心に決めたこと
122 心に決めたこと
「喰らうがいい!!我の力を!!」
ノワールが指を鳴らすとゼウスに翳していた手から紫色の炎で作られた竜――――【獄炎竜】が複数現れ、もうスピードでゼウスに突っ込んでいく。しかし、ゼウスはその【獄炎竜】を回避する素振りすら見せることなくただ腕を組ながら余裕な笑みを浮かべていた。
ゼウスが余裕に構える理由は3秒後に知ることができ、【獄炎竜】はゼウスに紫色の炎を纏わせると魔力を喰らうのではなく、逆に魔力を喰われているかのように炎が消えていってしまった。
「この程度の攻撃でわしを倒そうとしたのぉ?わしが全知全能の神ということを忘れているわけではあるまい」
「そんなことは百も承知だ。貴様は強いし、我は全力で戦っている。だが、我よりも弱いことはわかっているのだ」
圧倒的な力を見せつけられても傲慢な態度を変えないノワール。ノワールの知る者なら目を瞑るところかもしれないが、ゼウスには今の態度が気に入らなかったらしい。
「………どうやらやり方がぬるかったようじゃのぉ」
「何をする気だ?」
いきなりノワールに殺意を向けたゼウスは少し上に移動し、ノワールを見下すように見る。先とは全く違う冷酷な目を向けられていることに気がついたノワールは、傲慢な態度を変えなくても少々次に繰り出されるゼウスの攻撃を警戒した。
ノワールが警戒していると分かったゼウスは顔に薄い笑みを浮かばせながら口を動かす。
「悪魔と契約を結び、神の名を汚してしまったわしじゃが………そもそも天界の目的はお前さんとあの人間なのじゃ。だから、お前さんだけに時間を費やすことはできん」
「そうか………。ならやってみるがいい!!我のことを殺してみるがいい!!貴様にその力があるというな――――」
――――ドシャ………。
ノワールが何かを言いかけているタイミングでゼウスが放ったのは、神特有の力によって繰り出される“光の矢”だった。光の矢はまさしく光の速さでノワールに向かっていき、両手を広げて無防備になっている右の腹部を容易く貫通した。
「なに………っ!?」
「いい加減お前さんの虚言にも飽きてきたころじゃ。最強が聞いて呆れてしまうが、相性というものも存在するからのぉ。お前さんが人間だったら、まだ勝機があったかもしれんが」
貫通した光の矢はまだ力を失うことはなく、ゼウスの繊細な手の動きによってブーメランのようにノワールの背中に向かってきた。
「くそっ!!」
悔し紛れになりながらノワールは指を鳴らしてスキルを発動させる。発動させたスキルは【ゲート】で、光の矢が背中を貫通する前に逃げるということだった。右腹部の傷を押さえながら倒れ込むようにしてゲートに入って逃げたノワール。
「…………逃げたか」
ノワールが逃げたタイミングで自らが放った光の矢を止める。そして同じように【ゲート】を発動し、次元空間から脱出する。
※※※
「――――誤算だった」
ゼウスに貫通させられた腹部を治したノワールは近くに誰もいない草原で座りながら空を見上げていた。最強のアンデッドとなって戦いから逃げたのが初めてのノワールは、ただ震えていた。
傲慢な態度の裏には恐怖を抱いているということを悟られないためだったのだ。
「我はどうしたらいい?」
ノワールはただ考えていた。自分が今どうするべきなのかを。負けるのが目に見えていて戦うのか、それとも全力で逃げてこの世界が滅びるのを待つのかを。自分の攻撃が相手に微塵もきかないという状況が初めてなノワールにとって、この二つはとても酷な選択だった。
「使うしかないのか…………?」
散々悩んだノワールは【収納魔法】で保管していた赤い液体が入ったビンのようなものを取り出した。その赤い液体の正体はある生き物の血で、飲めば吸血鬼の本能なよみがえって大いなる力を手に入れることができる。
