これが噂の指名手配者
16 これが噂の指名手配者
『巫女の街オーレン』。世界で最も巫女の数が多いという街であり、鍾乳洞を改造した美しい街である。
街でありながら貿易や他の国との交流も盛んで、人口は少ないものの沢山の観光客でにぎわっている。この街に入ってからというのも、なぜか嫌な視線をすごく感じる気がするのはこのノワールのせいだろう。
ただでさえ目立つ格好であるノワールなのに、顔はイケメンという女性を振り向かせる条件全てがそろっているので視線を感じるのだ。
俺は認識阻害を同調してもらっているから、一般の人から視覚認識されることはない。俺が一番不安なのは、不意に浄化されてお陀仏というのもだ。
街中で【透視】のスキルを発動している人はいないかもしれないけど、それが特性になっていたら防ぎようがないのだ。
ゴーストの中では強くても、所詮は最弱のアンデッドモンスターだ。スライムにすら勝てるか危うい(洞窟でそれなりの奴と戦っている)。
だから浄化何てされたら一発で天に召されてしまう。乗り移るべき体に出会う前に浄化されるというのは何としても避けたい。
(なあノワール。質屋ってこっちで合ってるのか?)
「心配するなハルトよ。さっきすれ違った人間からこっちだと聞いた」
そっか、それなら安心―――?
聞いた?こいつ今聞いたって言ったか?
俺の記憶が正しかったら、こいつは通り過ぎる人とは話していない。ましてやノワールが簡単に人間の手を借りるとも思えない。
(ちょっとノワールさん。聞いたっていつ聞いたんだ?)
「何を言っておる。通り過ぎる人間、我の半径5メートルの心の声は全て聞こえておる」
それは盗み聞きですよノワールさん。………というか、結構な人がいるけどちゃんと聞き分けられるとか前は聖徳太子か。
聖徳太子は死んだあと異世界でチートヴァンパイやってたのか。
『聖徳太子が転生したらヴァンパイアだった!?』
………………みたいな感じかおい。
まあ、くだらないことはこのくらいにして方向があってるならこの際盗み聞きで聞いた情報でもいいや。最後まで質屋に辿り着けませんでした~(テヘペロ!!)みたいなオチだけは勘弁してほしいので、早く質屋に辿り着けるに越したことはない。
勝手に心の中の声を聞かれる人たちには気の毒でしかないが、俺だって勝手に心の中を読まれてるんだ。質屋の場所の情報ならかわいいものだが、俺の場合は性癖まで知られているのだ。人に教える気は毛頭なかったはずの性癖なのに、出会って5秒で性癖がばれてしまったのだ。
「ハルトよ。貴様の性癖のことについてはまた今度にするとして、間もなく質屋に着くぞ」
はい………二度としません。というか、俺の性癖の話は二度としないでくれ。
余計な時間を喰ってしまったが、とりあえず無事に質屋に辿り着けるみたいだ。街並に沿って進んでいると店の位置を示すための垂れ幕みたいのが垂れ下がっていた。
………赤と白の垂れ幕とか新装開店みたいな感じだな。物好きな主婦がいたら朝から結構な行列ができるぞ。しかも垂れ幕に大きく『質屋』って書いてるし。
地球と似てるのか似てないのかはっきりしてほしいような気もするけど、もう本当に何でもいいや。
「では入るぞハルトよ。ちなみに、一応説明をしておくがこの世界の共通の金の単位は『ユーロ』である。貴様のいた国とは違うかもしれないが、頑張って覚えてくれ」
ほいほいっと………。一応これでも元人間なんだから金の単位を覚えるくらいだったら余裕だよ。……それより、ここの質屋大丈夫だよな?
「心配ない。仮に我を騙そうとするならば、我の力全てを尽くして消し炭にしてやろう」
それはやりすぎ―――まあいいか。お前はどうせそんなことやんないだろうし。
そんな時間だけを割くためにやった雑談をしたあと、俺とノワールは新装開店のような赤白の垂れ幕がかかっている質屋に入っていった。
………店のなかは、外とは違って落ち着いた雰囲気だった。小ケースには地球にあるダイヤモンドや純金にも劣らない輝きと存在感を示している。
その小ケースを境界線とした向こう側には店員のような爺さんがイスに腰かけていた。
その爺さんに近づいて行ったノワールは、持っていたブラウド鉱石を金に換えるために小ケースの上に優しく置いた。
「これを金に換えたいんだがいくらになる?」
「むうう………?これは『ブラウド鉱石』か?ふむ……」
小ケースの上に置いたブラウド鉱石を手に取り、近くに置いておいた眼鏡のようなものをかけてからじっくりと観察し始めた。
………鑑定のようなことをしているのだろうが、これはどっからどう見ても『エロ本を呼んでるじじい』にしか見えない。
そして、ブラウド鉱石を鑑定してから数分経ってから静かにブラウド鉱石を小ケースの上に置いた。
「お主………このブラウド鉱石をどこで手に入れた?」
「それか………確か『バルグタートル』というモンスターの甲羅で手に入れた」
「ならば………やはり最強の強度を持つブラウド鉱石か。わしがこのブラウド鉱石に金をつけるなら、ざっと見積もって『3000万ユーロ』じゃな。だが、これは最強の強度を誇るブラウド鉱石だからな。わし以上の価値を付ける人間がいるが………どうする?」
3、3000万?
