4.魔眼の話とお父様
魔眼…魔眼って、まじかー……。
「…ま、まがん…?」
思わずおうむ返しに問い掛けてしまう。ついでに無意識に小首を傾げつつ。
「はうっ!…ええ、いわゆる『特別な眼』を持ってる人を魔眼持ちって言うのよ。人によって特殊効果はバラバラなのだけど、とりあえず全員何らかの魔術が一種類…あるいは一系統、とても使いやすくなったりするわ。魔眼を介して無詠唱で魔術行使が可能な器用な人もいたわね」
「まがん…とくべつな、め…」
思わず手を動かし、眼に…それを覆う極薄のベールに触れる。
「ああ、駄目よベールを外しちゃ。魔眼持ちは6歳で検査を受けるまで人目に晒さないようにする習わしがあるのよ。ティーシャは夏には6歳になるからもう少しね」
どうやらその検査とやらで魔眼の種類を特定するらしい。そしてその結果次第で魔眼持ちの価値が変わるため、念のため情報を伏せるのがベターなのだとか。
ちなみに検査が6歳なのは、子供の負担を考慮して…とのこと。
ふむふむ…でも、そうなると気になることがある。
「おかあさま、ティーシャのめって、そんなにみんなとちがうの…?」
検査が6歳なのに、それ以前に情報の隠蔽が必要な理由…それはつまり「魔眼は一目見てそれと分かる」からに違いない。
……重瞳とかだったら個人的にちょっと嫌だなぁ……。
ああ、重瞳とは多瞳孔症とも言って「ひとつの眼球に複数の瞳孔がある」異相のことだ。別に悪く言う訳じゃないけど、人によってはちょっとショッキングかも知れないから画像検索は注意だったり。
とにかく、わたしの問い掛けにお母様はアワアワ言ってすごく焦ってた。えっ…そんなにヤバい見た目なの!?
「あっ…いや…確かにティーシャの魔眼は普通の人とはちょっと違うのだけど…すっ…すごく可愛いから大丈夫っ!!」
「…かわいい…?」
「そうそう! 魔眼って全部とても綺麗な輝きで風変わりな色が多いのだけど、ティーシャのは本当に宝石よりも綺麗で可愛いのよ?」
まぁ、見たことも聞いたこともない特徴もあるのだけど…とボソッと付け加えていたが、わたしには聞き取れなかった。
…可愛い、ねぇ? 変じゃないなら、別にいっか。
そんなことよりわたしに「特別な才能」があることが重要なのだ! とりあえず必要な情報を得るべく、サラお母様から色々と聞き出す。
魔眼持ちそのものは数千人に一人くらいは産まれるらしい。ただし、その全員が卓越した才能を持つ訳ではない。
まぁ全員に魔術の素質くらいは普通にあるため捨てたものではないのだが、大半の魔眼持ちは「ちょっと得意な魔術がある」程度。普通の魔術の扱える人間と何ら変わらない。
思ったよりショボい…と落ち込んでいると「ティーシャならそうでもないわよ?」とお母様は言う。
「絶対…とは言えないけど、魔眼の性能は『綺麗な魔眼ほど高い』のよ。私も大魔導師としてたくさんの魔眼を見てきたけど、ティーシャほど綺麗な魔眼は他に知らないわ」
…お母様、大魔導師なの!? 子持ちとは言えまだ若く見えるのに…。
そうだ、せっかくだから確認しよう。
「おかあさまって、いまなんさ………えっと、いくつでティーシャをうんだの?」
「えっ!? ……その、恥ずかしい話なのだけど、結婚式のときにはもう臨月だったの。誕生日の翌日に挙げたのだけど…。褒められた話じゃないから忘れてちょうだいっ!!」
「……うん……」
…この国の婚姻は15歳から可能で、わたしは現在5歳だ。あとはわかるな?
とりあえず、お父様にはお仕置き決定。
その後お母様によるデモンストレーション…と言う名の地獄絵図をたっぷりと堪能してから、その場に敷物を敷いての食事となった。
さすがにテーブルや椅子までは持ち込まれなかったけど、ティーセットは完備だ。
紅茶っぽい風味にジャスミンを思わせる香り高いフレーバーのお茶を楽しみつつサンドイッチを頂く。
サンドイッチと言っても、小さく真っ白な丸いパンに具を挟んだ、どちらかと言うとミニサイズのハンバーガー的な見た目をしている。
……あ、卵入ってる。美味しい。
お屋敷の食事でも卵が使われることは少ないのだけど、この世界の卵は色が濃くとても濃厚だ。
和食の繊細な味付けには不向きかも知れないけど、洋食風の使い方ならむしろ際立つと思う。つまり美味しい。
今食べているサンドイッには、新鮮な野菜とバターを含んでふっくら焼かれた卵が挟まっていた。シンプルだけど青空の下食べるなら最高のご馳走になる。
わたしは夢中で食べる。そしてすぐに無くなる。次のサンドイッチに手を出す。極薄にスライスした燻製肉が葉野菜と層になっていて食べ応えがある。美味しい。
出来れば全種類食べたかったけど、5歳児のわたしの胃袋は早々に満タンになってしまった。っていうか食べ過ぎた。ちょっと苦しいけど最後のフルーツサンドも絶品でしたごちそうさま。
あー…このまま大の字に寝っ転がりたい…はふぅとため息を吐きながら空を見上げる。残念なことに既に令嬢教育が始まっている淑女なわたしはそんな真似は出来ないのだ。
でも、ピクニックって最高。病弱な前世では一度も出来なかったから楽しくて仕方ない。
…そこの森ででもピクニック出来たら、もっと楽しいだろうなぁ…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りはお母様に抱き抱えられて(挟まれてとも言う)お屋敷に辿り着くと、玄関前でグスタフお父様が出迎え…待ち構えていた。
あー…これ絶対めんどくさいやつだ。わたしを降ろすお母様の目もスッと細められている。
「二人とも楽しんできたかな? ところでティーシャよ、実は父はとても珍しいことに、偶然にも、誠に遺憾だが午後の予定がなくなってしまってな。こんな機会など滅多にないから娘との交流の機会を設けようと思うのだよ」
「………………」
「………………」
やっぱりめんどくさいやつだった!
