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21.社会科見学 その5

大変遅くなりました。

「たのもー!!」


 勢い良くドアを開け放ち大声を出してからようやく、わたしはちょっとテンションが上がり過ぎていたと気付く。

 いけないいけない、これじゃマルガに叱られてしまう。ここは慎ましく、お嬢様らしさを演出っと。



 一度姿勢を正して、優雅さを意識しつつ辺りをゆっくりと見渡す。

 ギルドの中はそれなりに広々としていて、受付と掲示板らしきものが確認出来た。なんかすごくそれっぽくて良い感じ。

 どうやら酒場は併設されていないようだ。まぁ、そんなものが中にあると色々面倒だよねきっと。


 その場には10人ほどの冒険者らしき人たちと、いくつかのカウンターの向こうに受付嬢らがいる。

 とりあえず冒険者は一旦無視して、わたしはこちらを怪訝な顔で窺う受付嬢の方へ向かうことにした。

 と、そこでようやく背後からマルガの囁き。


「お嬢様、私が」

「いいのマルガ、ティーシャがちゃんとあいさつするから」


 受付のひとつへ真っ直ぐ歩くと周囲の冒険者から不審げな視線が感じられるけど、極力気にしないように……今はただ、目の前の受付へ。

 栗色の髪をボブに切り揃えた受付嬢と目を合わせると、怪訝な顔から徐々に放心し陶酔するような……あれ、もしかしてこれって……?

 すっかり頰を染め上げて目を潤ませる受付のお姉さん……えーと、やっちゃった……かなぁ?

 どうしよう、多分パッシブのが効いちゃってる。何かきっかけがあると思うのだけど、わたし自身に心当たりが全くない。


 とにかくどうして良いか分からず、背後のマルガに振り向こうとして……わたしはギリギリで思いとどまった。

 あー、さっき自分で挨拶するって言っちゃったんだ。今更手助けを求めたら駄目だよね。

 わたしはグッと気合いを入れ、話し掛ける。


「えっと、よろしいかしら?」

「はっ、はい! 本日はどどどどのようなご用件でひょう!?」


 あー、受付なのに完全にキョドっちゃってるよこのお姉さん。

 とりあえず落ち着いて貰わないと、すごく困る。

 わたしはチラリと彼女の胸元のプレートを見て、努めて穏やかな声を出した。


「あの、フルール、さん? おちついてくださる?」


 名前を呼び、目を合わせるのは相手の注意を引くための基本にしてかなり効果的な方法だ。

 人間は何かに気を引かれると自然と落ち着く。そうなるよう祈る気持ちで、わたしは彼女の目をしっかりと見た。


 一瞬、瞳の奥で何かがぐるりと回るような感覚。


 スッと、フルールさんの肩から力が抜けたのが分かった。火照った顔はそのままだけど、とりあえず落ち着いてくれたのならそれで良い。

 彼女はしっかりと姿勢を正して、上ずっていない見た目によく似合う澄んだ声で「失礼致しました」と言った。


「改めて、どのようなご用件でしょう?」

「はい、わたしはエイグロフきょうの娘、ティーシャと申します。とつぜんですけど、こちらをけんがくしたいのです」


 そう言ってわたしは、常に身に付けている家紋入りのブローチを取り出しチラッと見せた。


「領主様の……えっと、見学、ということでよろしいのですね?」

「だめ、ですか?」

「少々お待ちを、上の者に伝えますので」


 フルールさんは一礼して席を立つと、後ろに見える階段の上へ早足で向かった。

 それを目で追っていたら、背後から重量感のある足音と共に、粗暴さの感じられる低い声が響いた。


「おいおい、どこの金持ちか知らねーけどよ、ここはガキの来る場所じゃねーぞ?」


 あー、これテンプレかもしんない。


 そう思いつつ振り返ると、そこには大柄な山賊……もとい、古びた重そうな鎧を纏った大男が下卑た笑いを浮かべてこちらに近づくところだった。角の飾りが付いた兜を被り、その背中には大楯、腰には長大な鉈が下げられている。

 参ったなぁ……と、わたしは密かにため息を吐いた。

 いや、だってさ、冒険者ギルドに行ったら絡まれましたテンプレが発生するのって、普通俺TUEEEEするための布石でしょ?

 でもわたし6歳児、戦闘能力なし、赤子の手状態だもん。

 まぁ一応護衛の騎士がいるんだけど……あれ? そういえば見当たらないけど……えっ、なんで!?


 (後で知った話だけど、この時外ではうちの馬車に他の馬車が軽くぶつかったらしく、しかもそれがなんかガラが悪い連中で色々と面倒なことになってたらしい。ついでにその騒ぎの人だかりで、ギルドとの間に人壁が出来てしまったとか)


 大男が更に前に出ようとしたその時、わたしとの間に音もなく立ち塞がる人影があった。


「申し訳ありませんが、これ以上お嬢様に近付くことは(まか)りなりません。もし後一歩踏み出せば……命の保証はありませんわよ?」


 それは、恐ろしく冷たい声を放つ使用人、マルガだった。

 いやマルガさんや……使用人として態度の悪い相手に腹を立てるのは分かるけど、女の子が喧嘩売っちゃ駄目な相手じゃないかな……?

 案の定その小汚い冒険者は鼻で笑い飛ばして、何の躊躇もなく一歩を踏み出し…………次の瞬間には轟音と共に木板の床を破って、頭部が丸ごと埋まり見えなくなっていた。そしてぴくりとも動かない。


 ギルド内が静寂に包まれる。洩れ聞こえる表の騒がしさが、まるで別世界のようだ。


 えーと、今何が起こったの……かなぁ?

一瞬マルガの姿がブレて消えたように思えたけど、まぁ彼女はたまに消えるからいつものこと、だよね?

