まずは最凶から
104 まずは最凶から
「ちなみに何か策はあるんですか~?」
重い話を終えると直ぐにいつも通りの口調に戻った元女神様。そんな元女神様の問いかけに少し答えられなくなった俺だけど、考えると意外と思いつくものだった。さっき聞いた話をまとめると、天界と悪魔で契約を結んだ。しかし、その契約を良いと思わない女神たちが少数存在するという。最初の亀裂を入れるのは難しいが、元から少しでも亀裂が入っていると言うならそれを広げれば契約関係などは一瞬で崩壊してしまう。
「天界側で反対派はどれくらいいたんだ?」
「そうですね~……私を含めて50人くらいだと思います。元より女神や神の存在は少ないので、50人でも天界に存在する神と女神の約2割を示します~」
「その女神たちに偽の情報を流せばいい……。俺たちが今抱えているのは悪魔と女神とノワールの撃退。それを女神とノワールだけに絞れればいいだけだ。元々亀裂が入っているから、その亀裂を深くする情報を天界に流せばいい」
いつもより頭が冴えている俺。こんな時にいつも汚い手を使って仕事をサボったり、心理ゲームで相手をぼこぼこにしていた知識が役に立つとは思っていなかった。もちろん上手くいくとは思っていないが、『信頼』という言葉だけはそう簡単に掴めるものではない。元々信頼関係ではなかった者同士というなら猶更である。
「なるほど~。でも、どうやって情報を流すんですか~?」
俺の作戦に関心した目で見つめる元女神様。しかし、その後に直ぐ首を傾げてそう問いかけてきた。契約に反対していた者であっても本来の狙いである俺の情報を信じてもらえるとは思っていない。だが、そう言う時のために役に立つ人材を俺は知っている。
「それは元女神様の出番だ。天界から追放された身であっても知人の言葉なら耳を貸すかもしれない。貸してくれなかった場合は別の手を考える」
「内容はどうします~?」
「そうだな……。『悪魔の本当の目的は天界を滅ぼすことだった』みたいな感じかな?なるべく悪魔VS天界になりそうな情報で頼む」
「分かりました~。では行ってまいります~。都合よく天界から多くの軍勢がこの世界にやって来たようなので~」
俺に手を振りながら光に包まれて消えて行った元女神様。ノワールが消える時は黒い霧に包まれていたけど、元女神様が消えた時は光に包まれながら消えて行った。これが種族の違いのものだろうか。元とは言え女神である彼女にはまだ女神としての力が生きているということなのか。
「まあいいか」
考えだすとキリがないような気がしたので考えるのを止めた俺。元女神様が帰ってくるまで暇な俺は魔力の回復を待ちながら、戦いになった時にどうやって戦うか考えることにした。少しはノワールの虚を突いたと思うが、俺が生きているかどうかがバレるかは時間の問題だ。ノワールと再び戦うことになった時、さっきよりもまともに戦わないと今度こそ殺されてしまうかもしれないのだ。
「……やっぱり力の差なのかねえ」
戦い方を工夫すれば何とかなると言いたいところだけど、ノワールとの圧倒的な差を工夫だけで埋めることが出来るのかは分からない。さっきもボロボロになってやっとの思いで逃げてきたのだ。殆ど魔力が前回服の状態で戦ってもダメだったのだ。
「……まだ生きていましたか」
「!!?」
「あの人にあなたを殺すことを頼みましたが、やはり荷が重かったようですね。確かにあなたを殺すと言っていましたが、どこか迷いのようなものを感じました」
「女神様ですか。人が魔力切れになっている時に狙うなんて女神らしくないですよ」
金色の美しい髪もとても綺麗な瑠璃色の瞳も今はただ不気味にしか感じることが出来なかった。その声を聞くだけで震えが止まらなく、一歩一歩近づいてくると直ぐに逃げ出したくなる。神々しいオーラさえ纏っていなかったら死神にしか見えないことだろう。
「別に構いません。私は女神の自分が嫌いですから」
「嫌い?記憶を忘れているはずなのに、なぜそんなことが言えるんですか?」
「なぜ……あなたがそれを知っているのです?私が記憶を失っていることは一部の女神しか知らないはずです」
思い切って女神様に告白してみると意外にも興味を持ってくれた。俺はてっきり無視されるのかと思っていたので、直ぐに【ゲート】で逃げるつもりだった。しかし、ここで時間が稼げるというなら少しでも魔力を回復できるかもしれない。
そう考えた俺は目の前の女神様に仕掛けることにした。
「俺が女神様のことを知っている理由は答えません……。でも、俺を殺したら女神様は絶対に後悔します」
「どういうことですか?なぜ私が後悔を?」
「俺を殺すことが天界の目的……そして俺と一緒にした最強のアンデッドであるノワールを殺すことが悪魔たちの目的。本来は対立している者同士がそこで契約を結んだ。しかし、悪魔たちの目的はノワールを殺すことではなく、天界を滅ぼすこと」
「!!?。そんな馬鹿な!!」
いきなりのカミングアウトに女神様は大きな声を上げた。俺はその女神様の動揺した様子を見て乗ってきたと判断し、心の中でガッツポーズをした。女神や神が持っているという【神眼】というものは全てを見通すことが出来るという。もちろん嘘のような類も見通せるとのことだが、それはあくまで言った本人が嘘だと思っていた時の場合だ。
つまり自分が信じていれば嘘とは認識されないということだ。
「本当です。それに……あの悪魔たちがノワール一人を殺すために契約を結ぶと思いますか?何か裏があると思った……だからこそ反対派になったのでは?」
「あ、あなたは……一体どこまで知っているんですか?」
自分の経緯を全て見られたかのように言い当てられた女神様は関心を通り越して恐怖を抱いている様子だった。自分自身のことを知られている恐怖というものはどういうものなのか。しかもそれが全く知らない相手だったら…………。
絶対に無視できないことだろう。でも、これでいいのだ。
「あなたがどこまで知っているかはわかりません。それに、あなたのことを100%信じることもできません」
やはり乗って来た。未知に対して畏怖を持つ者が取る選択肢は大きく分けて二つ…………それに対して離れて警戒するか、より近くで警戒するからだ。そして今回は近くで警戒することを選んだのだろう。
「でも私の何を知っているのかを突き止める必要がありそうです。なので、一時休戦です。悪魔たちが天界を狙っているという話が本当ならば、黙って見ていることも出来ませんから」
そう言ってずっと構えていた剣を納めた。取り合えず一安心した俺は大きく息を吐きながら思いきり座り込んだ。今まで我慢していた汗が濁流のように流れ出てきて、それほどまでの綱渡りだったのだと自覚する。
「とりあえず………最凶はなんとかなりそうだな」
まだ一人ではあるが女神の協力を得ることが出来た俺は完全に油断をして、空を見上だ。するとそこにはさっきまでには無かった黒い不気味な雲が浮かんでいる。
大きな雷でも落ちてきそうなその雲は段々と大きくなり、やがて青空を呑み込むかのように広がっていった、
「ハハハ!!!これが下界か!!なかなか良いところではないか!!」
―――そして、そんな黒い雲の中心で笑う者が一人いた。