使う覚悟
123 使う覚悟
「……ん?ま、マッドか?」
目を覚まして映った景色はマッドが呆れた顔をしながら仰向けになって空を見上げる俺を覗いてる姿だった。覚えているのはアスモデウスを倒して、それでもダメージが酷くて地面に落ちていったところまでだ。しかし、今は痛みを全く感じない。大きな風穴が空いていたお腹もきれいに治っており、俺はカバっと起き上がって傷があった場所を見渡す。
――しかし、確かに負ったはずの傷はどれもきれいに治っていた。
「君の傷は僕が治したんだ。でも、完全には治ってないからいきなり動いたりしたら傷口が開いちゃうかもしれない」
俺の心のうちを読んだらしいマッドは傷があった場所を撫でる俺に言った。いつになく疲れた顔をしながらマッドは言い、俺はその表情を見て俺を治すためにそれなりの魔力を消費したのだろうと察した。俺の特性【自己再生】は今、ノワールのスキル【封印】によって発動しなくなっている。リアルに“死”を覚悟した理由は【自己再生】が発動しないということが分かっていたからで、こうやって再び動けるとは思いもしなかった。
「とりあえずありがとう。マッドが居なかったら俺は今頃死んでいた……」
「別にいいよ。君に死なれたら僕も困るからね。それに……君が倒したと勘違いしているアスモデウスはまだ生きているんだ」
「!!?。そんな馬鹿な!!?」
マッドの言ったことに声を荒げた俺は『安静』という言葉を忘れて起き上がり、額に汗を浮かべながらマッドに聞き返した。……俺は確かにアスモデウスを倒したはず。俺の【天滅】は間違いなく命中したはずなのに、奴は生きているとマッドは言った。考えなかったわけではないが、その可能性を認めたくは無かったのだ。心のどこかでは“奴が生きている”という可能性を見出していながら、それを認めたくない自分もどこかに居たのだ。
「……悪い。取り乱した」
「気にしなくていいよ。君にとっては最も認めたくない現実だろうからね。……けど、現実を受け止めなければならないことも分かっているはずだよ?」
……マッドの的確すぎる言葉に、俺は何も言い返すことが出来なかった。“矛盾”という言葉が俺の心に宿ていて、俺はその矛盾に太刀撃つことが出来ないでいた。それが原因で今までアスモデウスが生きているという可能性を認めたくなく、最後の最後まで目を瞑ろうとしていたのだ。
「でも大丈夫だよ。君の【天滅】は確かにきいていた。今は体を修復……つまり回復中ということだ。アスモデウスが再び回復する前に、僕たちは他にやることがあるんだ」
「やること?」
「神の長……天界の王の討伐さ。そうすることで僕たちの勝率はグンと上がる」
軽い口調で言ってくるマッドだが、そんな軽はずみに言っていいほどゼウスを倒すのは容易ではない。一番の問題と言えばこちら側の戦力にアンデッドが多いのだ。ノワールを筆頭に、ルインと破壊の魔女さんもアンデッドなのだ。こちらの戦力で一番とも言っていい戦力は全てアンデッドなのだ。俺が唯一人間なので、ゼウスに対して普通に戦えるのは俺だけなのだ。
「簡単に言ってくるねえ。殆ど俺一人で戦うことになるんじゃねえのか?」
俺がそう言うとマッドは一度首を傾げ、その後にゆっくりと首を振って俺の言葉を否定する。
「それはないよ。確かにさっきはゼウスを倒してほしいと言ったけど、君の本当の目的は違うんだ。だから、援護に行くならあえて飛んでいく。【ゲート】は使わないんだ」
「【ゲート】を使わない?なんでだ?」
「それはきっと、あとで分かることが出来るよ。今は手遅れにならないように……それでいて早すぎないペースで行こう」
「む、難しいな……」
はっきりしない曖昧な言い方に少し頭が痛くなりそうだったけど、ノワールたちの方に向かうペース配分はマッドに任せることにした。スキル【部分擬態】を発動させ、俺とマッドは同じように翼を背中に生やし、目的地目指して飛び立った。
――これが本当に最後の戦い。俺は再び心に覚悟を決めて、大空に向かって飛んでいった。
※※※
「……ここまでか」
「なんじゃ?お前さんはもう終いなのか?つまらんのぉ」
――ここはルインや魔女たちが待機していた場所。ノワールとハルトがゼウスとアスモデウスの元に向かった直後、ベルゼブブという悪魔が襲ってきたのだがそれはルインが涼しい顔をしながら撃退し、それからは何も来なかった。しかし、先ほど神であるゼウスが現れてルインたちに攻撃を仕掛けたのだ。
待機しているメンバーの中でルインがいち早く気が付き、牽制していたのだがそれが今苦しくなっているようだ。
「……中々に楽しめたのぉ。力はあのアンデッドには劣るが、戦い方が中々良かったのぉ」
「お前に褒められても全く嬉しくないな。……それに、なぜお前は勝ったような顔をしている?」
「なんじゃと?」
「お前に分からなくても、俺に分かるぞ。俺の知っている“最強のアンデッド”は絶対に負けないのだ」
頭から血を流し、その血がルインの頬を伝うなか薄い笑みを浮かべて自信満々にゼウスに言った。その言葉と行動を見たゼウスは声に出して笑い、最後の攻撃を放つためにルインに手を翳す。
「何を言っておるのか分からないが、わしとしては来てもらった方が楽なのじゃが来なくてもここに居る全員を殺して探し出すだけじゃ。
“矛なる光”―――」
一度言葉を切ってから攻撃を放ったゼウス。“矛なる光”という言葉に反応したゼウスの魔力はルインに翳した右手から光で出来た槍が生まれ、そのままルインに突っ込んでいく。しかし、ルインの顔は死を覚悟した顔ではなく何かを待っているような顔をしていた。
―――そして、ゼウスの光の槍はルインの期待を削ぐように近づいてき、そのまま光の槍がルインの胸に深く突き刺さる。
「……なるほどのぉ。ルインというアンデッドが言っていた言葉が何となく分かったような気がするのぉ」
―――否。
ルインに光の槍が刺さる前にノワールが庇うようにルインの前に立ち、代わりに光の槍を受けた。
「ルインが何を言ったのかは知らん。ただ貴様を殺さないままでいるのは我の沽券にかかわるのでな」
「なにがあったのかは知らないが……先ほどのお前さんより手ごわくなてそうじゃのぉ」
確信できることは何もないというのにゼウスは自分自身に強い自信のようなものに満ち溢れていた。……再び決意が決まった最強のアンデッド、天界の王のゼウス。
誰も想像できないような戦いが再び始まろうとしていた―――