ライバル同士? その2
116 ライバル同士? その2
―――空に浮かぶ一体の悪魔。悪魔とは思えないほど紳士的で、時に爽やかな笑顔を見せる悪魔は金色の髪を風に靡かせながらとんでもないことを口にしてきた。
「フハハ!フハハハ!!これは笑止!!我という存在を認識しておりながら我ら全員を殺すつもりとは!!」
悪魔――――サタンの言葉に大きな笑い声を上げながら返すノワール。全く笑顔を崩さないサタンだけれど、その冷たい笑顔の後ろには何かがあると分かっていた。言いたいことを全て言い終えたノワールはチラッと一瞬だけ視線をこちらに向け、さらに言葉を続ける。
「今すぐ我が消し去ってもよいが、生憎貴様の相手は既に決まっている」
「私とやる相手?ああ。まとめてじゃなくて一人一人片付けていけば良いんですね」
サタンもサタンで自信に満ち溢れており、俺たちに負ける気は全く内容な言い方で話を進めていく。ノワールはそんなサタンの言葉を否定することなく「まあそうであるな」と言い、今度はルインと目を会わせて指示を出す。
「貴様の思い通りにいくかは分からないが…………精々頑張ってくるがよい」
顔に笑みを浮かべながら言い放たれた言葉とともに、俺の意識も遠のいていく。………黒い霧に包まれてるような感覚に襲われた俺は、そのまま無意識に目を瞑り気を失う。
「あれ?ここは…………」
――――次に目を覚ましたのは夜風が気持ちいい草原だった。チクチクと刺さる芝生をどうにかしたいという衝動を押さえつつ、立ち上がって周囲を警戒することにした。
状況から察するとここはルインが作り出した空間だろう。大暴れ出きるため………もしくは俺が負けたときでも悪魔を元の世界に戻せなくするため。
「!!?」
―――バチッ!!
魔力の反応を感じてその方向を向いた俺だったけど、間一髪足元に当たっただけだった。
「まだ来るのか!」
遠くの方から足元の芝生が焦げているので電気の魔力弾であることを確信した俺は、腰に下げていた剣を抜いて構える。高速に飛んでは来るのだが、見切ればちゃんと斬ることも避けることも出来るのだ。
「…………ん?」
向かってくる魔力弾の軌道を観察していた俺は違和感に気づき、剣を持ったまま一歩も動かず静止していた。
―――バチバチバチッ!!
軌道を全く変えず、真っ直ぐ向かってきた魔力弾は俺を避けるように通りすぎて芝生に当たる。
「わざとか?」
数発の高速魔力弾。距離にもよるけど遠ければ遠いほど当てるのは困難を極める。しかし、悪魔ともあろう者が全てを外すだろうか?それを前提として考えた俺は、どうもわざと外したようにか思えずスキル【部分擬態】で翼を擬態させて空を飛ぶ。
「へえ………やるじゃないですか」
空を飛んで直ぐ接近してきたサタンは紫色の目を向けながら関心した顔で拍手をする。
「あなたの直感は見事ですよ。あのまま次の攻撃を待っていたらあなたは確実に殺されていました」
紳士にしか見えない外見からは想像も付かない言葉で調子が狂ってしまうが、紳士は紳士でも所詮は悪魔なのだ。
「随分と物騒な話だな悪魔サタン。ベルゼブブは一緒じゃないのか?」
「その名前を出すな!!」
相手を動揺させるために出した名前だったのだが、いきなり血相を変えたサタンが俺に怒鳴り散らした。
「私が奴なんかと一緒?ふざけないでくださいよ。どうやって奴のことを知ったのかは興味もありませんが………」
「ベルゼブブを恨んでいるのか?」
もっと動揺させることが出来るかもしれないと味をしめた俺は再びベルゼブブの話を振る。狙い通り乗ってきたサタンはブルブルと体を身震いさせ、俯きながらなにかを呟く。
「あいつが居なければ…………アスモデウス様の側近は私だったはずなのに。あいつが居たから………っ!!」
「―――――は?」
「そもそもじゃんけんなんて下らないゲームで側近を決めること事態が気にくわないのです!!私が側近だったら今ごろアスモデウス様のお側で…………おっとヨダレが」
――――今のやり取りで確信した。悪魔サタンは紳士なんかではなく、ただの変態だったのだ。ベルゼブブと犬猿の仲なのは二人ともアスモデウスに想いを寄せているようで、側近に立候補したのもアプローチをかけるためだったらしい。
いや…………犬猿の仲というよりは、一人の女性(悪魔)を取り合うライバル同士ってことになるのか?
