黒に染まる
125 黒に染まる
「う、うがぁぁぁぁぁぁ!!!」
―――ビンに入っていた赤い液体…………“血”を全て飲み干したノワールは、自分自身―――吸血鬼としての本能を目覚めさせようとしていた。血を飲んだことによって解放された魔力………それを表すように上げられた叫び声。
その変化を間近で見ていたルナは、その圧倒的な魔力と存在に震え上がっていた。
「ほっほっほっ。やっと本気を見せたようじゃなあ。さあ、その力を存分に見せて―――」
血を飲み干し、魔力が解放されたノワールに近づきながら言っていたゼウスの言葉は途中で切られることとなった。何かを言いかけているところで、ノワールがただのパンチをゼウスの鳩尾に食らわしていたのだ。
「――――がっ!?。がはっ!!」
―――ただのパンチ。誰が見たってただのパンチでしかなったノワールの一撃は、今まで届かなかった数々の攻撃を覆したように届いた。ゼウスが進める足も止まり、血を吐いて痛みに悶絶しているようだった。
「…………」
パンチを食らわしたノワールは無言のまま次の攻撃に移っていた。一瞬だけ見せたその目は、今まで以上に冷酷な目をしていて女でも子供でも平気で殺せるような目をしていた。
「がふっ!?。お、お前さん…………この力をどこに隠して…………」
「……………」
問いかけてくるゼウスの質問に答えないノワールは、無言のままパンチやキックという単純な攻撃をゼウスに食らわしていた。どんな魔力攻撃も物理攻撃も弾いていたゼウスだというのに、ノワールが身に宿していた力を全て解放した途端に手も足もでなくなってしまった。
「ちっ!仕方ないのぉ!!」
「…………?」
ノワールの攻撃を紙一重で回避したゼウスはそのままノワールに向かって右手を翳し、攻撃を放つ。神の魔力によって放たれた攻撃は悪魔やアンデッドには弱点と言っても良い攻撃で、一撃で葬られても文句は言えない。
「“裁きの光”!“矛なる光”!“天の矛”!!」
三つの攻撃を同時に放ったゼウス。
ノワールにはゼウスが放った攻撃が襲いかかるが、回避することもなく防ぐこともなかった。自分自身の体を貫通していた光の矢が来ても、自分自身を苦しめた光が来ても回避することがなかった。
「ほっほっほっほ!!どうやら力を解放しても理性を失って知恵も失ってしまったようじゃのぉ!!!」
自分の攻撃が当たったと確信したゼウスは一気に調子にのり、そのまま光に飲まれることを祈りながら攻撃を見届けていた。
―――ドゴォォォォォ!!!
大陸が一つ消滅してもおかしくない攻撃がノワールに放たれる。白い煙がノワールを包み込み、姿が見えなくなってしまったがその白い煙は直ぐに晴れることになった。
生きていたとしても原型を止められていないと確信しているゼウスは、顔に満悦の笑みを浮かべながら期待の目で見ていた。
――――そして煙が晴れる。
「なっ、なんじゃと!?」
煙が晴れて見えたノワールの姿を見たゼウスは、一瞬で顔に大量の汗を滲ませながら叫んだ。ゼウスの期待を削ぐようにして現れたノワールの姿は、全くの無傷だった。ただ殺気を感じさせる目でゼウスを睨み付けながら立ち、傷という傷は一つもついていなかった。
「…………」
そして、ゼウスの攻撃を真似たように手を翳したノワールは、翳した手から【天滅】を放つ。いつもの【天滅】より数倍から数十倍以上の威力が放出された【天滅】は、焦りを隠せないゼウスに真っ直ぐ向かっていく。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
断末魔の叫びを上げたゼウスだったが、地属性のスキル【地殻】によってその天滅を防いでいた。しかし、ゼウスの息は荒くなっていて【地殻】に殆どの魔力を注いだのは火を見るよりも明らかだった。
「…………」
―――バリンッ!!
冷酷な目を向けながら距離を詰めたノワールはゆっくりと持っていた剣を振った。ありとあらゆるスキルを付与させた剣でも傷一つつけられなかったと言うのに、何も付与していない剣を軽く振っただけでゼウスの【地殻】をガラスのように破壊した。
「くそっ!くそっ!くっそぉぉぉぉぉ!!」
「………」
神特有の力を行使して黒を蝕む光を放つが、ノワールはその攻撃を受けながらも少しずつ前に進んでいた。ゼウスの攻撃ももろともしない耐久力…………吸血鬼としての本能を目覚め指したノワールは、まさに“最強”だった。
「ま、待つんじゃ!!確かにわしはお前さんのことを殺そうとしたが、それは悪魔に契約されて仕方なく!!」
「…………」
虚言も良いところの命乞いをするゼウスだが、その声が本能にしたがって動くノワールの耳に届くわけがない。冷たく、地に飢えているような目をしながら命乞いをするゼウスに近づき、右手で持っていた剣を離して右手をゼウスにかざす。
死のリアルを感じたゼウスは涙を流しながら、さらに虚言という名の命乞いを続けた。
「お、お願いじゃ!わしだけは殺さないでくれ!!わしを殺したら、天界を敵にまわすことなるのじゃぞ?も、もしわしを見逃してくれたなら、相応の褒美を――――」
―――グシャ…………。
翳した右手に黒い何かを纏わしたノワールは、そのままゼウスを薙ぎ払った。命乞いの途中で殺されたゼウスの上半身は塵のように消え去り、上半身を失ったゼウスの残りの体は重力に従って急降下する。
「………」
その急降下するゼウスの残り部分にも【天滅】を放ち、完全にこの世から消滅させた。しかし、一度顔を出した吸血鬼の本能が簡単に引っ込むわけはなく、ゼウスを殺しても満たされることは無かった。ノワールの黒い魔力は自分自身を蝕み、力に飲み込まれようとしていた。
「う、うがぁぁぁぁぁ!!!」
痛む頭を必死に押さえ、暴走する自分の魔力を力づくに抑えようとしていた。しかし、ノワールの圧倒的な魔力を力づくで抑えることなど不可能だった。解放された魔力が顔を出し、それが周囲にあらゆる被害をもたらす。
叫び声を上げる時、その力が外に飛び出してしまいいつもは白いはずの【天滅】が黒になって飛び出した。それだけでなく、通常の【天滅】とは全く異なるほどの威力を誇っていた。雷のように大陸に落ち、通常の【天滅】とは違って大陸を消失させることは無いけど、【天滅】より殺傷能力が高いかもしれない。
「な、何だよ……これ?」
―――俺が辿り着いて見た姿は変わり果てたノワールが全てを破壊する光景だった。今までのノワールとは比較にならないほどの魔力を宿していて、目がとても怖かった。本当の吸血鬼のように赤い目をして、血に飢えているような目をしていた。
「やっぱり……。僕の予想は当たっていた」
しかし俺の隣にいるマッドは、ノワールが変わり果てた姿をして破壊の全てを尽くしている状況で顔に笑みを浮かべていた。