しかし、吸血鬼の本能を目覚めさせるため強い魔力をより求めるということになる。つまり理性を失い、ただ本能に従って暴れるため誰も止めることができないのだ。飲めばゼウスもアスモデウスさえも倒せるかもしれない。しかし、同時に自分を止める者も居なくなるので、世界を滅ぼす犯人が自分になってしまうかもしれないと言う考えがノワールの頭のなかに浮かんでいた。
「………ん?この魔力は――――」
そんな時、ノワールがある魔力を感知したため辺りを見渡す。そこまで警戒しないということはゼウスでもアスモデウスでもないことは分かるが、少し微妙な顔をしながら一度切った言葉を続けた。
「――――マッドだな?安心しろ。我は貴様のことを殺したりはしない」
「ほんと~?信用ないけど、今はその言葉を信じるよ!?」
ノワールが人物を特定するとその言葉を信じて現れたマッド。しかし、現れたマッドにノワールは挨拶をするかのように顔面にパンチを食らわせる。
「ルナにしたことはこれで勘弁してやる」
「ありがたいねえ。正直、殺されると思っていたよ」
「今はそんなことを言っている場合ではないことくらい、貴様ならわかっているはずだ。我の攻撃が全くゼウスにはきかなかった。なぜだか分かるか?」
ノワールの問いかけを待っていたかのように笑みを浮かべたマッドは、右の人指し指でノワールを差しながら言った。
「それはね…………君が完全なアンデッドではないからだよ。君は良くも悪くも人間に近すぎるんだ」
「人間に近すぎるだと?」
「仮に神を白、悪魔を黒にするとしよう。この二つがそれぞれ対立する存在ということは、神の理に触れるアンデッドも当然“黒”ということになる。でも…………君には少し“白”が混じってしまっているんだ。それが不要な部分なんだよ」
マッドは少し能弁になりながらノワールに言い、ノワールはそんなマッドの言葉を真剣に受け止めていた。
「なるほど………それについては分かった。だが、完全なアンデッドになるためにはどうすればいい?」
「簡単だよ。君の右手に持っている血を飲めばいいんだ。本能という本能をさらけ出せばいいんだ」
「!!?」
少し強い言い方になりながらノワールに言ったマッド。最後の言葉を聞いたノワールは右手に持っているビンを見つめながら深刻な顔をした。飲むことで神を倒せるかもしれない…………しかし、飲んだから全てを滅ぼしてしまうかもしれない。
そんな葛藤がノワールを襲い、あと一歩のところで飲むという行動にストップをかけていた。
「―――あの日決めたんじゃなかったのかい?」
「なにがだ?」
「あの女神…………ルナと関係していないわけがないと気づいているんだろう?そして、もう二度と失わないと決めたんじゃなかったのかい?」
「なぜそれを貴様が知っている?」
マッドに問いかけたノワールだったが、マッドは最後の質問には答えなかった。ただ、ノワールの胸にはトゲのような物が刺さった痛みが襲ってる。
(そうだ………。我はあの日誓ったのだ。――――“もう二度と繰り返さない”と。)
心のなかで決意したノワールがビンの蓋を開けたその時だった。
――――ドゴォォォォォ!!!!
「「!!?」」
突然、爆発音と爆風が二人を襲い強力な魔力が出現しだした。ノワールの顔がどんどん険しくなっていき、爆発音と魔力を感じる方向をジッと睨んでいた。
「この方向は………まさか!?」
大変なことに気がついたノワールは指を鳴らして【ゲート】を発動させ、急いで移動する。感じられる魔力がゼウスであることは既にわかっているノワールだったが、ゼウスが襲っている方向と場所を確認した瞬間に形相を変えながら【ゲート】に飛び込んだのだ。
「やれやれ…………手間がかかるなぁ」
ノワールが【ゲート】に飛び込んだあと、たった一人で草原に立ち尽くすしていたマッドは呆れた顔をしながらため息をついた。そのあとに直ぐ【部分擬態】で背中に翼を擬態させたマッドは何かを口にしながら空を飛ぶ。
「さて、じゃあ僕も行こうかな」
爆発音が聞こえた方とは逆の方に飛んでいったマッド。その先に何があるのかはまだ分からない――――