8.プレゼントと魔眼検査
不定期更新はまだ続くでしょう。
目の前にある謎の大きな観音扉。
木目の美しい板全体に草花をモチーフとした細かい彫刻が施されているだけでなく、各所に用いられている金具も凝っている。そのためか大きさの割に威圧感はなく、全体的にとても優美な印象だ。
今も部屋の中央に置かれていることから分かるように、外枠から脚が出ていてしっかりと自立し
ている。
ぐるりと回ってみると、意外と厚みがあることに驚いた。というか、板が二重になっている。
単にど●でもドアのように扉が枠に固定されているのではなく、二枚の扉が背面の大きな板をぴったり覆うような形になっているっぽい。
そしてその扉に付いている、これまた凝った造りの頑丈そうな錠前。そこにはちゃんとルルー家を示す紋章も入っていた。
全体的に女性的なデザインに加えこの紋章…わたし用に特注したというのは言われなくても分かるくらいだ。
しかし、用途がまるで分からない。なんとなく家具っぽいけど、扉とは部屋を仕切るためのものであってこんな独立するような形式ではないのだから。
とりあえずわたしは疑問を解消すべく、いつも通りコテンと首を傾げてお母様を見つめる。
それを受けたお母様はニマニマクネクネモゾモゾと不可解な動作を繰り広げてから、ようやく説明をしてくれた。
「これはね、姿見…つまり鏡よ。鏡はとても大切なもので、それをそのまま晒しておくのは色々と良くないの。だからこうしてしっかりと鍵をかけるのよ」
「おー」
「ティーシャは鏡を見るのは初めてなのだから、きっと驚くわよ?」
「おー」
要するにプレゼントは鏡だそうだ。言われてみれば横幅は無駄に広いものの、高さは姿見に丁度良い…気がする。
…うん、幼女の目線だと見上げても高さがあんまり分からない。けど、見慣れたお母様やマルガの身長と比べれば別だ。
ちなみにお母様はほんの少しだけ高身長でお父様の隣に立つと違和感がない。マルガは平均より少し小柄だ。でも、体型的にはマルガの方がバランスは良いと思う。主に胸部装甲の比率という意味で。
嬉しそうにプレゼントに施したデザインについて語るお母様の話の端々から、この世界の鏡はかなり高価であることが伺えた。
更に加えられた説明によると、主に風習というか魔術的な意味合いから鏡は使用時以外は厳重に封じられ、鍵は担当の使用人が管理するのが原則だそうだ。
わたしの場合はマルガがちゃんと預かってくれるらしい。
今回のように6歳の誕生日のプレゼントとしては上流貴族ならごく一般的なのだとか。その辺りの風習も色々あるっぽい。
鏡の大きさは富を表す指標でもあるため、鏡は大きいものが喜ばれる。そのため手鏡の需要は姿見より低いという逆転現象が起きている。大型の化粧台のセット内容には含まれたりするっぽいけど、施錠の必要があるため手鏡を持ち歩くことはあり得ないのだとか。
とりあえず要するに鏡はとても高価なので、贈られたコレは今後わたしが生涯愛用することになるらしい。
ついでに何故か釘を刺されたけど、将来鏡付き化粧台等を殿方にプレゼントされても断固として受け取りを拒否し、その上でマルガに報告することを義務付けられた。
…まぁ、そんな高級なものを贈られたりしても色々めんどくさいもんね。要するにそういう社交辞令であって、承諾すると非常識に思われたりするに違いない。
例えるならアレだ、提案されただけのぶぶ漬けをモリモリ食べるようなアレだと思う。気をつけなきゃ。
とにかく用途は理解出来たから改めてお礼を言って、それから期待を込めてマルガの方を振り返った…のだけど、マルガはその場で控えるだけで一向に鍵を出してくれる気配がない。
…え、どうしてスルーなんですかマルガさんや。鍵付きのプレゼントなんて貰ったら開けたくなるのが人情でしょう?
それにわたしはこの世界に生まれてこの方、一度も鏡を…つまり自分の顔と言うものを見たことがない。
見たい。すごく見たい。お母様の子供だからそこまでデッサンが狂った顔はしてないと思うけど、やはり確認が出来ないのは気になってしまう。
それに生まれ変わって女の子になったのだから、やはり顔面偏差値が余計に気になってしまう訳で…。
うん、変化の確認は大事だ。今更だけど目覚めたあの日のうちに、一応見れる範囲は一通りの確認はもちろん済ませ…いや、結果違和感も感動も何もなかったのだけど。やっぱり肉体の変化と5年の歳月に精神がだいぶ引き摺られてるっぽい。
…いや、はっきり言ってしまえば前世のボクは色々欠けていたから参考にならないと思う。
生まれつきの体質で外で遊ぶことも出来ず、家にしろ病院にしろベッドで読書するくらいしか出来ることがなかった。
だから読書等による偏った知識はあれど、ボクには子供らしい人生経験というものがない。学校なんてまともに通えるはずもなく、近い年齢の知り合いなど全く居なかった。
敢えて友好関係を挙げるなら…同じ病棟に集められたお揃いの棺桶にどっぷり浸かった人達とか? なかなかに愉快な人達ばかりだったけど、なんか色々達観しちゃっててそういう枠に入れちゃいけない気がする。
で、そんな感じで育っていたためか、両親やお医者さん達にはどこか奇妙な子供に見えたらしい。
そんなボクだった感覚にまだ未熟な幼女の感覚が上書きされている訳だから……なんというか、そこはかとなく不安を感じる。
——わたしは何かに気付いていないのではないかと。
まぁ、元来の性格なのかそういう心配もすぐ忘れるのだけどね。
閑話休題
今必要なのはわたしの感覚がどうこうじゃなくて、わたしの顔がどんなだかが重要!!
