複数の魔王
108 複数の魔王
「フハハハ!!雑魚がいくら集まっても同じことよ!!我の敵ではない!!」
数百体にも及ぶ魔族の軍勢がノワールを襲おうとするが、その群れに手を翳し【天滅】を放つ。すると一瞬にして魔族の軍勢が消し飛ばされ、魔族たちの動きが止まる。
「ルイン。そろそろ我に援護を頼んだ理由を答えてもらおう。20万の魔族の軍勢………確かに脅威ではあるが、貴様が居れば倒せぬ数ではないはずだ」
「確かに雑魚だけなら俺と魔女と狸と竜人でどうにかなった。だが、20万の数を束ねている魔族が厄介なんだ。
恐らく悪魔ではない…………悪魔のような気配は感じないし、悪魔ほどの脅威も感じられない」
「となると魔王か」
「ああ。しかも複数体集まっているらしい。20万の軍勢もそれで説明がつく」
ノワールとルインは魔族の軍勢を率いる存在に既に気づいていた。ちなみに俺はいまだに破壊の魔女さんに守られている。
今すぐ振りほどきたい気持ちがあるのだが、俺の顔に時々当たる柔らかな感触がそれの気持ちを押さえてしまっているのだ。
「私のハルトちゃんは誰にも渡さないわよ!!」
襲いかかってくる魔族たちを次々と一網打尽にしていく魔女さんの殴打。パンチを繰り出す瞬間に拳が光るのだが、その光が驚異的な破壊力を作り出しているのかもしれない。少しは強くなったつもりだったけど、ノワールを初めとする他の元魔王候補の強さを目の当たりにすると自信が無くなってしまう。
「どうしたのハルトちゃん?顔色が悪いわよ?」
「いや………その、これは俺自身の問題というか」
考えていることが顔色に出ていたらしく魔女さんに心配されてしまった。誤魔化したつもりだったけど、魔女さんは「大丈夫よ!!私が着いてるから!!」と言って今まで以上に強く抱き締めてくる。
より強く魔女さんの柔らかい胸が顔に当たるので思わすにやけてしまうのだが、その顔をノワールに見られたらめちゃくちゃからかわれそうだ。
「フハハハ!!お楽しみのところ申し訳ないなハルトよ!!」
――――来ちゃったよ。
この状況でもっとも来て欲しくなかった奴が来てしまったことに、俺はもはや苦笑するしかなかった。
「破壊の魔女にも話がある。この魔族の軍勢を束ねているのは魔王だ。それも複数体のな。だからそれぞれ魔王の討伐を依頼するぞ」
「魔王の討伐?」
「ああ。指揮官を失った魔族たちを倒すことなと容易い。それまでの魔族たちはモンたちに任せるとする。魔王の数は全部で5体。我が2体引き受けるが、他の魔王はお前たちに任せた」
作戦だけを伝えるために来たノワールは伝えるべきことを伝え終えると、早々に魔族の軍勢を避けて遥か上空に飛び立っていった。ルインもその後に続き、魔女さんもため息を吐きながら同じく空に飛んでいった。
【浮遊】を発動させることもできたけど、それだとスピードが出ないと判断した俺はスキル【部分擬態】を発動させて大きな翼を擬態させた。
「っよし!!」
足に力を入れて思いきり跳躍して地面から数十メートル離れる。いつもはここで重力に従うように下降していくのだが、そこはスキル【擬態変化】で擬態させた翼で重力に逆らうことが出来ている。最初のうちは不慣れでぎこちない飛び方となってしまったけど慣れると普通に飛べるようになってきた。
「さーて。魔王はどこかねえ……」
途中途中で魔族が襲い掛かってきたけど、それなりに強くなった俺の敵ではない。腰に下げていた剣を抜いて次々と一刀両断していく。これだけの数となると一体一体の強さ自体は大したことない。一刀両断しなくても傷さえつければ耐性の魔族なら葬ることが出来る。
「ハルト。少し目を瞑れ」
「え?あ、ルイ―――」
数十体の魔族を葬った瞬間、後ろから冷たい声で忠告してきたのはルインだった。それを理解した上で名前振り向きながらを呼んだのだが、振り向いてもそこにルインは居なかった。さらに今まで上空に居たはずなの何故か俺は地面の上に立っていた。
《 個有名ルインから【テレパシー】を使ってのメッセージを確認しました。
“聞こえるか?その空間は俺が創り出した空間だ。その空間にはお前と魔王の一人がいるはずだ。魔王を倒すためにはそれなりに周りを巻き込むからな。その空間ならある程度暴れても大丈夫だ。後は負けないように頑張るんだな” 》
――状況が全然つかめなかった俺に助け舟を出してくれたかのようなメッセージが頭の中に流れ込んできた。メッセージ内容を再確認するとなると結局ここはルインが創り出した空間で、俺と魔王の一人しか居ない空間。つまり思う存分戦って魔王に勝てということだろう。
「ここが創り出された空間?マジかよ……」
地面も雑草も木も空も全て本物にしか見えない。魔力で創られた現像物とは思えないくらいリアルな感触で、木や草に触れると微量の魔力を感じる意外は本物としか思えない。俺の他にも魔王がこの空間内にいるということを完全に忘れていた俺は抜いていた剣を無意識に戻していた。
―――ドゴンッ!!
