二人の記憶
127 二人の記憶
「“私がやる”って、ルナさん……本当?」
今までのルナさんとは口調が違うので、思わず聞き返してしまった。正直、女神であるルナさんの力を借りたのは山々なのだが、ルナさんに何かあった時にノワールに殺されるのは俺なんだ。それに理性が失っているとはいえ、自分自身の手で最愛の想い人を殺してしまうかもしれないのだ。
そんなことはノワールが最も望んでいないことであり、それは誰一人として望んでいない結果だ。もちろん俺も望んでいない。友達にそんなに思い詰めてほしくないのだ。仮にノワールがルナさんを殺し、そこで理性を取り戻したら何を感じるだろうか。
「ルナさん……それは―――」
「もちろんヒューズ君が望んでることじゃないよね」
「えっ?ヒューズ君……?」
口調だけでなく雰囲気も変わったらしいルナさんは今まで『彼』と呼んでいたノワールのことを『ヒューズ君』と呼んだ。確かノワールの本名の中にその単語があったはずだけど、改名する前のノワールの名前にもヒューズという名前だったはずだ。記憶を無くしてノワールと過ごした時間のことを覚えていないはずのルナさんが、なぜそんなことを覚えているのだろうか?
「……ルナ。お前、記憶が戻ったのか?」
「そうだよ。久しぶりだねルイン君も。……強制的に女神にされた私は代償として『記憶』を奪われた。けど、ヒューズ君がゼウス様を倒してくれたお陰で記憶が戻ったの」
「き、記憶が戻った!?」
思わず大きな声が出てしまった。最後の方に限っては声が裏返ってしまった。声が裏返ってしまうほど驚いた俺はルナさんではなく、共感を求めるためにルインの方に視線を向ける。しかし、ルインは驚きの“おの字”すら感じていないらしく、いつも通りの顔でこちらを向いた。
「ルインさん……このタイミングで驚いているのって俺だけですか?」
「ここまで来てこの程度で驚くこともない。お前はノワールの横に居て何回驚いてきた?それと比べればなんとも思わないだろう?」
何と分かりやすい説明だろう。確かにルインの言う通り、ノワールと一緒に居たら驚くだけで体力を使い果たしてしまう。ゼウスに記憶を奪われて、そのゼウスをノワールを倒したのなら記憶が戻っても別に問題ないじゃないか。
……どんどん俺の常識が壊れていくような気がするけど、そこにツッコミを入れていたら俺はノワールの友達ではない。
「でもルナさん……やっぱりノワールを止めるのはやめた方がいいと思う」
「どうして?」
「俺はあの時のノワールを知らないし、あのノワールがどんな覚悟で血を飲んだのかも知らない。けど、ルナさんを殺すことを望んではいないと思う。だから……あの暴走状態のノワールにルナさんを近づけるわけにはいかない」
俺はそう言いながら両手を広げて通さないということを伝えると、ルナさんは初めて俺に笑顔を見せた。思わず惚れてしまいそうな眩しい笑顔を向けられたけど、手を出したらノワールにぶっ殺されるかもしれないので余計な感情を抱いてはいけない。
そして、俺に向けた笑顔を見せた後に背中を向けて語りだした。
「……さっき記憶を奪われたって言ったけど、記憶を失っている時の記憶はあるの。……ヒューズ君が持っていた血を飲む前、私の目を見つめながらこう言ったの―――」
―――“好きだルナ”。
涙を流しているということが分かってしまう言い方に、俺は何も言えなかった。ノワールは……やはり最後までノワールだったのだ。理性を失うと分かっていたとしても、ルナさんのために血を飲んだ。二度と失わないために……。
「馬鹿だよ……本当に馬鹿だよ。いつも私のことばかり考えて、私さえ無事だったら自分はどんなに傷ついても大丈夫って言って……。でも、私だってヒューズ君を助けたい!!だって、だって……っ!!」
―――“私もヒューズ君が好きだから”。
「ルナさん……」
背中を向けていたルナさんが最後にこちらを向き、叫ぶように放った言葉は俺の心に強く響いていた。
強い気持ちが乗った言葉を聞いて、俺はただ関心するしかできなかった。自慢ではないが今まで生きてきて35年。恋愛という漢字二文字に無縁なまま生きてきたため、ルナさんやノワールのような気持ちは正直羨ましいと思ってしまう。誰かのために自分を犠牲に出来る人はそんなに居ない……だからこそその気持ちが羨ましかった。
そう思える人に出会いたいと思ってみたり、そう思われるよう生きたいと思っていた。
「そうか……。俺はずっと羨ましかったのか」
ノワールとルナさんに抱いていた気持ちはそれだったのだとやっと自覚する。そして、ルナさんの揺るがない決意を聞いた俺は、自分自身にもあることを強く決意した。
「分かったよルナさん。一緒にノワールを止めよう!!」
「ありがとう!!」
笑顔を見せながらお礼を言ったルナさん。その目には薄っすらと涙が浮かんでいたけど、その涙は悲しみではなく喜びであることは直ぐに分かった。そして、本能のままに暴れるノワールの元に向かっていった。
※※※
「う、うがぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分の本能がさらに外に出るノワールの力はどんどん増していった。ノワールの黒い魔力が外に飛び出ると、その魔力が少し固まって黒い雲となった。その黒い雲は特殊な重力を作りだしていて、侵入した者を特殊な重力な重力が襲う。
「うわ!?な、なんだこれ?何か凄い動きずらいんだけど!?」
「ハルト君だよね?ここは私が何とかするよ」
黒い雲に入った俺は早速変な重力に襲われてしまった。しかし、その特殊な重力を発生させている雲を消し飛ばしてくれたルナさん。ノワールの黒い魔力に対抗させるには女神様のような神の力をぶつけるしかないのだ。
黒い雲を全て消し飛ばすと頭を押さえがながら苦痛に悶える姿を見せるノワールが居た。
「……?」
直ぐにこちらを向いたノワールは何者なのかを確かめるような目をこちらに向け、その後にゆっくりと手を翳した。
―――あ、これヤバいですね。
ノワールの攻撃を回避しようとした瞬間、ルナさんが前に飛び出して俺を庇うように両手を広げた。両手を広げて俺を庇うように前に出たルナさんは、手を翳して攻撃を仕掛けようとするノワールに向かって叫び出す。
「ヒューズ君!!私のこと覚えているでしょ!!」
「!?。う、うがぁぁぁぁ!!」
攻撃を放とうとしていたノワールはルナの言葉に反応を見せ、頭を押さえながら悶える姿を見せるがそれでも血を飲んで顔を出した本能が収まることはない。手を震わせながらもゆっくりと再びルナさんに手を翳した。
―――それでも尚両手を広げてノワールに叫び続けるルナさん。俺は一足早く上空に逃げていたため、ルナさんの声がノワールにあと一歩届かなかったと判断した時点で急いで駆け寄ろうとした。
「……」
しかし、俺の中途半端なスピードを待ってくれるほどノワールは甘くなく、そのままルナさんに向かって攻撃を放った。