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9.鏡に映るわたし

少しだけお待たせしました。

 室内に満ちるなんとも居たたまれない空気の中、わたしは告げられたその言葉を反芻する。


 『魅了』。RPGなどでは精神系の状態異状としてお馴染みのアレだ。相手を誘惑することで一時的に虜にして場をかき乱……え、なんか色々マズくない?

 お母様が一例として挙げていたよくある魔眼…『視覚強化』系や『身体強化』系、各種『属性(エレメント)』などとは全く毛色が違うことは間違いない。

 なんというか、多分使っちゃいけないタイプの魔眼だと思う。

 なるほどー、それでこの空気なのか。でも『魅了』ってRPG的には割とメジャーだし、なんか魔術で色々出来ちゃうっぽいこの世界なら対策もバッチリだよねきっと。


 わたしもつい考え込んでしまい、結果的に半ば凍り付いていた空気の中で最初に動いたのはお母様だった。

 重圧すら感じさせるゆっくりとした口調で、先ほどの担当官に問いかける。


「そう…『魅了』ね、貴方はどうして娘の魔眼をそうと判断したのかしら?」

「っ…ええと、はい、さすがに自分も実物をこの目で観察する機会には恵まれなかったのですが、観測で出た魔力波形はこちらの資料に極めて近い性質があったことがまず一つ。あとは皆様の…」

「波形が『似ている』だけで、前例のない(・・・・・)結論を提示したのね? 分かったわ、ならすぐにそちらの所長に色々訊かなくてはならないわね、例えば貴方の進退とか」

「べべべ別に結論を出した訳ではっ! 幾ら何でも人間では(・・・・)新発見であろう魔眼の発表など、研究もしてないのに出来るはずはありませんので。なのでエイグロフ侯爵夫人、ご令嬢の研究を是非…」

「私も魔術師の端くれよ? 自分の娘の研究くらい…少なくとも貴方たちよりはマシに出来るでしょうね」

「くっ…」

「とはいえ、私も(オーガ)じゃないわ。研究がしたいのなら、あの子自身がそれを望み、そして自分で研究の一端が担えるくらいの年齢を待ちなさい。許可を得ての共同研究という形でなら私も口を出さないもの」

「………………感謝致します。それまでに必要な物はこちらで集めておくとしましょう。正直今の状態では色々と足りないようなので」

「ええ、頑張りなさい。それと結果次第では当家から資金提供しても良いと所長に伝えて頂戴」

「承知致しました、侯爵夫人(マダム)


 小腹空いたなぁ……あ、なんか難しい話が終わったっぽい。

 先程までとは打って変わりニコニコとわたしを抱え上げたお母様は、そのまま部屋を出て歩いて行く。

 ……今更だけどお母様、わたしを運搬する機会が多過ぎない? さすがに6歳になった子供は易々と運べない重さだと思うんだけど。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 丁度良い時間だったため…と言うより、お母様は最初からそのつもりだったのだろう。わたしはそのまま庭先のテラスまで運ばれてお茶とおやつを頂くことになった。

 ここのお茶はとても美味しいし、おやつも悪くない。前世の感覚からするとちょっと素朴なものが多いけれど、小麦粉や蕎麦粉を使ったと思われる風味が良く食べ応えのある生地と乾燥させた木の実、そしてちょうど採れる頃合いなのか新鮮な木苺のような果実などを用いた菓子類は幼女の舌にはこの上なく魅力的な訳で。

 ちなみに前世の好物のひとつだったチョコレートは未だ見かけていない。カカオ豆はここの気候には合わなそうだし、流通してないのかな?


