援護に行きます
107 援護に行きます
「ハルトさん~!!大変です~!!」
悪魔を一撃で葬った光景を目の当たりにした俺はしばらく硬直してしまったが、特徴ある口調と聞き覚えのある声が聞こえてきて動けるようになった。天界という戦力を増やすために反対派の女神に偽の情報を流し、仲間に引き入れるという作戦を元女神様は普通にやってくれた。
「って!?ルナさんじゃないですか~!?」
「久しぶりですねロゼ。天界から追放された時はとても心配をしていました。ですが、こうして会うことが出来たので良しとしましょう」
「ほんとですね~………って、違います~!!ハルトさん大変なんですよ~!!」
感動の再開――――なんてことはなく元女神様、改めロゼはルナさんと手を繋ぎながら顔だけこちらに向けた。大変なことがあったのは確かなのだろうが、そのロゼの口調とルナさんと手を繋いでいることが視界に入ってしまうと緊張感が薄れていってしまう。
「なにがあったんだ?天界側が軍勢引き連れてやってきたのか?」
「そうですけど~!!とにかく大変なんです~!!」
一向に話が進まなくなってしまっていると、ルナさんがロゼの頭を撫でて「落ち着きましょう」と囁きながら微笑んだ。その微笑みを見てしまった俺は一瞬だけドキッときたが、ルナさんに手を出したらノワールに殺されてしまう。
…………そういえば、なんやかんやで魔力は半分くらい回復したし何なら気配も消してないけどノワール来ないな。
「ハルトさんの指示通り天界に一度戻ったのですが~………」
天界に追放されたのに天界に戻れるという矛盾に気づきながらもあえてスルーした俺。この世界で俺が抱いている普通は通用しないので、触れないようにした。
「………天界の神々は既に悪魔と結んだ契約の影響で、悪魔たちの人形に成り下がっていました」
語尾を伸ばす口調を止めたことに気づき、事態の大変さを理解した俺。天界の神々が悪魔の人形に成り下がったという状況があまり想像できない俺は、適当に相槌を打つしかなかった。
「ど、どういうことですか?天界が悪魔たちに乗っ取られたということですか?」
ルナさんも慌ただしい口調になりながらロゼに問いかけた。その問いかけは俺が聞こうと思っていた質問そのもので、答えによく耳を傾けることにした。
「悪魔たちの契約は“目的が終了するまで指示に従え”だったんです。天界の神々たちは、悪魔たちの目的を『ノワールさんを倒すこと』だと勘違いし、その契約を受けたんです」
「じゃ、じゃあ…………もう救いようがないということですか?」
絶望に満ちた顔をしたルナさん。俺はただ黙って話を聞くことしかできず、自分の力の無力さに腹をたてるしかなった。俺が仮にノワールのように強かったらもっとやることができたのだろうが、結局俺は時間稼ぎ程度の時間しか悪魔と渡り合えない。
「いいえ………まだ手はあります!!
