最愛の女性
101 最愛の女性
「ノワール!!」
何度も何度も【魔結界】を足元に張って跳躍するのを繰り返して数回、ようやくノワールに追い付くことができた。とりあえず足場を作るために、この上空一面に【魔結界】を張る。
しかし、ノワールは俺の呼び掛けに反応の一つも見せずに、ただ一つの方向を見ていた。
そこは丁度ノワールが影になっていたため、少し横にずれてノワールの視線の先にあるのもを確認する。
「えっ?まさか………」
―――そこに居たのは白い翼を生やし、神々しいオーラを纏っている美しい女性だった。でも、俺はただ警戒しているだけだった。神々しいこのオーラ…………。落ちてきた元女神様を遥かに上回る神々しいオーラを纏っているということは、間違いなく天界の者だろう。
だとしたら俺のことを殺そうと思っているはずだ。
「初対面で無礼なことは言いたくありませんが、あなたがオギハラハルトさんですね?」
「…………違うって言ったらどうする?」
「私たち女神に嘘はつけません。それに、先ほどの言い方からしてあなたがオギハラハルトさんだと言うことは証明されました」
ペコッと俺に一礼し、優しそうな目から一瞬で殺し屋のような目に変えて俺との距離を一気に縮める。
「―――私は天界の決定により、今からあなたを殺します」
「やっぱりそうなるのかよ!!」
女神様は自分の腰に下げていた剣を抜き、俺に向かって振りかざす。俺はそれを自分の剣で受け、少し距離をとる。敵とは言え相手は女性………しかもとびきりの美人である。
そんな女性を簡単に殺せるほど情が無いわけではない。
「の、ノワール!!手を貸してくれ」
ずっと明後日の方を見ているノワールに駆け寄り、加勢してもらうように頼むけど全く反応してくれない。アンデッドという立場なので、女神様に【浄化】でもやられたか?
―――そして、やっと俺の方に振り向いてくれたノワールは悲しそうな目をしながら俺を突き飛ばした。
「恨むなハルト…………。我は今から貴様の敵となる」
「はっ?何言って――――」
何の冗談かと思ったが、ノワールが右手をこちらに翳し【天滅】を放とうとしていた。撃たれれば俺は塵一つ残らずこの世界から消えてなくなってしまう………。
二度死んだ身だけど、三度死ぬのはごめんだ。
そう思った俺はノワールが【天滅】を放つ前にスキル【ゲート】を発動し、取りあえず退避することにした。
「……なぜあなたが彼を?あなたは彼の仲間ではないのですか?」
【天滅】をハルトに放ち、結果的には女神様に協力する形になったことに疑問を疑問を抱き、女神様がノワールに問いかける。ノワールは女神様に問いかけられると自らの顔をパンっと叩き、真っすぐに女神様の目を見つめる。
「確かに我はあいつの友達―――いや、友達だった存在だ。一度殺そうとした俺は奴の友と名乗ることはできないのでな。そして、我は今からお前の騎士となろう。
お前に俺が必要ないとしても、我にはお前が必要なのだ」
「……どういうわけか分かりませんが、私に協力してくれるということなら別に構いません。しかし、あなたはまだ彼を殺すことに抵抗があるようですね。あなたには彼を殺す力を持っていながら、その力を行使しなかった。先ほどの【天滅】も、どこか命中していないことを安心しているように見えます」
天界に住む神々はこの世界に存在する者全ての頂点に立つ存在とも言っていいだろう。女神様は天界に住む神々が持つ【神眼】でノワールの全てを見通し、饒舌になりながら考えていることをノワールに告げた。そんな女神様の言葉を聞いたノワールは一瞬だけ悲しい顔になり、次の瞬間殺気立つ殺し屋の目となった。
「……覚悟は決まったようですね。ちなみにあなたのことは『ハタストム』と呼べばいいのですか?それとも『ノワール』と呼べばいいんですか?」
「……我のことは好きに呼べばいい。【神眼】で全てを見通せると言うなら聞く必要もないだろう。しかし、我はお前のことをどう呼べばいいのか分からん」
「私の名前は……ルナです。ルナ・アレキウスと申します。どうやって呼ぶかは任せます。……ちなみに、私は確かに【神眼】を持っていますが、あなたのことを全て見通すことはできません」
「どういうことだ?」
「あなたの心の奥底に眠る感情……が見通せません。さらに、あなたが私に協力する本来の理由も私には見通すことができません。……っく!!?」
【神眼】を強く発動させているのか、女神様は瑠璃色の瞳をさらに輝かせてノワールを見つめると頭を抑えながら痛みを訴え始めた。
「……失礼しました。今まで見通せないものは無かったものですから、あなたの心に眠る何かを見通そうかと思いましたが、そうしたら頭が………」
顔色が優れない女神様にノワールは急いで駆け寄り、心配そうな顔で女神様―――ルナを見つめる。
「大丈夫です。それより、直ぐに彼を追わないと」
「一つ聞かせてくれ。なぜ天界がハルトを殺すと決めたのだ?」
「彼は私たち女神が授けるべきだった加護【女神の祝福】を所持しているのです。今は人間になっていたようですが、当時アンデッドだった彼が女神の祝福を所持していることは危険だと判断しているのです。それは人間になったから取り消しになることはなく、ただオギハラハルトという存在を消すことが決定しているから私たち女神が出向いたんです」
――その後に女神様は時期に他の神たちがこの世界にやってくることでしょうと言い、ノワールの顔がどんどん暗くなっていく。
「もう一つ言うことがあるのだが、現在この世界は……」
「悪魔……つまり魔族がこの世界を支配しようとしてるんですね。しかし、魔族と神は対局な存在。白と黒のような存在。互いにこの下界に干渉しないように生活をしていたのですが、今回はこうして下界に干渉してしまいましたね。
まるで何かに引き寄せられたように……」
―――色々と含んだ言い方をしたルナ。その言葉を聞いたノワールの顔には微量の汗がにじみ出ていた。まるで自らが何かを引き寄せたような表情をし、しばらくルナと目を合わせないようにしていた。
「まあそんなことはどうでもいいことです。今大事なのは彼を殺すことだけ。あなたはそれに手を貸してくれればいいのです。正直、見通せない部分があるのは不気味ですが、先ほどのあなたの言葉を信じるとします」
そうノワールに言ったルナ。そんなルナの言葉を聞いたノワールは小さく頷き、指をパチンっと鳴らす。そして発動したのは【ゲート】で女神様に入るよう言う。
「我はハルトの魔力を感じる術を持っている。知っていると思うが、これはスキル【ゲート】でそんなハルトの場所に一瞬で移動できるスキルだ。だが、もちろんハルトの行動しているのであくまで奴の近くまでしか移動しない」
そう説明すると女神様は何の迷いも疑いもなく、ノワールが発動させた【ゲート】に入ってその後をノワールが追う。
―――先ほどノワールの覚悟が決まったとルナが言っていたが、ルナでも見通せなかった心の奥底で何を思っていたのだろうか。最愛の女性との感動の再会もそこまでできずにいたノワールだったが、外見だけでなく名前も同じ部分を見ると同じ存在にしか見えない。
一体彼女が見通せないことは何なのだろうか。そして、天界の神々だけでなくノワールにまで命を狙われることになったハルトの運命は……。
今まで止まっていた歯車が動き出したかのように、世界は周り始めた。
魔族を引き寄せたノワールと女神を引き寄せたハルトによって―――