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19.社会科見学 その3

 前世も含めたわたしが知るはずもない知識……否、感覚や本能に近いナニカが頭の中を駆け巡ったような気がした。

 けれど、それが何なのか理解出来ない。どこかふんわりとしているもいうか、ピースが足りないというか……。



「………嬢様! お嬢様!! しっかりしてくださいませ!」

「……へ?」


 気付いたらマルガが心配そうな表情でわたしの顔を覗き込んでいた。顔が近い、すごく近い。目の焦点が合わないくらい近いのはさすがに意味が分からない。

 とりあえずわたしはぐぐっとマルガから距離を取り、ぼんやりする頭を振る。うん、大丈夫そうだ。


「おや、血を見て気分が悪くなったのでしょうな! こういうのは慣れですからな! ははははは!」


 マルガの後ろで院長が笑っていた。

 それを聞いた彼女は振り返り、わたしの診察を申し入れる。

 んー……まぁアレはちょっと気持ち悪いと思うよ? いくらなんでも普通の幼女には刺激が強いし。

 でもまぁ、前世で文字通り血反吐を吐いた経験があるからなぁ……あと話だけなら病院ではいくらでもとんでもないのが聞けるし。慣れって点ならとっくにクリアだ。


 いつの間にか手術は終わっていたようで、わたしはそのまま入り口近くの診察室に通された。マルガに抱えられて、だけど。

 狭い部屋の隅にある簡素な寝台に寝かされ、簡単に診察を受ける。

 一通り終わったようで、院長がマルガに向かって口を開いた。先程までとは違い落ち着いた声だ。


「そちらのお嬢様は、もう6歳になって魔眼検査は受けておられるのですかな?」

「ええ、当然ですわ。でなければ外出などさせられませんもの」

「ふむ……妙ですな。己の魔眼を識ることで発せられる魔力は普通安定する……だがお嬢様の魔力は不安定なようで。いや、急に不安定さが増したように見受けられますな」

「……やはり検査に不備が?」

「さぁ、そこまでは何とも。お嬢様の魔眼は珍しい精神干渉系のようで、ありゃ普段から無意識に撒き散らしてるんでは?」

「…………ええ」

「いやいや! それは別に構わんのです! 桁外れの魔力だが、放っておいてもそのうち制御も出来ますのでな。なんとか抵抗(レジスト)も出来ましたし。しかし、今回のは別物(・・)のようで」

「別物……ですか?」

「ええ、先程検査は受けたかと問うたのですが……何故か前に診た検査前の子供の魔力反応に似とるのです。これはもしかすると…………」

「…………サラ様が、可能性はあると仰っておりましたわ。しかし、そんなことが本当に?」

「それは調べてみなきゃ分からん。とりあえず研究所の連中に再検査の依頼をすべきですな、もちろん手順は逆に(・・・・・)

「承知しておりますわ」


 とりあえず2人のほとんど意味の分からない話に区切りが付いた様子なので、わたしはゆっくりと身を起こした。

 それに気付いたマルガがすぐに寄って来る。気分は悪くないか、頭は痛くないかなどとめっちゃ心配された。


「だいじょーぶだよ」

「ええ! そちらのお嬢様は健康そのものなのでご安心を! この後も予定があるとのことですが、行っても大丈夫だと太鼓判が押せますのでな! ははははは!」


 あーこの院長、子供の患者の前ではキャラを作るタイプと見た。しかしまぁ、予定通り街を見て回る許可を出して貰えたのは嬉しい。

 当然過保護なマルガは渋ったけれども、わたしと院長のタッグの前に最終的には折れてくれた。

 せっかくのお出掛けを中断したくないしね。使えるものは何でも使いますとも。



 院長は次の患者がいるからと、見送りはせずにすぐに奥へと引っ込んでしまった。やっぱりこの状況は忙しいらしい。

 代わりにと見送りをしてくれたのは大人しそうな薬師の女性。いや、大人しそうというか完全にビクビク怯えている。

 そりゃもうこっちが心配になるくらい頭を下げまくって謝っていた。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! 院長はあんな人ですが優秀な癒術師なので手が離せない立場でして……今日はモーシーボアが畑に出たせいで新人冒険者の怪我人が続出しておりましてですね、普段ならここまで忙しくはないのです。何卒ご容赦を!」


 ……うん、なんか可哀想になってきた。

 やっぱり貴族を怒らせたら首が飛ぶような世界なのかな? それはなんだか嫌だなぁ……。


 一通り謝り倒した彼女は、それからおずおずとマルガに話しかけていた。

 ん? まだ何か用件があるのかな?


