無慈悲な悪魔 前編
119 無慈悲な悪魔 前編
「フハハハ!!向こうから出迎えてくれるとは思わなかったが、迎えにいく手間が省けていいではないか!」
魔界の王と天界の王。本来二人が並ぶことはないであろう人物が並んでいると言うのに、傲慢そうに高笑いをあげているのはノワールだけだった。しかし、その高笑いが自分のなかに存在する恐怖を抑えるためだと知っている俺たちは、少し笑みを浮かべながらノワールに続く。
「確かに向こうか来てくれたのは助かったな。俺もなるべく魔力と時間を消費したくない」
最初にノワールの発言に乗ったのはルインで、言いながらゆっくりと手をかざす。
「悪いが、今の俺は機嫌が悪いんだ。こちらから行かせてもらう」
一度二人に翳した手を今度は空に翳し、スキルを発動させる。ルインが「【創造】」と一言呟くと、空中に無数の剣が創られた。一本一本の剣が強い魔力を帯びていて、そこらの職人が作った剣よりも数段良いものだろう。素人目で見てもただの剣でないことは分かる完成度の剣は、その矛先を空を飛んでいる悪魔と神に向けてルインが腕を動かすと同時に大砲の玉のように向かっていく。
――――その無数の剣は二人の体を貫通し、再生出来ないほど細切れになるのかと思われたがその剣は優雅に浮かぶ悪魔と神の体に触れることもなく止まってしまった。
いや…………正確には壁のようなものに突っかかってしまっているような感じだった。
そして、今まで口を開かなかった悪魔――――アスモデウスがここに来て初めて声を出す。
「私の目論見がいつバレたのかは分からないけど、あなたたちに勝ち目はないわよ?」
その声は想像よりも透き通っていて、紫色の目さえもアメジストのように美しく見えてしまう。その見た目の美しさに今気がついた俺は、攻撃をするために翳していた手を無意識に下げていた。
整えられた顔…………紫色の瞳。長い黒髪。紅い角は特に魔力が溜まっているようで、どこよりも強いオーラを感じさせる。悪魔でもこの世界でもなければ全力でアプローチをしていたところだけど、今は敵でしかないのでその欲望は心の隅に置いておくことにした。
「正直に言って誤算だったわ。サタンを殺されただけでなく、まさかマッドさえもそちら側につくとはね。でも―――――」
「――――私が来たからもうおしまいね」
言葉の途中で顔を下に向けたアスモデウスはその後にそう言葉を続けると、ノワールのように指を鳴らす。するとルインが創り出した剣がアスモデウスではなく、こちらの方を向いてそのまま全力で向かってくる。まるで跳ね返したかのようにルインの剣をこちらに向けたアスモデウス。
そんな中、ルインが一歩前に出て創り出した剣を元の物質に戻ろうとスキルを解除する。
しかし――――
「…………なぜだ?」
――――剣を創り出した張本人のルインもスキルの解除が出来ないと悟り、珍しく顔に焦りを見せる。仮に跳ね返したとしても発動させた本人が解除させれば消えるスキルも存在する。ルインの創造は物質に魔力を加えることで他の形・物質に変えることが出来る。
スキルを解除すれば元の形・物質に戻すことも可能なのだが、今回は解除しても一本も解除されていないのだ。
「そのスキルはもうあなたのスキルじゃないわよ?だって、その主導権を奪ったのだから」
「なんだと?」
「私のスキル【奪取】ね。それで主導権を奪っただけ。だから今は私のスキルも同然なの。私が解除しない限りその剣が消えることはないのよ!!」
降り注ぐ雨のように主導権を奪われた剣が向かってくる。主導権を奪われてしまったルインは力ずくで消す他ない。
「仕方ない…………」
ため息を吐いて覚悟を決めたらしいルインは向かってくる無数の剣にゆっくりと手を翳し、
「出来れば使いたくはなかったが、今は仕方ない」
能弁になって話ながらスキルを放つ。そのスキルはみんなが知っている最強のスキル【天滅】で、ルインが放った【天滅】は向かって来る無数の剣をまとめて消滅させ、それだけで威力が衰えることもなくそのままアスモデウスとゼウスの向かっていく。
「天属性のスキルね。確かに強いけど、その程度で私を殺せると思わないことね」
薄い笑みを浮かべながら言ったアスモデウスは回避する素振りすら見えることなく、自分と神に向かって来る【天滅】に全く無関心のようだった。でも、ルインが放った【天滅】が二人に届くことは無く、ルインが繰り出した剣と同じように壁に当たったような感じで【天滅】がせき止められ、そのまま威力を失っていった。
「アスモデウスも【地殻】というスキルを習得しているようだな。天属性の攻撃を防げる属性だからな。確かそのスキルはマッドも習得していたはずだが、やはり貴様も習得していたのだな」
アスモデウスに【天滅】が届かなかった理由が分かったのはノワールだけであり、俺たちに背を向けたまま「後は任せろ」と一言言った後単独でアスモデウスとゼウスも元に突っ込んでいった。アスモデウスはともかくとしてゼウスの方もノワールが戦うのは不可能なので、俺も助力に行くことにした。
「行くなら早く行った方がいい。早く行かないと面倒なことが起きるからな」
行こうとする俺に忠告をしてくれたのはルインで、俺の他には誰もいかないのだと察した俺は急いでノワールを追いかける。足手まといだったとしても、一回か二回くらいは盾になれるはずだ。
「どうしたハルトよ。貴様は向こうで残っていた方がいいのではないのか?」
「別にいいんだよ。どうせお前だけだったらゼウスは倒せねえんだし」
「そんなことはない。貴様は我のことを信用していないのか?まあ、ここに来たというなら我の手駒として戦ってもらうがな」
さっきは居るだけで体を震わせていたというのにノワールが隣にいるだけで自然に体の震えが止まった。あの距離でも震えていたはずなのに、ノワールが隣に居るだけで安心感があるというか。アスモデウスとゼウスの強さはピリピリと伝わってくるのだけど、それ以上に俺はノワールの強さを信じているのだ。
「やるかハルト。最後の戦いを――――」
背中を向けたままノワールが俺にそう言い、剣を抜いてアスモデウスに向かっていく。その背中は何よりも頼もしく、そして誰よりも強い自信に満ち溢れていた。