、何なら俺の存在は現在空気だから気が付いてないんでしょ。別にいいよ。俺はゴーストだから被害は無いし、別にいいし!!
絶対にケンカを止められないと感じた瞬間匙を投げた俺だったが、ここで俺以上の鶴の一声が誕生することは誰も予想できなかったことだろう。
「お前ら動きを止めろ!!」
「「「!!?」」」
いきなりの鶴の一声…………どこかで聞いたことのある声だ。
後ろを振り返って見ると、そこにはとてつもなく怒っているゴンさんの姿がそこにはあった。
腕を組み仁王立ちしている姿は日本の神社に祭られてそうな像のようだった。この場を収める理由は分かったが、なぜゴンさんの一言で巫女全員が言うことを聞いたのだろう。
「ご、ゴン様」
え?様?今この人ゴンさんのことを『様』って言ったよね!
最初にノワールに仕掛けた巫女さんがゴンさんに向かってそう言っていた。それだけでなく、この場にいた巫女さん全員がゴンさんにひれ伏していた。
…………あれ?もしかしなくても、ゴンさんって巫女の中で偉い方なの?社長とまでは言わないけど、専務的な地位なの?俺って結構ゴンさんのこと馬鹿にしたけど大丈夫?
「皆いきなりアンデッドが来たことについて動揺するのは分かる。だが、ここで奴と戦えば教会だけでなく街にも被害が及ぶ。ここは私に免じて剣を治めてほしい」
「分かりました。ゴン様がそう言うなら、私たちはそれを信じます」
おっと、随分と信頼されているんですね。うちの会社の専務はそこまで信頼されてなかったし、何なら評判も悪かったよ?
ついた異名が『変態セクハラ専務』だったかな?結構女性社員からの評判が悪かったな。俺は専務よりも部長の方が嫌いだったからそうでもなかったけど。
「とりあえずお前もケンカを振るようなことはしないでくれ。皆私の大切な部下なんだ。できれば怪我をさせたくない」
「ふむ…………貴様がそんな風に頼むのは意外だったが、そこまで言われては我も頭が上がらんな」
珍しく素直だな。ノワールも戦うこと自体は好きじゃないみたいだし、自分から怪我を負わせるような奴じゃないから当然か。
それはそうと…………『大切な部下』か。うちの会社にいる糞上司どもにも聞かせてやりたいよ。ゴンさんの下だったら働いてもいいかな。
「というわけだ。私はこいつらを保護室に連れて行く。何か異常があったら声をかけてくれ」
「分かりました」
そう言って教会の中に入っていくゴンさん。俺のことはまるでぬいぐるみを運ぶかのように掴んで持ち歩き、どんどん先に進んでいく。
この教会は玄関を開けると赤い絨毯が続いていて、すぐ先に階段がある。その階段に続く廊下にもいくつかのドアがある。何かの部屋に続いているのだろうが、俺たちが目指している保護室とは違うらしい。
「時にゴンよ。この教会は建て直したりしたのか?」
「巫女の数が増えてきているからな。一定以上増えると増築しているぞ」
「では部屋の場所が変わっている可能性があるのか…………。
ゴンよ、『大巫女』がいる部屋は一体どこにあるのだ?」
ノワールさん、いきなりなにを聞いてるの?今のはこの世界の知識が全くない俺でも余裕で分かるけど、明らかに偉い人でしょ。
「お前は一体なにを言っている!指名手配者であるお前が大巫女様に会ったら一瞬で浄化されるにきまっているだろう!!大巫女様は巫女の長と言われ、浄化の力は誰よりもあるんだ」
「それは知っている。以前来た時も初めて恐怖を感じたからな。浄化を食らった時は死ぬところだったからな」
あれ?大巫女様の浄化を受けても耐えるってノワールさんヤバくない?
ノワールさんを倒せる奴っているの?大巫女様の浄化でも倒せないのに、そこらの巫女の浄化が効くわけないか。あそこのタイミングでノワールが狙われても絶対勝利してたってことか。
「少し野暮用があるのでな…………教えないというなら指名手配者である我がこの教会をさ迷うことになるが…………」
「分かった!!教えるからこれ以上部下を動揺させないでくれ!!」
うわー…………性格悪いな。
相変わらずの性格の悪さに、俺も軽く引いていた。ゴンさんは自分よりも部下の方が大切というとてもいい上司で、あまり部下たちに刺激を与えたくないのだろう。
指名手配者であるノワールが教会を彷徨いていたら誰だって同様するだろうしな。
「大巫女様の部屋はこの階段を一番上まであがったところだ。仮に浄化されても私は一切責任を取らないからな」
「貴様に責任をとって貰うほど落ちぶれてはいないのでな。我は少しばかり話をするだけだ。ではハルトよ。我は少々席を外すとしよう」
(おう!次会うときは人間かもしれないけどな!)