この世界の金銭感覚がまだ分からないけど、それって結構な大金だよな。
3000万なんて大金を貰うために、一体何百時間働けばいいんだ?それがこの世界では、質屋に石をもってくだけで3000万貰えるとか。
しかも他の場所で売ったら3000万以上貰えるんだろ?それってヤバいんじゃないか?
「ふむ………まあいい。3000万でいい」
あれ?ノワールさん、本当にいいんですか?
思わず店主の代わりに俺がツッコんでしまった。
思っていたよりも、ノワールは金に興味がないのか?それとも金銭感覚がすでに狂っているのか?それとも、「いつでも稼げるから今はこのぐらいでいいや」みたいな感じですかい?
ノワールがそう言った後、急いで金を用意した爺さんは3000万もの大金を適当な袋に入れてノワールに渡した。
それを受け取ったノワールは、そうそうに質屋を後にしてさらに歩きだした。
(なあ、本当に3000万でよかったの―――)
質屋を後にして歩き出した瞬間、俺がノワールに質問をしようとするとノワールは受け取った金が入っている袋を空間に消した。
………一瞬空間がゆがんだような気がして、思わず息を飲んでしまったがノワールはいたって普通の顔をしている。
(えっと……ノワール。今なにしたの?)
「何がだ?我は今使わない金をしまっただけであるぞ」
(そう。それなんだよ。しまったのは分かったんだけど、問題はどこにしまったのかが分からないことなんだよ)
「ああ。それは単純に【収納魔法】を使っただけであるぞ?簡単な言い方をすると………空間に荷物置き場を作ったようなイメージであるな。この魔法はかなりレベルが高くないといけないからな」
うわー………本当にどこまでチートなヴァンパイアだな。
ここまでチートだと逆に清々しいような気もするけど、なぜかとても憎たらしい。こいつのチート姿は何回も見てきたはずなのに、今回ばかりはなぜかとても悔しかった。
こいつに追いつくなんて不可能なことをしないはずの俺なのに、なぜかとても悔しかった。
「………ハルトよ。少し離れた場所に行くぞ」
へ?今何とい―――
―――何かを聞こうとした時には既に遅かった。
がっ!!と、思い切り捕まえられた俺はあの時と同じ絶叫マシン状態になっていた。
そう。ノワールが一度使った【音速走】というスキルである。名前の通り音速のように速く移動できるというスキルだが、なぜこいつは今使ったんだ?
ここは街のなかで、強力なモンスターがいるわけでもない。仮にいたとしてもノワールが負ける可能性は極めて低い。
……既にこのスピードに慣れていた俺は、じっくりと考えることにした。いくらノワールでもいきなりスキルを使うようなことは無かった。ましてや逃げるかのようにスキルを使用するのは、俺が知る限りないような気がする。
「ふう………この辺でよかろう」
おっと、いきなり急ブレーキをかけるのは交通安全上危険ですよノワールさん。
いきなり止まって下ろされた俺は、思い切り地面に顔をぶつけたけど痛みはそれほど感じなかった。
ゴーストの状態だから痛覚が鈍くなっているだけなんだろうが、それよりも考えるべきことが一つあった。ノワールが勝手に納得して止まったこの場所は、人気が全くなく気味が悪い場所だ。鍾乳洞を改造した街だが、ここはまだ改造途中なのかもしれないと思わせるほど整備されていない場所だ。
「出てくるのだ。貴様なら既にここに居るんだろう?」
周りは巨大な岩で囲われていて、薄っすら街灯の光が差すくらいの場所なのにノワールは東側を向いたままそう言っていた。
俺たちが来た方と同じ向きになり、威嚇するかのように言っていた。
すると、ノワールが向いている方向に微かに人影のようなものが見えた。
「確かに私だが………よくも分かったものだな。年をとっても強さは変わらないようで安心したぞ」
目をこじらせてよく見ると、一人の女性が近づいてきているようだった。
地球の日本で言う、巫女服と言われる服で上が白で下が赤という作りだ。一見着物のように見えるが、巫女服はそれとは異なる。
上手く説明できないけど、俺は着物よりも巫女服派だったりする。
………マンガのようなピンク色の髪をしていて、ルビーのようなキレイな赤い瞳をしている。顔のパーツは全てレベルが高く、日本だったら誰もが振り向く美人なお姉さんだろう。
ピンク色の髪は首の後ろで適当に縛っているだけなのに、なぜかとても輝いて見えるし、敵の証である赤い瞳もなぜかとても見ていて心地よかった。
「やはり貴様か……かれこれ30年ほど我を追いかけているみたいだが、人間にもかかわらずいつまでも変わらないその姿は一体なんなのだ?」
「その話をする必要はない。今度こそお前は、私が確実に浄化してやるからな」
………あれ?なにこの戦うような雰囲気。
俺がここにいたら巻き添え食うよね?ノワールさん気づいてますか?
「貴様は我を追いかけて30年間、合計70回我を襲ったのにもかかわらず、一度も浄化できていなではないか。そんな貴様が我のことを浄化できると本当に思っているのか?」
「私の見た目が変わらないことが何よりの証拠じゃないの?」
「ふっ、面白い。貴様の自信満々なその表情、我が絶望の顔に変えてやろう」
「今度こそ天に還してやるぞ、最強のアンデッドモンスター。そして、危険度SSS級の化け物!!」
………こうして、完全に蚊帳の外になった俺を放って戦いが始まろうとしていた。
噂の指名手配者であるノワールに勝ち目はあるのだろうか。