 一通り味わって落ち着いた頃合いを見計らって、お母様は人払いを命じた。

 近くに控えるのはわたし専属のマルガと、お母様の専属だと思われる使用人の女性のみ。


 あ、ちなみにわたしの知る限りこのお屋敷の使用人は圧倒的に女性率が高い。たまに見かける男性使用人は、概ねお父様関連だ。

 皆優秀なのか大抵の事柄は女性のみで手が回るらしく、どうしても必要なら騎士団から人が呼ばれるっぽい……騎士団ェ……。

 まぁ、その辺は騎士団の扱いも含めてお父様の配慮なのだと思う。なんか家族愛で生きてる人っぽいしなぁ。


 さて、今お母様はかつてない程に真剣な目でわたしを見つめている。ニヨニヨ率もいつもの半分以下(4割くらい)だ。

 ……これはアレだよね、さっきの『魅了の魔眼』についてのお話だよね? よく分からないけどなんだか珍しい魔眼らしいし。

 いや、途中で聞くのが面倒になったとか小腹空いたから集中出来なくなったとか、そんな事実は一切ないからね?キイテタヨ?


「……ティーシャ、その…ごめんなさいね」

「? おかあさま?」

「魔眼の力は本人にしかどうにも出来ないものだわ。だから、私には小さな手伝いしか無理なの」

「…おかあさま…」

「正直なところ私もね、連中があの程度(・・・・)しか解析出来ないとは予想してなかったのよ。あのくらい、普通に魔道具を使わずとも…全く、少し教育が必要そうね…」

「おかあさま、かおがこわい」

「ハッ! ごめんなさいねティーシャ、ついイライラして…とにかくね、ティーシャは自分の力を自分で学び、ちゃんと理解し制御する必要があるのよ。それでも普通なら過去の資料なりが役立つはずなのだけど…」

「ティーシャが『みりょー』だから?」

「…っ!」

「ティーシャは『みりょー』でもティーシャだよ? ちゃんとおかあさまとおとうさまのティーシャだからだいじょうぶ」

「ティーシャぁぁぁあああ……」


 はい、こちら現場のティーシャです。ご覧下さい、お母様の涙腺が派手に決壊しています。

 …まぁ、適当に良さげなことを言ってみたけど、わたし自身も自分が何者であるかなんかに大して興味はない。


 そもそも転生を果たした時点でわたしは同時にボクでもあり、今更そこに『魅了の魔眼』持ちなんて称号が加わったところで…ねぇ?

 健康な身体があって美味しいものをたらふく食べることが出来て、しかも傍で見守ってくれる家族だって居る。その上お金に困ることもなさそうと来たら、これ以上何を望めと言うのか。幸せ過ぎて破裂してしまう。

 わたしは毎日のように神様仏様に感謝しているくらいなのだ。転生して満ち足りた生活を得られたのだから、不満などあるはずもない。


 …強いて心残りを挙げるなら、前世のボクの遺された両親のことだろうか。ほとんど顔を合わせることも出来ない程に必死に働き続け、終いには風前の灯火だったボクと肩を並べられるんじゃないかってくらいボロボロになっていた2人…。

 ボクという存在がいなくなったことであの2人は解放されたのか、それとも潰れたのか…どっちにしてもあのままじゃ長く生きられないだろうし、わたしと同じように転生でもして幸せになって欲しい…と言うのは高望みが過ぎるだろう、けど。



 お母様がなかなか泣き止まないからそっと肩と背中をさすり続け、そのうちにすっかりお茶が冷め、飽きてきたから途中から頭を撫で始め、マルガが気を利かせてお茶のおかわりを注いでくれて、お茶を舐めるようにちびちびやりつつ頭を撫で続けて……

 ……とうとう下腹部がなんとも言えない状態になって来た頃になって、ようやくお母様は顔を上げてくれた。


「ふぅ…えっとティーシャ、最後にひとつ言わなきゃいけないことがあったのだけど」

「そのはなし、すぐおわる?」

「え? ええ…これでようやくティーシャは鏡を見ることが出来る訳だけど、しっかりなさいね?」

「う?」

「一応検査用の魔道具は慣らしの意味もあるのだけど、やっぱりティーシャの魔眼はちょっと負担になるかも知れないのよ。あー…でも魔力共振(ハウリング)に関しては、ティーシャに限って言えば絶対問題ないのよね」


