5.お茶会の続きと初めての…
さっきからお父様は真っ白になってお茶をおかわりするだけのマシーンと化しているけれど、わたしとお母様は絶好調だ。
前世よりやり方がえげつなくなった気がするのは、やはりお母様の血なのだろうか?
とはいえ、一度スッキリしたら後に引き摺らないのは前世から変わらない。ずっと同じことを考えるのも疲れるしね。
…さて、このお茶会にはもう一つ目的があったし、ついでにそろそろお父様を復活させよう。
「おとうさま?」
「…………うぁ…なんだい、ティーシャよ……?」
「ティーシャ、きしだんのおはなしがききたいの」
「騎士団…? ハッ!? ふむ、良いだろう。前に話したが、父は騎士団の名誉顧問もしておってな、新人には必ず」
「ふーん。それで、きしだんはせんそーとかするのです?」
「むむ? ははは、その心配はないのだ。領地の西に国境はあるが、その先に他国は存在せぬ」
「う?」
「あちらは魔物の生息域なのだよ。時折こちらに溢れ出て来るのでな、それを食い止めるための騎士団なのだ」
魔物って! 異世界っぽくて実にそそられるっ!!
「まもの……こわくてつよいの…?」
「あー…そうだな、確かに危険だが……サラにとってはほとんど虫けらだな」
「あらやだ」
「さすがおかあさま!」
「ティーシャもその一端を見ただろうが、魔物の群れが声も届かないうちから消し飛んでゆくのだぞ!」
「あらやだ」
「さすがおかあさま!」
「たまに前衛の騎士達の兜まで削れたりするのだ……」
「あらやだ」
「さすがおかあさま!」
え、会話が噛み合ってない? 我が家では通常運転ですが何か問題でも?
「……まぁ騎士団もサラの戦力も基本は防衛用に温存するものだ。平民にも魔物狩りを生業とする輩は多いからな、出し渋った方が色々都合が良い」
「まものがり?」
「うむ、色々と組織や団体はあるのだが…まぁ最大派閥は冒険者ギルドの一派だな。あれは良く出来た組織だ。戦力よりも情報と安全を重んじ、適正な報酬もある」
「ぼーけんしゃ!」
「ははは、やはり子供は騎士や冒険者に興味を持つのだな。父も昔からそういった者達から現れる強者の冒険譚などが好きでな、例えばそう…あれは何年前だったか」
お父様のクソ長い話から抽出した結果、冒険者ギルドとは魔物の討伐依頼とその報酬の管理、素材買取などを一手に引き受けているらしい。
ただし他にもそれぞれの理由により魔物の討伐を行う組織等は多数存在する。つまり、魔物狩りは必ずしも冒険者とは限らない。
しかし持ち込まれれば素材買取はするし、ほとんどの場合掛け持ちの登録も許される。
例えば鍛治師ギルドの連中が素材目当てに討伐に赴くとして、ついでに冒険者として条件に合う依頼を受けておけば報酬も貰えるという訳だ。
ただし、依頼内容に素材の提出があるなら話は変わるが。
まぁ冒険者登録はメリットばかりではなく、緊急時には戦力として招集されたりもするらしい。が、金で解決可能とのこと。
さてさて…色々話も聞けたから、わたしのこの世界での方針の参考になりそうだ。
じゃあそろそろ、お父様には非情なる現実を教えてあげよう。
「おとうさま、とてもたのしかったです」
「いや、話はこれからなのだが」
「そろそろ『にじかん』です」
「はははまさか…あれ?」
「レミーがかわいそう…」
「(ガタッ)急用を思い出した。じゃあ二人共、暫しの別れだ」
「ごはんはいっしょですけど」
お父様は威厳もクソもないくらい慌しく執務室へと駆けて行った。そんなにレミーが怖いのか。
わたしとお母様は微笑み合い、こうしてお茶会はお開きとなった。
部屋に戻る途中、わたしは共に歩くマルガに声を掛ける。
「マルガ、ひとつおねがいがあるの」
「なんでしょうお嬢様?」
「わたし、はなしかたがだめだときづいたの」
「? お嬢様の天使ボイスに何か不都合でも?」
「…こどもっぽい…」
「な゛っ」
「これじゃだめなの」
「そっそんなことはありません! ですが…お嬢様の望みでしたら仕方ありません。私が手助け致しましょう」
(すぐに録音の魔道具を買わなくては…)という呟きはあまりに小さく、わたしの耳には届かない。
とりあえず、マルガの協力の下わたしはそれからしばらく発音練習に励むこととなった。
…うん、さすがに5歳児でも幼く聞こえるから、ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この国の春はとても短いらしい。
わたしが発音練習に四苦八苦しているうちに、あっという間に季節は過ぎていく。
夏の大きなイベントは三つ。
まずはお父様とお母様の結婚記念日。それから続いてお母様の誕生パーティーだ。大々的に行う訳ではないが、それでも少しはお祝いに訪ねる貴族の知り合いなどもいるらしい。
まぁ、わたしはまだベールが外せないこともあり、参加する必要はないとのこと。
…という訳で、わたしはその控えめなパーティーの次の日、身内だけのお祝いで…………何故か主役達よりも着飾らせられ、一日中一緒にいることになっていた。
いやまぁ、さすがに5歳児だからまともな誕生日プレゼントは用意出来ないし、だからって年相応に似顔絵とか描くのも精年齢神的に無理だったのだけど…。
そんなことをマルガに遠まわしに相談したら、いつの間にかこういう形式になったようだ。
全くもって意味が分からない。
何をどうしたら祝福する側がこんなに着飾らなくてはならないのだろう?