「おわっ!!?」
剣を鞘に戻した瞬間、強力な魔力攻撃が俺を襲った。幸い自動展開している【魔力妨害】によってダメージは軽減したけど余計なダメージを食らってしまった。一気に警戒レベルを上げ、一度しまった剣をもう一度抜いて構える。
一発目が命中したのなら次の攻撃も同じようなことをしてくるのかもしれないと、感覚を研ぎ澄ませて次の攻撃に備えた。
すると予想通り一発目と同じ攻撃をしてきた。大きさと速さを見るにスキル【魔弾】のようだが、俺は感覚を研ぎ澄ませていたので魔王が放つ【魔弾】の速さにも対応できる。スキル【鋭利化】を付与させ、高速で向かって来る【魔弾】を一刀両断する。
―――ドガァァン!!
一刀両断された【魔弾】は俺の後ろで爆発し、爆風が俺の髪をなびかせる。すると今度は単発ではなく複数の【魔弾】が俺に向かっていた。
「ハア……。魔王は何を見てたんだ?」
俺が【魔弾】を斬ったことに動揺したのか乱れ撃ちにしても雑すぎることに思わずため息を吐く。そして数十発にも及ぶ強力な【魔弾】を全て一刀両断した。ほんの一瞬の出来事に遠くで見つめる魔王が動揺する姿が目の前に映ったようだった。
「お、お前!!一体何者なんだよ!!人間のくせにそんな力を持ってるなんて聞いてないぞ!!」
ようやく姿を見せた魔王は悪魔から俺からの情報を流されていなかったらしく、動揺した表情をしながら俺に文句を言ってきた。
「えっと……俺のこと知らない?」
「知るわけないだろ!!お前のような人間がいるなんて情報、俺には届いていない!!」
「そうですか……」
何となく寂しいような気持ちに囚われながらも俺は剣を振りかざして先手必勝で斬りに行った。上空に居る魔王は俺がそこまで届くとは思ってなかったらしく、俺が同じ高さまで跳躍したことに目を大きく開けて驚いていた。そんな驚いている魔王を斬ることは容易く、容赦なく斬りに行った。
一刀両断のようにはいかなかったが、それでも切り傷は与えることができた。耐性がないならここで終了なのだが魔王ならば耐性くらい持っているだろう。
「感謝するよ人間。よく俺に騙されてくれた」
「なんだと?」
「お前のことは知っている……もちろんその剣を使うこともな。だからこそ、俺はお前に勝つことが出来る」
耐性があるのは確かなのだが、それ以上に今は震えが止まらなかった。魔王は傷をつけた時よりも力を増し、尋常でないほどの威圧感を感じさせていた。俺が戦った悪魔にも引けを取らないほどの威圧間で、俺はブルブルと体を震わせていた。
「俺の特性【終焉者の反逆】。命の危険を感じさせるほどの攻撃を受けた時、俺の力は飛躍的に上がる」
「じゃあ……俺にこの剣を使わせたのも」
「そう。全てシナリオ通り。お前は俺の手のひらで踊らされていただけだ。……さて、わざと喰らったとは言え俺の体に傷をつけたお前はお返しにぐちゃぐちゃに殺してやるよ」
「……?」
魔王が再び俺と向き合った瞬間、俺の震えが止まった。俺が魔王に浴びせた一太刀……お世辞にも致命傷とは言えないが、癒えることなく傷がしっかり残っていた。俺やノワールなら【自己再生】という特性を持っているためあの程度の傷なら直ぐに治すことが出来る。しかし、この魔王は傷が癒えていない。つまり【自己再生】を持っていないということになる。
一撃で致命傷を与えないと再生してしまうような無限ループはなく、少しずつ傷をつけていけば何とか倒せるかもしれない。
「ふう……」
大きく深呼吸をした俺は再び剣を構える。そして魔王を倒すことを改めて決意する。
「特性が発動した俺を目の前にして戦おうとするとは良い度胸してるな。まあ、そういう奴を倒すのが好きなんだけどな」
「外道かお前。まあ、どの道お前は俺が倒さないといけないんだよ」
剣を構えて攻めに行こうとした瞬間、俺の目の前に魔王が現れた。数メートルほど距離をとっていたはずなのに光のような速さで接近してきたのだ。俺は―――そんな魔王の速さに反応することが出来ず、最初の一撃を食らってしまった。
「があぁ!!?」
「おいおい。軽く小突いただけだぞ?」
「くそったれ!!」
胸を軽く疲れただけなのに心臓をえぐられたような痛みが俺を襲った。その後に続いた魔王の挑発に乗ってしまった俺は力任せに剣を振る。そんな単調な攻撃を完全に見切っている魔王は最小限の動きだけで避けてくる。
「舐めてるんじゃねえ!!」
その行動がさらに俺の心に火をつけ、さらに力任せに剣を振る。
「それはこっちのセリフだ。お前こそ舐めてるのか?」
「!!?」
そんな俺に怒りを覚えたのか、魔王は俺の剣を受け止めてすごい形相をしながら顔を近づけてきた。小さな子供なら一瞬で泣いてしまうような顔に震えながらも、俺は剣を握っていない方の左手を強く握った。
音もなく手を握りスキル【身体強化】を発動させた拳で【魔力撃】と【魔力破】を繰り出す。
「がはっ!!?」
その必殺の拳は顔が触れてしまうほど近づてきた魔王を数メートル突き放し、そのまま姿が見えなくなってしまった。
「あれ?終わった?」