 この人の近くにはわたしとマルガしかいなくて、当然どちらも状況にそぐわないと思うから……。



 推論1:何者かによる目にも留まらぬ速さの天誅。

 推論2:ギルドの防衛システムによる攻撃。

 推論3:この山賊っぽい人の全力土下座。

 推論4:隠されていたわたしの「力」が目覚め……いややっぱ無しで。



 うん、普通に1か2しかないよね。土下座で床を突き破るのはギャグ漫画だけで良いと思うし。

 などと軽く現実逃避していたら、マルガがその男の首根っこを片手で掴んで雑草のように引っこ抜いた。そして、そのままぺいっと捨てる。


 そのゴミでも扱うような乱雑さと圧倒的な戦力差に怯む一同……うん、わたしもドン引きだよ……。

 そんな周囲の反応に更に上乗せするように、彼女は堂々と周囲を睨め付け、どこか誇らしげに声を上げた。


「お騒がせして申し訳ありませんわ。さて、こちらにおられる方は侯爵であるエイグロフ卿の御息女です。それに相応しい配慮を頂けるとこちらも手間が(・・・・・・・)省けますわ(・・・・・)


 えーと、なんかすごく嫌な事実なんだけど、これってもしかして……うちの使用人は戦闘メイドでした、って奴なの?

 うん、こっちで目覚めてから多分一番の衝撃の事実かもしんない。だってさ、マルガは普通に可愛くて優秀な使用人なんだよ?

 身体だって割と華奢だし、たまに一瞬溶けたアイスみたいな笑い方するけど瞬時に誤魔化すところも可愛いし、よく聞こえないけど独り言多いし。可愛いし。


 あまりにもあんまりな事実にわたしが頭を抱えていると、先ほどの受付嬢……フルールさんが戻って来た。


「お待たせ致しました。上で支局長がお話を……何かあったようですね?」


 フルールさんは一瞬で状況を察したようで、ツカツカと隅の方に転がっている生ゴミ……もとい山賊さん(仮称)に近付き様子を確認。それからその辺で呆然としていた冒険者たちに声を掛けて何処かへと運ばせた。

 そしてクルリと振り向いて丁寧に頭を下げる。


「大変申し訳ありませんでした。状況の詳細はこの後確認致しますが、お詫びと処分については後程必ず」


 彼女のその言葉を切っ掛けに、沈黙を守っていた冒険者らにざわめきが戻る。といってもヒソヒソ声だけど。

 その内容は「あの『トロル割り』が一撃で……やべぇよあの女……」「あの目……一体何人殺せばあんな凍るような目になるんだ?」「それよりあの幼女可愛いなおい」と言った感じ……って変なの混じってる!

 そんな声を背後に、わたしは案内されて支局長に会うことになった。見学許可を勝ち取るべく。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 どうしてこうなった。


 わたしは頭を抱えたいのを我慢しつつ、受付に座って(・・・・・・)愛想笑いを浮かべている。

 行列を捌くのに全く余裕がないのだけど、思考は自然と先程までの支局長との会話へと逸れていく。


 そう、わたしの冒険者ギルド見学は何故か『ギルド受付嬢体験』へとすり替えられていたのだ。


 支局長さんは非常に優しい好々爺然とした感じの人だった。

 わたしを孫のように可愛がってくれて、話もとても弾んだのだけど……話が通じていると感じていたのはわたしの勘違いだったらしい。

 支局長さんは初めから、わたしの目的を受付嬢体験と思い込んでおり、それに気付いたときには修正不可能なまでに話が進んでいたのだ。


 曰く、ギルド受付嬢は女性にとって人気職のひとつであり、それに就くのは非常に難しいのだとか。

 求められるのは仕事に必要な事務処理能力だけではなく、不心得者も多い冒険者をあしらえるだけの度胸と対応力、そしてギルドの受付に相応しい美貌……いや、美貌は必要なの?

 ちなみに受付嬢は高ランク冒険者に貢がれたり良い結婚が得られたりと、色々お得らしい。

 まぁ、わたしには関係のない話なのだけどね。

 とにかくそんな花形職業である受付嬢に憧れているのだと勘違いされ、あれよあれよという間にわたしは少しだけ職業体験することになってしまったのだった。……わたしはギルドの雰囲気が分かれば十分だったのにな。

 以上、回想終わり。



「えっと……かんりょー手つづきですね? では、2番か3番のまど口へほうこくと部位てー出をしてください。えっ、あくしゅ……ですか? いいですけど……」


 ベテランの雰囲気漂う冒険者に手を握られながら思う。何故こんなに忙しいのだろうと。

 担当した受付はこの時間ほとんど仕事がない所だと聞いていたのだけど、気が付けば行列が出来ている。

 しかも他の窓口に持ち込むべき案件を持って来る人が妙に多いのだ。まぁ、それを案内するのも受付嬢の仕事だと言われれば仕方ないのだが。

 傍に立ってサポートをしてくれるフルールさんも苦笑している。って、今の人が握手を求めたせいで今度は握手会の様相に……。



 後半はほとんど握手だったりお菓子渡されたりするばかりだったけど、とにかく大変だった。

 って言うか、同じ人が二度も三度も並び直すのはやめて欲しい。多分嫌がらせだよね?

 と言う感じで、最後まで予想のつかない事ばかりだったけど、わたしは無事帰路に着いた。

 後にギルドから「もう一度臨時受付嬢を」という要望の手紙が数十人もの署名付きで届いたらしいけど、それは別のお話ってことで。


 でも、結構楽しかったな。

次回は再び閑話を挟む予定です。

とりあえず修羅場は潜り抜けたので、書く余裕はあるはず……。

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