 ティーシャは妙にしっかりしてるところがあるから、とお母様はわたしを見据えた。

 薄いベール越しの視界でも、お母様の真剣な眼差しと意志ははっきりと伝わって来る。

 覚悟を促すようなそれは、きっと大切な意味があるに違いなくて…正直全力で下半身に力を込めてなかったら、気圧されて椅子から転げ落ちかねないものだった。

 わたしは思わず喉を鳴らす…その音が聞こえたのか、お母様はふっと力を抜いていつもの優しげな眼差しに戻る。

あっ…釣られて力を抜いちゃったから一瞬だけ栓が…でもセーフ、ギリセーフ、多分セーフ。


「と、そろそろあの連中も撤収するみたいね。一応お見送りしなきゃいけないのよ…。じゃあ、部屋で鏡を楽しんでらっしゃい。ティーシャは世界一可愛いんだから」


 そう言いながら手をヒラヒラさせて、お母様は早足で玄関の方は向かって行った。

 あとに残されたのはわたしとマルガの姿のみ。わたしも急いで目的を果たそうと立ち上が…れなかった。

 うん、色々限界。同じようにプルプルしてても、立ってる分だけ生まれたての子鹿の方が立派だと思う。

 助けを求めてマルガの方を振り返ると…何故かいつも以上に満面の笑みで、彼女は優しくわたしを抱き上げてくれた。そして、そのまま目的地まで迅速に輸送を…振動すら感じさせない辺りも含め、うちのマルガはマジ優秀。


 あ、間に合ったからね? ちゃんと間に合ったんだからね?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、スッキリしたところでいよいよの鏡タイムだ。

 ちゃんとマルガも察してくれて何処からか立派な鍵を取り出すと、いつの間にか壁沿いに設置されていた鏡の錠前をカチリと外してくれた。

 わたしは緊張とワクワクに包まれながら、その観音扉を大きく開く。


 正面には歪みのない綺麗な鏡。そして開いた扉の内側も鏡で…要するに三面鏡だった。複雑な意匠の縁取りが高級感を出している。

 …で、そこにはベールを被った小さな女の子と、その背後に控えるいつものマルガが映っている。

 ベールの下から覗く小ぶりな唇と柔らかそうな頰は花弁のように色付いていて、子供らしくもお母様以上の完成度を感じさせた。

 背後のマルガが手を伸ばし、わたしの顔を覆うベールをそっと外してくれた。


 そこに現れたのは、驚いたような…いや、実際驚いている大きな瞳の美幼女。我ながら想像もしなかったくらい、可愛らしい造形をしている。

 見開かれたその瞳の色は、お父様の褐色でもお母様のような碧眼でもなく、薔薇のように鮮やかなピンク色。

 しかもそれだけではなく、まるで複雑にカットされた宝石のように小さな光の粒を幾つも内包して、キラキラと輝いている。


 ——その光に目が眩んだかのように、一瞬意識が明滅する——


 ……わたしは大きく息を吐く。

 なるほど、少しだけ理解が出来た(・・・・・・)

 「しっかりなさいね」とは、こういう意味だったのだろう。

 鏡の向こうの女の子が『わたし自身』であるとちゃんと意識出来ていなかったら、多分『何かに呑まれ』ていた。

 これ程綺麗な…掛け値無しにどんな宝石にも勝る瞳なのだから、少なくとも『魅了の魔眼』を冠するに相応しい……え? あれぇ???


 わたしは鏡に思いっきり顔を寄せ、瞳を覗き込む。

 …見間違いではない、らしい。



 両の瞳の中に大きく…見間違え出来ないくらいくっきりと『ハートマーク』が刻まれているんだけど…ナニ、コレ…?

なんかよく見たら思った以上に読んで貰えているようで、びっくりしつつもとても嬉しいです。

ダメ出しと言う名の評価を押したり、感想や注意などを気軽に書いて頂けると更に嬉しくなって、そこら辺の電柱とかに登りかねません。

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