女神の秘密
103 女神の秘密
「……今度こそ死んだか」
回避は不可能。我の【天滅】はハルトを塵一つ残さず吹き飛ばし、空には雲一つ無くなってしまった。まるで今の我の心を現しているように空っぽの空で、そんな空に浮かぶ我はもっと空っぽなことだろう。
想い人と再会することができた……。仮にそれが本当に本人じゃなかったとしても、我がそうだと思ったからそうなのだ。そんな想い人の―――ルナの騎士として、ハルトを殺すことができた。
……全てうまくいった。間違いなんて何一つなかったはずだ……。
「……なのに、なぜ我はこんなにも涙を流しているのだ……」
―――大切な物は失ってから初めて分かるという言葉を聞いたことがある。そして、その気持ちを味わったのはこれで二回目だ。
「――そうか……。我は自分で思っていたよりも、奴のことを気に入っていたのか」
全ての生物を寄せ付けないほど強い力を持つ我に唯一怖がらなかった者……。いつもいつも大袈裟な反応を見せて我を楽しませてくれた。
そんな友を――――いや、親友を我は失ったのだ。
でも……きっとこれでよかったのだ。よかったはずなのだ。
「『矛盾』か……。そうか……これが矛盾なのか」
ルナの目的のために協力できたのは嬉しい。しかし、それなのに…………たった今自分自身の手で殺めたハルトに生きていることを祈っている自分もいる。この自分自身の中にひっそりと宿る『矛盾』が、我を永遠に蝕み続けるようだった。
切れそうで切れない鎖を付けられているようだった。
「―――やあハタストム。最強の君が涙なんて流してどうしたんだい?」
「!!?」
聞き覚えのある声が耳に入り、我は咄嗟に持っていた剣を大きく振った。だが………我の太刀筋は狂人の――マッドの腕によって防がれてしまった。この剣に宿されている以上の魔力を持っていないと防ぐという芸当は出来ないのだが、力が拮抗しているように腕と剣が震えている。
「何で君は彼を殺した?」
「何だと?」
「何故君は彼を殺したんだ!!彼が死んでしまったら、この世界は救われない。君と彼の二人が揃わないとこの世界は救われないんだ!!アンデッドでありながら加護【女神の祝福】を持っているイレギュラーな彼が居ないと、この世界は崩壊する!!」
「なん……だとっ!?」
互いの力が拮抗し合い、やがて腕と剣が耐えきれなくなって我が力ずくでマッドの腕を弾く。改めてマッドの目を見つめ、先ほどの話をするように言う。
「どういうことだ?なぜハルトが居ないと世界が滅びるのだ?」
「気づけない君ではなかったはずだ。でも……まあ、ルナが出てきてしまったなら仕方ないからそれは目を瞑ろう。けど、彼が死んだことによってこの世界が崩壊する可能性がグンと高くなった」
「何故だ……?何故なんだ?」
色々と含んだ言い方をするマッドだったが、我はいまいち理解できなかった。
「……君は疑問に思わなかったのか?悪魔が襲ってきたタイミングと、女神がやって来たタイミングが同じなことに」
「まさか……そういうことなのか?」
マッドに言われ、ようやく気が付いた我。確かにタイミングが良すぎる……。女神と我らアンデッドは相性が悪く、その気になれば一瞬で殲滅することが出来るだろう。確かに思い返してみればタイミングが良すぎる。仮に…………もし仮にマッドの言ったことが正しいなら、悪魔と女神は対立の関係ではなくこの世界を滅ぼす共闘関係だったなら。
悪魔を殺したあとに姿を晒してハルトを狙わせたのも、全て策略。
「彼が簡単に死ぬような玉じゃないのか分かるけど、君の【天滅】をまともに食らって生きているとは考えにくい」
「急いで探しに行くぞ!!」
マッドを連れ、全速力で地上に向かっていく。何回も恨んだマッドと協力するとは思わなかった。しかし自然と胸の痛みが無くなり、むしろ何かに吹っ切れたかのようにすっきりしていた。ルナのことを想う気持ちは変わらないが、それでもなぜかすっきりしていた。
※※※
「あ、危なかった……。マジで死ぬかと思った」
広い広い草原。ノワールが【天滅】を放とうとした一瞬、俺は足元に【魔結界】を張って思い切り蹴った。そしてノワールの視界外に移動し、そのまま発動させた【ゲート】でさらに距離をとった。この場所は本来元女神様が待機する場所で、基本的に俺たちのことを支援する立場にある。
「あれ~?どうしたんですか~」
ふらつきながら草原を歩いていると後ろから聞き覚えのある声と口調で誰か話しかけてきた。それは間違いなく元女神様で、俺は急いで振り返って今まであったことを全て話した。
「そうですか~……。ついに来たのですか~」
「ああ。一番ヤバいのはノワールが敵になったことだ。せめて相手が女神と悪魔だけならともかく、ノワールもいるとは……」
自分が説明している途中で違和感を感じ、段々と口が動かなくなっていった。やがて無言となり、改めて今まで起きた状況を振り返って見た。まず、以前から戦うと決めていた悪魔たちが動き出したことにより戦争がスタート。その悪魔の一体を撃退したのだが、そのタイミングで天界から刺客を送られてきた。