ここに来て動機が恋愛感情とは思わなかったけど、それはそれで面白いので何も言わないでおくとしよう。
「だから私はあなた方のことを殺すと決めたのです。私が単独であなた方を殺せばアスモデウス様は私の必要性に気がつき、ベルゼブブではなく私を側近にしてくれると!!
そう!私がアスモデウス様のお傍に居られるのです!!」
「あ………そうですか」
動揺させるために話を振ったのだが、後々後悔することになったのは俺の方だった。つまりサタンが俺たちを狙う理由はベルゼブブより自分の方が役に立つということをアスモデウスに伝えるためであり、俺たちはサタンの恋愛の中ではポイントを稼ぐための道具としか思っていないということだろう。
「まあ、そんなふざけた理由で殺される俺たちじゃないけどな」
「いいでしょう。若干話の路線がそれましたが、殺し合いの続きを始めましょう」
両手を広げ、まるで死神のように言うサタンの声はとても冷たかった。今までは感じていなかった冷酷さ、残酷さを目の当たりにしているようでようやく悪魔本来の力を見せてくれるらしい。
「私と戦うということは楽に死ねないと思っていてください」
「死ぬのは俺じゃねえ。お前はアスモデウスに想いを伝える前にこの世界から消えてなくなるんだよ」
互いに剣を抜き、空を駆けながら全力で剣を振る。金属が打ち合う音が響き、純粋な剣の勝負となった。剣は使い方によっては力が上な相手でも互角に渡り合うことができ、俺はノワールからその方法を教えてもらっている。
「やるじゃないですか。正直見くびっていましたよ」
「殺し合いくらい黙ってやらねえか?話してたんなら集中できねえ」
互いの力が拮抗し、剣と剣が震えるタイミングで【身体強化】を発動させてサタンの剣を弾く。するとサタンは少しムカついたのか、今度は力任せに上から剣を振りかざしてきた。
―――俺はその攻撃に対して顔に軽い笑みを浮かべながら攻撃に備える。
ジャキン!!!
今までよりも数段大きい金属音が響き、サタンは顔に焦りを見せる。俺はノワールに教えてもらったことを実践してみることにして、今は左手で刃先より手前の部分を持っていた。
「上手く出来るかな………」
「えっ?」
うろ覚えの部分がある俺は少し自信が無いようなことを口にしながら、剣を棒のようにして扱いバランスを崩す。この技を知らないサタンは意図も容易くこの技の餌食となり、俺にがら空きの背中をさらしてくれた。
その一瞬を逃さない俺はスキル【肉体保護解除】を発動し、剣には【硬化】と【鋭利化】と【魔力擊】を付与した渾身の一撃を食らわせる。
「うおぉぉぉぉ!!!」
「があぁぁぁ!!アスモデウス様ぁぁぁぁぁ―――――」
悪魔の体がどんなに堅くても一刀両断出来る一撃は、狙い通りサタンの体を真っ二つにして足と胴体が離れたことに動揺していたサタンに【天滅】を放った。
最後の最後までアスモデウスの名前を叫び、そのまま消し去ったサタン。戦いが終わり、【天滅】を放ったことで魔力がすっかり無くなった俺はしばらくこの空間に留まって魔力を回復させた。
「ふう…………疲れた」
草原で大の字になって寝転び、魔力が回復するのを待つ俺。
――――次の瞬間、俺の中に黒い何かが入り、そのまま意識と理性を持っていかれてしまった。