契約が出来るのは悪魔の長のみ………つまり、悪魔の長を倒せば契約は解除されます」
「悪魔の長………でもそれは」
「はい。別名『魔界の王』と呼ばれ悪魔の軍勢を率いる者です」
一度言葉を切り、再び口を開いて「その名は」とさらに言葉を続ける。
「大悪魔…………“アスモデウス”」
その名前にはどこか聞き覚えがあった。最初に戦った悪魔―――マクスウェルと名乗っていた悪魔がそんな名前を言っていた。正式な標的が決まったところで今俺たちがすることは力を溜めることである。
悪魔が神々を操り、この世界に乗り込んでくるにはもう少し時間がかかると言っていたので少しでも魔力を回復させることにした。
ノワールが一体どこに行ったのかは知らないが、スキル【ソナー】を発動させて位置情報を教えるとしよう。スキル【ソナー】は【強力感知】を発動させないと分からないものだが、ノワールのことだからあと3秒後くらいに来るだろう。
―――冗談半分で思っただけだど、スキル【ソナー】を発動させてほんとに3秒後くらいしか経過していないのに目の前に黒い霧のようなものが現れた。
「フハハハ!!やはり生きていたかハルトよ!!さすがは我が友だ!!我もまんまと騙されたものだ。あの一瞬で【ゲート】に逃げ込み、ここに行きついていたとは!!」
「いやいや……【ソナー】を出したからって見つけるの早すぎだろ。もうちょっと遅くてもよかったのに」
黒い霧が晴れて出てきたのはノワールでいつも通り大きい高笑いを上げながら現れた。一応殺そうとしたんだからもうちょっと遠慮してほしいような気がしたが、それはそれで気が狂いそうになるのでこれでいいと妥協することにした。再会の挨拶はこのくらいにしておくといて、ノワールが居なかった時に決定したことを全て説明した。
「……なるほど。悪魔の長“アスモデウス”を倒すのが目的か。悪魔のことは何も知らないが長と呼ばれるくらいならそれなりの力は持っているのだろう。我がマントを脱いで渡り合った者は今まで居ないが、そいつなら渡り合ってくれるかもしれんな」
「この非常事態に戦いを楽しもうとするな。出来ることなら早く片付けてくれ」
緊張感のない答え方をしたノワールに呆れた俺は、ため息をつきながら言葉を返す時心のどこかで安心した自分がいた。戦いを楽しもうとする余裕があるということは負ける気は無いということだ。
――だが、俺はノワールに一つ隠し事をしている。元女神様―――ロゼから聞いた話だとルナさんは記憶を他の神に代償として取られてしまっている。ルナさんが記憶を代償に女神という存在になったことをノワールが知ったら天界を滅ぼしかねないからだ。たとえそれがノワールの願いだったとしても、ルナさんはそんなことを願わないはずだ。
だから俺はその時が来るまで隠し通す。
お前に問われても絶対に言うわけにはいかないのだ。
「どうしたハルトよ?珍しく眉間にしわがよっていたぞ?」
「珍しいは余計だ。まあ、なんでもないんだけどな」
気持ちがこもっていない相槌を打つだけに並べられた言葉だったけど、気を使ってくれたのかノワールは何も問いかけてこなかった。さらに自分の口に指を当て喋らないよう指示出してくる。
「待て……たった今ルインから連絡が来た。どうやら緊急事態らしい」
「緊急事態?どういうことだ?」
「魔族の軍勢が攻めてきたらしい。数は20万を超えると言っている」
これは援護に行かないといけないと言い、俺を連れてルインたちが待機している場所に転移した。一応ロゼには伝えておいたけど、俺たちがいない間に襲われたら元も子もない。けど、今はルインたちを援護することに専念するとしよう。
※※※
「遅いじゃないの!!何やってたのよ!!」
爆発音が轟く草原に転移すると最初に文句を言ってきたのは破壊の魔女さんだった。だが、ノワールの後ろに隠れていた俺を見た瞬間に態度をコロッと変えて我が子のようにしがみついてきた。
「ハルトちゃん!!ハルトちゃ~ん!!可愛い!今日も可愛いわ~!!」
「あの……苦しいですので。というか、目の前から魔族の軍勢が攻めてきてるんですけど」
百歩譲ってしがみついてくるのはいいのだが目の前から紫色の目をした魔獣やら人型のモンスターやらが襲いかかって来ていた。俺が震えた声でそう言うと一気に形相を変えた破壊の魔女さんが俺を解放し、後ろから襲い掛かってくる魔族たちの方を向いた。
「私とハルトちゃんの感動の再会を邪魔するじゃないわよ!!!」
白い光を纏った拳を繰り出すとただの殴打からは信じられないほどの威力を発揮し、広範囲に散らばっていた魔族の軍勢は跡形もなく消し去った。
「……これ、援護必要だったのか?」
ただの殴打一発で魔族の軍勢を消し飛ばした光景を見た俺はただそう思うしかなかった。