だからマルガが何故か鏡の鍵を出してくれなくて、それを見守るお母様たちも何も言わないのは困る。とても困る。
…あー、でもこれって我が儘言えない雰囲気?
「えっと…かがみ、みちゃだめなの?」
「申し訳ございません、お嬢様」
「…どうしても?」
「ぁ…いえ! 明日の検査が問題なく終われば大丈夫ですわ」
「そうなのよ、だからもう少しだけ我慢してくれるかしら、ティーシャ?」
「……ぅん…はい、おかあさま。それとマルガも、ごめんなさい」
「ティーシャぁ…」
「お嬢様ぁ…」
……なんというか、ここでも決まりがあるらしい。
この世界では鏡はみだりに晒すものではない、というのは先程説明から把握出来たけど、それは特に6歳未満の子供には徹底されるっぽい。その子供が魔眼持ちなら尚更だとか。
それは、高ランクの魔眼は鏡を視認することによる魔力共振を引き起こす場合があるから。
極めて珍しい現象らしいけど、魔眼の特殊効果が鏡との間で幾重にも往復することで爆発的に膨れ上がり、周囲のみならず本人も影響を受けてしまう。
なんでも高ランクの魔眼は大抵洒落にならない効果を持つためか、その被害は極めて甚大……自らの能力だから耐性を持つはずの本人ですらまず命はない。
まぁそんな災害の歴史があるが故の処置が、いつの間にか風習になったのだろう。
一応6歳の魔眼検査後なら良いと言う決まりも、ちゃんと理由がある。
それは魔眼検査を通して自らの魔眼に対する正しい認識を持ち、魔力共振を起こさない程度の制御が無意識に得られるからだと言う。
『認識による存在の安定化』みたいな難しいことをお母様が言っているけど…とりあえず今回はわたし自身が自らを魔眼持ちであると意識するのが重要なのしか分からなかった。
とにかく、明日が楽しみ!
わたしはその夜、ベッドの中から何度もその薄明かりの中の姿見の扉を見つめ、いつもよりちょっとだけ眠れなかった。
…まぁ、いつも健康的にたっぷりと眠るわたしには毛ほどの差もなかったけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、今朝はお屋敷の端の一室を中心に、見慣れぬ学者風の人達が互いに何事か喚きながら大きな木箱を持って往復したり何かを組み上げる騒音を立てたりするのがやたら目についていた。
なるほど、あれが今回検査を担当する団体さんなのだろう。人の出入りが極端に少ないお屋敷から出たことすらないわたしには、そんな喧騒もとても新鮮に映る。
お昼を挟んでようやく準備が整ったとの報せを受け、わたしはその部屋に入る。
中には見慣れぬ機械のような歪な塊が鎮座していた。なんでも検査用の特殊な魔道具(魔道具って言葉くらいじゃもう驚かない)らしい。
わざわざどこかから一度分解して運び込んだとかで、なんだか担当官の人達が既に疲れた顔をしている。
とりあえず説明によると、わたしはその魔道具からニョキッと伸びた一本の筒に片目を当てて覗いた状態をしばらく維持…あとは特にすることもないっぽい。
思ったより簡単だった。その程度の検査なら毎日受けたって苦にならない。
わたしは用意されたお屋敷備品の椅子に腰掛けて、右目で筒を覗き込む。
そこから見えたのは、キラキラと何色もの光が明滅しながら動く、妙に歪んだ光景だった。その美しさに思わずほぅと溜息が出る。
しばらくその光を見つめていると、 担当官が何かを動かす音がして、中の光の動きや歪みが切り替わる。どうやら幾つものレンズが組み替わったりしてるっぽい。
検査開始から10分程経過し、いい加減飽き始めたわたしはそのままの姿勢を維持しつつ、近くの担当官に問い掛ける。
「えっと…これ、ひだりもする?」
「いやいやまさか! こいつは動かすだけでとんでもないコストが…じゃなくて、魔眼ってのは一人一種類が原則でなお嬢ちゃん。だから二度やっても意味はないんだな」
「そっかー 」
うん、検査が簡略化されて皆楽になるなら幸せだよね。実に合理的で良いと思う。
とにかく検査は一通り終わったようで、その結果を聞けるとワクワクしながらわたしは待っていたのだけど…なんか担当官の人達が額を寄せ合って何かを議論していた。
彼らはさっきの検査で得られた測定データの他に、いつの間にか追加されていた分厚い本を何冊も持っていて……興奮した彼らの議論はドンドン白熱しているのだけは十分分かる。
白熱し過ぎて荒れ始めたところに何故かお母様の介入があったりもしたけど、とにかくおやつの前にはわたしの魔眼の解析結果が出揃っていた。
……それを担当官が、なんだかとても不可解そうに…だけど興奮の色を隠せないまま、こう告げた。
「お嬢ちゃん…じゃなかった、ティーシャお嬢様の魔眼は多分……『魅了』だと思われます…多分」
今多分って二度も…え、みりょー?
わたしにはその言葉よりも、それを聞いて変な顔をする周り全員の反応の方がとても謎だった。
次回、ようやくティーシャの顔の描写が…出来るはず。