それぞれの長
118 それぞれの長
「……あれ?俺、何したんだっけ?」
目を覚ましたら色々な人がこちらを覗いていて、ノワールは俺がため息をつきながら安心した顔をした。体を起き上がりたい俺だったけど、何故か体中が痛くて力を入れるだけで飛び跳ねてしまうほどの痛みが襲う。特に首が痛く、触って見ると痣のようなものが出来ていることが分かった。
……あれ?俺が眠っている間誰か殺してきた?
そんな考えが頭をよぎり、思わず体を震わせてしまう。
「安心しろ。痛みこそあれど、命に別条はない。我が貴様を殺さないように絶妙な加減をしたのだ」
「ああ。それなら安心―――ちょっと待て、お前今なんて言った?」
思わず乗りツッコミをしてしまった俺。しかし、ツッコミを入れる時に体を動かすのでその時にズキズキと傷が痛む。……しかし、いくら怪我を負ったからと言って特性【自己再生】で怪我が癒えてもいいと思うのだがいつになっても怪我が癒えることはなかった。心臓の鼓動と同じリズムでズキズキと痛む傷を押さえ、ゆっくりと体を起こす。
「ノワール。何で俺の【自己再生】が発動しないか知らないか?」
ゆっくりと体を起こした後ノワールに問いかけると、急に目をそらしたノワールはそのまま明後日の方を見ながら俺の質問を無視し始めた。俺の【自己再生】が発動しない原因はノワールにあると分かった俺は痛む傷を我慢しながら立ち上がり、皆の不安の視線に見守られながらノワールに近づく。
「ノワール。俺の目を見て答えろ。俺に何かしたのか?」
「フハハハハ!!さすがはハルトだ!!我が貴様の特性を封じたことに気が付くとはな。……ちなみにだが、我のスキル【封印】の効果はあと6時間は続く」
「お前後で覚えとけよ」
今は傷が痛むため殴ることはできないけど、この傷が治ったら120発くらい殴ってやろう。取りあえずこれ以上体を動かしたら傷の痛みで発狂してしまいそうなのでおとなしく寝ることにした。
「私が何とかしてあげましょう。あなたには仮が一つありますので」
大人しく寝ようとしたタイミングで覗き込むようにして俺を見つめたルナさんは言いながら俺に手を翳して目を瞑った。
「“癒しの光よ”―――」
優しく囁くように呟くと翳した手から白い温かい光が俺を包み、体中にあった傷がどんどん癒えて痛みが引いて行く。痣があった首もキレイな肌色に変わり、腕についていた火傷の後もきれいさっぱり消えてなくなった。さすがは女神様と言ったところだろうかあれだけの傷を一瞬で癒してしまうなんて、すごすぎて声も出てこない。
「ありがとうルナさん」
「問題ないですよ。先ほども言った通りあなたには仮がありますし、あなたが目を覚まさなかった時はノワールさんが泣きそうな顔をしていましたし、それにあなたが居ないとこの戦いは勝てないと思います」
ん?ちょっと待ってルナさん。ノワールが泣きそうな顔をしてたって本当ですか?
ルナさんが少し気になるようなことを言っていたけど、ノワールが「それ以上聞くな」というオーラを出していたのでそれ以上何も聞かないことにした。一番の問題は俺が眠っていた時の記憶が全くないということだ。確か……サタンと戦って、そして勝って草原で寝っ転がったことは覚えている。
「……何かあったような気がするんだけどな」
「貴様が気にすることではない!!今を生きているならそれでいいのだ!!」
「まあそうか。それはいいけど、そろそろヤバいのが来そうな予感がするんだけど」
これはただの直感でしかないけど何となく嫌な予感がするのだ。アスモデウスという悪魔の長の側近と互角の強さを誇る悪魔サタンを倒したのは大きいと睨んでいる俺は、そろそろ勝負をつけるためにボスが出て来そうなのだ。アスモデウスは天界と無理な契約をして天界の女神やら神やらも敵となっているのだ。魔族の雑魚と一緒に天使も来たということは、神や女神はまだ来ていないということだろう。
「貴様は何を言っているのだ?そんなのは予感などしなくても予想できる。それに―――」
「「「!!!?」」」
ノワールが何かを言いかけた瞬間、全員毛が逆立った。遠い。明らかに遠い魔力の反応であるはずなのに、その強さがピリピリと伝わってくる。かなりの距離が離れているというのにここまで震えてしまうほどの魔力を感じるということは、目の前に現れたら恐怖で動けないかもしれない。……そして気になるのは邪悪な魔力だけでなく、それと並ぶほどの神聖な魔力を感じるような気がする。
「る、ルナさん……。この神聖な魔力が誰だか分かりますか?」
「……この魔力はゼウス様です。全知全能の神と言われた天界の長と言っていいお方です。まさかあのお方も悪魔に従うとは」
「それは契約だから仕方がないだろう。全知全能であろうが、神であろうが今敵であることは変わらないのだ」
「それは出来ないのです。私たち神の類は目上の存在を攻撃出来ないのです」
魔界のルールは天界でも通用するようで、ルナさんは悲しそうな顔で言った。個人的にゼウスと言う神を倒したいのか、それとも倒したくないのか。ノワールとか俺は余裕で戦えるけど、ルナさんとかロゼは……天界から追放されたって言ってたし。
「そんなことはどうでもいいのだ。誰が神を殺そうが、悪魔を殺そうが別にどうでもいいことだ。殺すのは早い者勝ちだというのが戦争のルールだ」
「お前が両方殺してくれれば話が早いんだけど、お前もこの魔力に震えてたじゃねえか。それに神なんてお前の天敵じゃねえか」
ノワールが強がりを言っていることが直ぐに分かった俺はそんなノワールに的確なことを言い、力を貸すことを伝える。悪魔はともかくとして神の方は俺に任せてくれればとりあえず大丈夫だ。ノワールと神が戦ったらそれこそ死を招くことになる。
「でもノワール。俺まだ魔力回復してないんだよ……ね……っ!!?」
一番の問題を上げようとした俺だけど段々と言葉が途切れて、意識がノワールではなく宙に浮かぶ二人組にそれていってしまった。
「み、皆……。あ、あれって……」
宙に浮かぶ二人を差す指が震える中、皆の視線が震える俺の指を見る。その先には黒い翼で空を飛ぶ悪魔と白い翼で空を飛ぶ神のような姿があった。
「そ、そんな……っ!!?」
皆の視線がその二人に集まった時、ルナさんだけがその二人を見た瞬間声を出した。俺の指が震えるのと同じように体を震わせ、さらに言葉を続けた。
「ゼウス様……」
「え?あれが?」
ルナさんがゼウスと言った存在は白い翼を生やした方だった。黒と白のどちらかと言われると白と言いたくなる存在であることは間違いないのだが、想像よりも大分若かった。何となくひげを生やしたじいさんぽい神様なのかと思っていた。