…一応ツッコミは入れるべきだよね?
「…おとうさま、レミーがいませんよ?」
「あっ…いや、あいつは今…くっ」
そう、筆頭執事であり常にお父様の影に控えるレミー。領主補佐官も務める彼がこの場にいないという事実は、ひとつの真実を如実に語る。
「はぁ……あんまりレミーをいぢめたら『めっ!』です、おとうさま」
「うぅ………………わ、分かった。だから父を嫌わないでくれ…」
「……いちじかん、です」
「ん?」
「ティーシャはのどがかわきました。おあいてしてくださいますか、 お と う さ ま ?」
「!!!! よっ良いのか!? いや、すぐに用意させよう。父も『一時間後』には執務に戻らなくてはならぬからなっ!」
「あらあなた、私も混ぜてくださいません? ふふっ」
「サラ!? い、いやしかしだな…お前は魔術訓練で疲れておるだろう? 部屋で休むのが良いと…」
「あら、私はまだ『彼方からの死』程度なら50は撃てますわよ? さすがに秘蔵っ子の『変幻の自動追尾』だと3発が限界ですけど…。でも3発も撃てるならいっそ今ありったけ斉射して…久しぶりにあなたの神回避を見てみたいわね」
「かかか家族団欒も必要であるなっ!!」
……これは少し後、押し付けられた執務から解放されて真っ暗な笑みを浮かべたレミーから、尋ねてもいないのに語られた話だけど……
若かりし頃のお父様とお母様は出会う前、たまたま同時期に武者修行()をしていて、当然の如く手合わせの機会が訪れたそうだ。
ちなみにその頃のお父様は「熟練の剣士」程度の腕前だったが、お母様は既に「稀代の魔導師」だったらしい。
既に固定砲台としての戦法が確立していたお母様に対し勝率など存在しないのだけど、それでも引かなかったのはとてもお父様らしいと思う。
…で、普通に手合わせをして当然の決着…と思いきや、開幕ぶっぱの舐めプレイで撃ち込んだ狙撃を「二度も避けた」のだ。
もちろんお父様にそんな実力は無く「緊張のあまり足をもつれさせ」一瞬下がった頭の上を必殺の一撃が通過し、呆然としているところに入る追撃を「恐怖のあまり膝から崩れて」回避してしまった。
もちろんその直後には、キレたお母様の一斉掃射でボロ雑巾になり……その翌日にはお母様の方から再戦の申し入れがあったのだ。
どうやらお母様的には一度避けられた時点で負けたようなものだったらしい。ついでに己の慢心にも気付いてしまったようで。…実は内心ではお父様以上にボロボロになっていたとのこと。
当然お父様はありとあらゆる手段で申し入れを断り続けたが…結局一ヶ月後には逃げ道を失ってしまった。
そうして行われた再戦にお母様が持ち込んだ新作魔術こそが、彼女を今の評価まで押し上げた「君が死ぬまで殴るのをやめない悪夢の魔術」こと、かの自動追尾魔術だそうで。
…この二人の出会いが燃え上がる恋に変わるまで、そう時間は掛からなかったのですよ…そうニコニコと語るレミーの発言の意味は全く理解出来ないけど、こうしてわたしが生まれたってことはそういうことなのだろう。
……最後に、この後お母様に鍛えられ続けたお父様はメキメキと「死地で生き残る能力」だけを伸ばし続け、最終的に「不死身の騎士」と呼ばれる実力者になったことを追記しておこう……。
閑話休題
そんなこんなでとっても和やかな雰囲気で始まったお茶会なのだけど、わたしはその和やかっぷりを加速させる一石を持っていた。
娘可愛さに最近調子に乗ってるお父様には、もう少しこの和やかムードを楽しんで貰わなくては。
「ねぇおとうさま、これはたとえばのおはなし…なのだけど」
「ん? なんだいティーシャよ。もしかして将来は父と結婚したいとかそういう話かい? ならば例えばなどと前置きせずとも」
「あ な た ?」
「ひぃっ!?」
「……あのねおとうさま、もしもティーシャがおとなになるまえににんしんしたらどうおm」
「相手は死ぬ」
「」
「相手は死ぬ」
「…………いえ、おとうs」
「おい、緊急コードT-025発動だ、すぐにレミーを呼んでくれ。それからマルガは例の部隊に待機命令を」
「おとうさま、めっ!!」
「ぐふっ!?」
「ティーシャはたとえばのおはなし、といいましたよ?」
「いや、しかし…」
「…あのね、ティーシャはまだ5さいですよ?」
「…………す、すまぬ。つい動揺して……つい」
「はぁ……おとうさまにはがっかり…」
「すまぬ…すまぬ…」
「さて、おとうさま…さっきおかあさまは15でティーシャをうんだときいたのです」
「!?!? さ、サラ…?」
「…ふふっ…」
「おとうさまはそんななのに、ティーシャのしんぱいだけはするの?」
「いや、それとこれとは」
「ふ ふ っ 」
「いやサラ? 妖樹の杖はシャレにならんから」
「おとうさまは、もっとおかあさまをたいせつにするべき!」
「ティーシャぁぁ…………」
元男としても愛娘としても、不甲斐ないお父様の教育は必要だよね!
マニュアル化されているT(Tecia)ナンバーは3桁後半まで存在している…。