溢れる想い
128 溢れる想い
「きゃあ!?」
ノワールが放った攻撃。俺はあと一歩届かず、ルナさんのことを庇ってやることができなかった。ルナさんが攻撃を受けたのは右肩………もし胸に受けていたら心臓を貫いていたかもしれない攻撃なのに、何故かノワールが狙った場所は右肩だった。
それでもルナさんが攻撃を受けたことには変わらないので、声を上げながら急いで駆け寄る。
「ルナさん!!」
「ハルト君…………私なら大丈夫。“癒しの光よ”」
痛む右肩を押さえながら作り笑顔を向けたルナさんは、『大丈夫』と言いながら傷を癒した。俺は攻撃を喰らった以上に、ノワールに攻撃を喰らったことの方が傷ついているのではないかと思った。
「ルナさん…………やっぱりノワールは俺が」
「ダメだよ。そんなことをしたら、私が嫉妬しちゃうからね。………それに、私だってヒューズ君を助けたい!!」
何度聞いても答えは変わらなかった。ルナさんは絶対に身を引くことはなかった。己の手でノワールを救いたいと心から思っていて、ノワールのことが好きだと言う感情が俺にも強く伝わってくる。
「でも、ノワールは――――」
俺が言葉を言いかけたところでルナさんが遮り、逆に言葉を奪われたかようにルナさんが語りだした。
「………確かにヒューズ君は私に攻撃をしてきたよ。でも、暴走状態のヒューズ君なら間違いなく心臓を貫いていたはずだよ」
「それは…………」
俺は答えられないでいた。ルナさんが真下に心臓がある場所を押さえながら言った言葉に、俺は何も答えられないでいた。ノワールは情が深すぎる部分があるが、それに負けないくらい容赦がない時もある。
殺すと決めた奴は絶対に殺し、殺さないと決めた奴は絶対に殺さない。
…………それが分かっているからこそ、俺はルナさんの言葉に何も返せないでいたのだ。
「きっとハルト君も分かってるよね。まだ、ヒューズ君は完全に理性を失っているわけじゃないって………」
「…………」
無言のまま言葉を発しなかった俺はルナさんの方を向くことすらないまま首を縦に振った。それについては否定が全くできなかったからだ
。そして、俺が首を縦に振って肯定する素振りを見せるとルナさんは俺に向かって満悦の笑みを見せ、
「なら大丈夫!あとは私に任せて!」
そう笑顔のまま俺に言うと、急いでノワールの方に向かっていったルナさん。引き留めようと思った俺だけれど、ルナさんの本気の目を見た俺は引き留めようとする自分の方を引き留めた。
あとはもう…………信じるしかない。ノワールに理性が残っているということと、ルナさんがノワールを救うということを。
俺は想い人同士の二人を見届けることにした。
※※※
「ヒューズ君…………私のこと、覚えてない?」
段々と近づくルナ。ノワールはその近づいてくるルナに震えながら手を翳し、頭を必死に押さえる。ルナはそんなノワールに段々と近づいていくが、ルナが近づいていくほどノワールの本能は目覚めていく。生きているもの全てから血を飲み干そうとする吸血鬼…………その本能が今理性を上回ろうとしていた。
―――ドンッドンッドンッ!!
黒い弾丸のようなものを放ち、それがルナの肩や胸………足などに命中する。痛みを訴えようとするルナだったが、それでも再びノワールに駆け寄ろうとする。傷を癒し、痛みを無くすことが出来る力を持っていると言うのにルナはその力を使おうとしなかった。
「この力はもう…………使わない。最初はビックリして使っちゃったけど、もうこの力は使わないって決めたの。私は………私自身の力であなたを救って見せる!!」
「や、止めろ…………。来るな…………ルナ」
「ヒューズ君!?」
ルナの言葉に反応し、ノワールが一瞬だけ理性を取り戻したけど直ぐに本能に負けて黒いレーザーのようなものを放つ。黒は白を喰らい、白もまた黒を喰らおうとする。黒と白が対立するときは必ず、大きい力が小さい力を喰らい尽くす。
「きゃあぁぁぁぁ!!!」
しかし、ルナは自ら神の力を――――白の力を使わないので決めたので、ルナの体はノワールが放った黒の魔力に喰われていく。………それでも、それでもルナはノワールに近づいていった。
「こんなの痛くない………ヒューズ君が感じている痛みに比べたら、全然痛くないよ。私は絶対にヒューズ君を助けるから」
「ル…………ルナ」
ルナの言葉に反応を見せるノワールは段々と理性を取り戻しつつあった。攻撃を放つために翳させた手も下げ、最初は当たっていた攻撃も当たらなくなっていた。ルナの体を蝕む黒の魔力も収まり始め、ノワールは段々と理性を取り戻そうとしていた。
「ヒューズ君…………」
互いに触れ合える距離まで近づき、ルナがノワールの手を優しく握る。
――――その刹那、今まで隠れていたノワールの本能が暴走した。取り戻しかけていた理性をもう一度奪った本能は、握られたルナの手を離さないように逆の手で腕を掴む。
力を使わなくてもルナは女神…………その神特有の魔力を感じたノワールの本能が反射的に飛び出し、危険信号を送ったのだ。
「う、うがぁぁぁぁぁ!」
「ヒューズ君…………そんなに怖い顔しないで。私は…………あなたが――――ヒューズ君が笑っている顔が好き」
「うっ!?………っ!!?」
本能が飛び出したところでノワールが叫び出す。そしてルナは、そんなノワールの唇に自分の唇を重ねる。
口づけをされたノワールは一瞬驚いた顔になるが、血に飢えた目から段々といつもの目に戻っていた。完全に奪われたと思っていたノワールの理性はまだ僅かに残っており、その僅かの理性がルナの口づけによってさらに甦ったのだ。
―――やがて、ノワールの体から溢れていた黒の魔力が完全に収まる。
「…………ルナ」
「お帰り…………ヒューズ君」
一度お互い唇を離したが、理性を取り戻して名前を呼びあってから再び唇を重ねる。ルナの頬に一滴の涙が伝い、その涙がノワールの腕に優しく落ちていった。
※※※※
「よう…………お帰りノワール。それにルナさん」
ルナさんが宣言通りノワールを救って戻ってきた。実にめでたいことなのに、何故か俺はものすごく胃が痛かった。
うん………そうだ。確か、二人がキスするところ見ちゃったからだ。
「フハハ!!待たせたな我が友よ!!我が来たからにはもう安し…………げほっ!!げほっ!!」
いつも通りのテンションでノワールが高笑いをしながら言葉を発したけど、最後の方で言葉が詰まり大量に血を吐いたノワール。
「………お前、本当に大丈夫か?」
「な、なんのこれしき…………我のことを舐めておるのか?」
「いやいや重症だろ。さっさと降りるぞ」
そう言った俺は一足早く降りていき、二人の方に視線を向けるとルナさんがノワールの手を引っ張っていた。
(リア充くたばれ!!)
まさかノワールにそう思う日が来るとは思わなかったけど、今だけはノワールに敵意を向けていた。