「あの……申し訳ございませんが、一つお尋ねしても?」

「何でしょう?」

「そちらのお屋敷に、高名な薬師であらせられるゼンタ・ワグネル女史がお勤めだという噂は本当なのでしょうか? あぁいえ! このような質問は非常識ですよね、本当に申し訳ございません……」

「あー……そのゼンタなら確かに勤めておりますが、何か?」


 途端、顔色の悪かった薬師の表情がパァっと明るくなる。

 それどころか興奮して小躍りしかねない勢いだ。


「わ、私ファンなんです!! あの方の開発した薬はどれも本当に素晴らしくて……色々と伝手を使って、あの方の論文の解読にも協力したことがあるんですよ!」

「解読? あぁ、彼女の書く文字は本当に汚いですからね。私も苦労した覚えがありますわ」

「あれは天才にしか書けない崇高な文字ですから!」

「金遣いも荒くて、隙あらば周りの人間に金の無心を……」

「研究のためには私財すら惜しまないという事ですね!? さすがです!!」

「いつの間にかお屋敷を抜け出して仕事をサボりますし……」

「フィールドワークを欠かさない研究者の鑑です!!」


 あのゼンタのファン……そういえば実績だけはあるんだっけ。きっと本人を目にしたら幻滅するんだろうなぁ。

 あとなんか会話が噛み合ってないけど、色々と大丈夫なのかな……?


 それからその自称ファンさんは、ゼンタが如何に薬学の発展に貢献しているのかを語ろうとしていたのだけど、話が長くなると判断したマルガは早々にそれを食い止めていた。

 それでも後日ファンレターを送っても良いと言質を取っていた辺り、この人もかなりの強者かも知れない。


 まぁそんなことより、次の目的地のショッピングが待ってるんだけどね。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 結果から言うと、ショッピングは色々と残念だった。


 いや、街一番の店と言うだけあってお店の外観も内装も、品揃えだって悪くはなかったんだよ?

 お屋敷では見られない珍しい品や、この世界特有の文化の香りがする意匠も楽しめたし。


 ただねぇ……店員さんが、ね。

 なんかテンションが振り切れててものすごい値引きを始めた挙句、最終的に貢ぎ物として色々渡してくるんだもん。

 そんなのさすがに受け取れないと断ると、なんか人生に絶望したような顔になるし……。

 始終そんな感じのお買い物だったから、思いっきり楽しめなかったんだよねぇ。



 ……うん、これはもうアレだよね、魅了の魔眼のパッシブ効果。

 いや、お母様からそういう話はなんとなく聞いていたんだけど、今まで実感が持てなかったんだよね。

 だってわたしの周りの人にはそんな違和感感じないんだもん。

 まぁパッシブ効果程度で簡単に魅了が発動するとは思えないから、よっぽど相手が悪かったんだと思う。

 こういうのって、効きやすい人とそうでない人がいるらしいし。

 それでもまぁ、あの店員さんも子供の客にサービスしようという心意気が溢れちゃっただけだよね、きっと。元からそういうタイプじゃなきゃあんな行動取れないもん。

 きっと子供好きな良い人だったはずで……そう思うとなんだか悪いことしちゃった気分になるなぁ……。


 よし、ずっと後回しにしてたけど魔眼の制御について試行錯誤してみようかな。

 でもお母様は、魔眼を使うと言うことは魔力を使うことでもあるから学校で習うまでは試さないこと、って言ってたっけ。

 んー……でもでも、わたしは別に魔眼を使うつもりはない訳だし、むしろ逆なんだから良いよね? うん。

 まぁ、そういう方向性で帰ったら相談してみようかな。



 そうそう、買い物の方だけど一応アクセサリー買ったんだよね。なんか高そうなやつ。

 わたしとしてはアクセサリーとかあまり興味ないんだけど、マルガが勧めるものだから……ね。

 それにアクセサリーといっても軽い魔術が掛けてあるらしく、夏に便利な汗のベタつきを防ぐ効果が……って、そんなスプレーが日本にはあったなぁ。使ったことないけど。

 価格は値下げして8000C(クレ)って聞いたけど、まだこの世界の貨幣価値が分からないんだよなぁ……安いの?

 ちなみに本当は飾ってあった綺麗なナイフが欲しかったんだけど、子供には早いと却下されたんだよね。ぐぬぬ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬車に乗り込んだところで、マルガが言った。


「お嬢様、やや多めに時間が余ってしまいましたが、予定は全てこなしたのでお屋敷に戻りましょうか」


 えっ、もう終わりだっけ!?

 んー、でも時間があるなら……。


「ねぇマルガ、行きたいところがあるの」

「えっ!? 行きたいところ……でございますか? お嬢様」

「うん!」

「えーと、一応どこに行きたいのか聞きましょう。叶えられるかは難しいところなのですが……」

「ふふっ。 それはね……ぼーけんしゃギルド!!」

「…………えっ?」



「ぼーけんしゃギルド!!」


「桃太郎異譚 喪太と模郎の鬼退治」という短編も一緒に投稿しました。

全く毛色の違う作品ですが、興味のある方は是非どうぞ。

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