…これはアレか? 仮装か何かなのか?
一日中一緒というのは、お世話しろとかそういうアレなのだろうか?
「ねぇマルガ」
「はいお嬢様」
「おとうさまとおかあさまのおせわをするのに、どうしてこのドレスなの?」
「それはもちろん可愛いからで……え、お世話……ハッ!! お嬢様、替えの衣装をお持ちしますので少々お待ちを」
次の瞬間、マルガが消えた。
あー…この世界では人間って消えたりも出来るんだ…。まぁいいや。
そして数分後、マルガはちゃんとココンコンとノックをして扉から現れた。箱を抱え、満面の笑みで。
気のせいか目の焦点が合ってないのだけど、マルガも連日のパーティーに疲れているのかな?
「それではお嬢様、失礼致します。 私も他人に着せるのは初めてですので、不手際がありましたら申し訳ありません」
そう言う割に迷いのない手付きで、わたしは素早く着せ替えられる。
…そしてそれが完了する頃には、わたしの頭は「?」で埋め尽くされていた。
わたしはそのメイド服の裾を摘み上げて、これは本当に現実なのだろうかと暫し確認する。
…紛うことなきメイド服だった。しかもうちの使用人と同じデザインの。
慎ましやかなロングスカートのタイプで、こうして着てみると襟や袖がきっちりしてて着心地が良い。
と言うか恐ろしく動きやすい。ティーシャになって以来ヒラヒラな服ばかり着せられていたせいもあるだろうけど、さすが仕事着だけある。
…どうしよう、ちょっと普段着にしたい…。
まぁそれはそれとして、何故メイド服なのかも、ついでに5歳児用メイド服が存在する理由もまるで意味が分からない。
わたしはこてりと首を傾げてマルガに問い掛け…ようとした。
「ねぇマルガ、どうして…ってマル、ガ…!?」
マルガはわたしを見つめながら…静かに涙を零していた。
わたしの問い掛けにようやくマルガは気付いたようで、ハッと焦ったように涙を拭う。
「だ、大丈夫ですわお嬢様」
「だいじょうぶじゃない…」
「あ、いえ、その…もし私に『妹』が居たら、こんな感じなのだろうかと想像していただけですわ」
「…………マルガっ!」
わたしはひしとマルガを抱き締める。…身長が足りないのが恨めしいけど。
マルガの発言に全ての疑問は氷解した。
マルガはまだ15だ。しかも見習いとして何年も前から住み込みで働いていたと言う。
きっと大切な家族と離れ、ずっと孤独を抱えていたに違いない。そしてお揃いの仕事着を着た『妹』は、彼女にとっての憧れだったのだろう。
わたしには…いやボクには理解出来る。家族と離れ慣れないベッドで眠る寂しさはあまりに身近な感覚だったのだから。
わたしはこの女の子を安心させようと、精一杯の笑顔を向け言った。
「マルガがのぞむなら…ティーシャ、マルガのいもうとでも…いいよ?」
「!!?!?!?!! お、お嬢様っ…!」
再び涙を溢れさせるマルガが落ち着くまで、わたしはずっと彼女の手を握っていた。
数分後には、彼女はいつも通りに…いいや、いつもより少しだけ『親しげな笑顔』をわたしに向けて、仕事の続きに戻った。やっぱりマルガは強い子だ。
その後向かったパーティー会場の広間でわたしが見たのは、まるで強力な神経ガスでも散布したかの如く、一斉にバタバタと倒れる両親と使用人たちの姿だった。
当然すぐにパーティーは中止となり、後始末に人手が足りず騎士団まで駆り出される騒ぎとなった。
…その後の説明によると、わたしが会場に入る寸前パーティーのために仕掛けられていたイリュージョンの魔道具?が暴走し、図らずも強力な精神攻撃が発生してしまったらしい。
なお、全員命に別状はなく後遺症などもなかったようだ。
それと全く関係はないのだけど、マルガはわたし用に手作りしたあのメイド服をレミーに没収されたとかで落ち込んでいた。
うん、やっぱりお嬢様がメイド服着るのはよくないのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなはあったけれど、すぐにわたしの6歳の誕生日のお祝いが開催されることになった。
…すごく楽しみ。お祝いがじゃなくて、その後の「魔眼検査」がだ。
わたしって、どんな魔眼なのだろう?
マルガさんのこぼれ話は近日閑話として挿入予定です