その資格がノワールの想い人ルナと同一人物と言ってもいいほど似ているらしく、ノワールは女神側についてしまった。
だが………悪魔が倒された瞬間に女神がやって来た。まるで遠くで見ていたかのようにやって来た。
「まさか……!!?いや、でも……」
妄想に近い憶測を立ててしまったけど悪魔と女神が協力関係にあるとしたら辻褄があってしまう。ノワールを無理矢理引き入れたのは、さすがの悪魔でも神でもノワールのことを殺すのは骨が折れると察したのだろう。そうやって考えると全て辻褄があってしまう。
俺はこの妄想のような憶測が真実がどうか確かめるために、一応聞いてみることにした。
「まさかとは思うけど、悪魔と女神って協力関係にあったりしないよな?」
震える声でそう問いかけるといきなり真剣な顔をした女神様は手を震わせながら顔を引き寄せた。
「ど、どうしてその答えに行きついたのですか?それは天界の規定により他者には言えないようになっているはずなのに……」
あまりに真剣になっている元女神様は語尾を無駄に伸ばす口調ではなくなり、余裕が全く無くなったような口調になっていた。そしてその次に大きなため息を吐き、今度は覚悟を決めたような顔をした。
「どうやってその答えに行きついたのかは聞きません。ですが、正直に言うとハルトさんが立てた憶測というのは合っています。詳細を入れると少し違いますが」
天界の規定とやらを無視した元女神様は全てを語ってくれた。天界の本当の目的と、この世界の末路を――
―――結局話を聞いてみた結果こうだった。
天界に存在する女神様やら神様の仕事は、あくまでもこの世界を保護すること。500年前の戦争で悪魔たちが世界を滅ぼそうとしていたなら、少しだけでも助力したらしい。だが、予想外なことにノワールというイレギュラーが現れてしまった。
その力はとても恐ろしく、天界側も悪魔側も処理に困ったらしい。さらにノワールを筆頭に数多くのアンデッドという種族が誕生していき、天界はそれをどうにかするために神の力を少し宿した存在……いわゆる【巫女】という者を誕生させた。それでも―――それでも強いアンデッドは倒れなかった。そこでやって来たのは悪魔で、『協力して残っているアンデッドを滅ぼそう』と言われたらしい。
「……そして契約を結んで今に至るわけか。そして悪魔と契約を交わす反対側の中にお前が居て、丁度ゴーストとしてこの世界に行く俺に【女神の祝福】を授け、天界側に注目させたのか」
「その通りです。天界には魔の者と契約を結ぶ恐ろしさを知らないのです。天界の老害共はノワールさんを殺せば契約を断ち切ろうとしていますが、悪魔たちがただ『アンデッドだけを滅ぼす』という契約をするわけがありません。だからハルトさんに加護を授けたんです」
……今まで罠を仕掛けられたり作戦立てたりしてたけど、まさかこの女神様がこんなにも策士だったとは思わなかった。
「それともう一つ……。先ほど『反対側』と言いましたが、ハルトさんを殺すために誰よりも早くやって来たと言うルナさんも反対側の一人です。だから悪魔のことを助けようとしなかったんだと思います」
「……女神か」
ノワールの言っていることが本当ならば俺を殺そうとしていた女神様はルナと同じ容姿だったらしい。名前も容姿も同じで、力と記憶のみ違う……そんな偶然があるはずがない。ここまで来たら女神という存在にも何か裏があるのだろう。
「女神様って何だんだ?そもそもどうやって誕生したんだ?」
「そんな言い方をするということは、半分ほど理解しているんじゃないですか?」
質問を質問で返す元女神様に俺は小さく頷く。
「そうですね。でもまあ、単純な話です。この世界で死んだいった魂は一度『死後の世界』に行きます。そこで魔界と天界……まあ、地獄に行くか天国に行くか選別させるようなものですね。天界に行くことが出来た魂はそのまま転生しますが、何か強い意志を持った魂は神となることが出来ます」
先ほどよりも能弁となった元女神様は度々ちゃんと聞いているかどうか視線をこちらに向けながら話を進める。
「ここが重要なのですが、女神や神となるための力を与えられる時に同時に自らが一番大切にしている何かを奪われます」
与える代わりに何かを奪う。代償と言えば代償なのかもしれないが、何かを与えられた時点で何かを奪われているというのに気づく者は少ない。力を与えられれば努力することを奪われ、心臓を与えれば死ぬことを奪われる。
つまり、与えるから何かを奪うのではなく与えると同時に既に何かを奪っているのだ。
「ルナさんは……記憶の一部を奪われました。きっと、ノワールさんと過ごしていた記憶だと思います」
「そうか……」
何となく察していた。だとしたらルナはノワールのことを忘れていないはずだからだ。
天界、悪魔、そしてノワール。最凶と最恐と最強が集まった敵にどう勝てばいいものか……。