結構テンション高めで言ったが、ノワールはそこまでテンションが高くない。人間になったら俺との関係性が崩れるとでも思っているのだろうか?だが、不本意ながらノワールとは友達だから関係性がいきなり崩れることもないだろう。
チートヴァンパイアであるノワールと一緒にいれば人間の状態でも死ななそうだし。
「とりあえずハルトよ。我は一足先に行っている」
黒いマントに包み込まれるようにして消えたノワールは俺とゴンさんの目の前から姿を消した。
あの移動方法は正直カッコいいと思う。機会があったら教えてもらうことにしよう。
マントとスーツというのはあまり合うようには思えないが、とりあえずあの移動方法はカッコいい。
「ふう…………やっとうるさい奴が去っていったな」
おっと、結構辛口ですね。
確かに俺もそう思うけど…………万が一にでもノワールが浄化されたらどうしよう。想像はできないけど可能性はゼロではない。ノワールの耐久が落ちている可能性だってあるし、大巫女さんの浄化が以前よりも強くなっている可能性もある。
俺みたいに加護のお陰で浄化が全く効かないじゃなくて、単純の耐久力だからな。
(大丈夫かなあ………。)
「なにをしている?こっちだぞ」
え?ちょっと、先いかないでくださいよ。ノワールがいたから目立たなかったけど、一応俺もアンデッドなんだから狙われる可能性はあるでしょ。
ノワールの心配をしていた俺だが、そっちに気を取られてしまったので置いていかれそうになってしまった。
まだ少ししか階段を上っていないようは気がするが、もう少しで着くならどうでもいい。
「保護室は2階にあるからな。間違ってでも先に入るなよ?入ったらサイレンが教会中に鳴り響くからな」
(何それ、アンデッドを関知するセンサーでも付いてるのか?)
「せんさーというのはよくわからないが、そんなところだ。私がサイレンの発動を解除してから入ってきてくれ」
(へいへい…………分かりましたよー。)
階段を上った後に待っていたのは広いリビングのような空間だった。
寒さ対策用のデカイ暖炉に、暑さ対策の巨大冷蔵庫(中身は冷たい食べ物が)。
くつろぎの時間を過ごすために作られた空間のようなものだ。オシャレな外国の家のような空間で、殺風景だった俺の部屋とは大違いだ。
「ここだ」
え?どゆこと?そこって壁ですよね?
上に時計がかかってるけど。
ゴンさんはリビングの中ほどまで歩いていると、いきなり進行方向を変えて右の壁に向かった。片手で壁をポンポンと叩きながら保護室はここだと言ってくるが、正直頭がおかしいとしか思えない。
「少し見ていろ」
俺の心の声が聞こえたのか聞いたのか分からないが、一瞬怒ったような表情を見せてから時計の針をいじり始めた。
この世界の時計も地球の時計と同じことに驚きだが、覚えなくて済むのは楽でいい。
ゴンさんは時計の針を両方とも12時に合わせてからもう一度壁を叩いた。
ゴゴゴゴゴ……………!!!
その瞬間、まるで迷宮の扉が開いたからのような音をたてながら目の前の壁がドンドン奥へと進んでいく。
壁が開くタイプではないみたいだが、こんな仕掛けがあるとは思っていなかった。
……………ガコンッ!!
しばらくすると何かにハマったような音が奥から鳴り響き、壁が無くなってできた廊下を進んでいく。
壁が無くなって出来た廊下なため、明かりが欲しくなってくるが特性の【夜目】があるから安心だ。
アンデッド特有の特性なのかは分からないが、ゴンさんは壁を伝わりながら慎重に進んでいった。
しばらく進んでいると何やら広い空間が広がっているようだった。特性のお陰で見えているが、ゴンさんは相変わらず見えていないらしい。
ちょうどゴンさんが進む場所に段差があるのだが面白そうだから内緒にしておこう。
「うわっ!?」
案の定段差に引っ掛かって軽く悲鳴を上げたゴンさんだったが、予想よりもリアクションが薄くて面白くなかった。段差に引っ掛かったゴンさんは何かを探すかのようにして手を壁につけながら動かした。
そして小さくカチッと鳴った後に天井に付いていた電気がつき始めた。
電気を付けて目の前に広がっていたのは真っ白な部屋だった。その中心には酸素カプセルのような物がいくつも並べられていた。
だが……………この部屋はそれ以外には何もなかった。酸素カプセルのような物以外に目立っているのは汚れもほこりもない真っ白な空間であることくらいだ。
シンプルだが、それがより一層酸素カプセルの中身を気にさせる。
電気がついたことによって辺りが見えることができるようになったゴンさんは、中心にある酸素カプセルに近づき左から二番目のカプセルを叩きながら言った。
「これが私の言っていた体。
通称『女神の息子』だ」
そういったゴンさんは俺に断りもなくいきなりカチッとボタンを押してカプセルを開け始める。
あの…………俺だって心の準備があるというかさ、もう少し盛り上げながらやるというかさ。
もっと方法があると思わない?
そんな俺の希望は全く通らず、ボタンが押されたカプセルはゆっくりと開いていく。
ゆっくりと開いていくカプセルからは恐らく俺が乗り移る予定だった体が―――――――




