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17.社会科見学 その1

お待たせしました

 いやー楽しい子だった、あのジゼルって女の子!


 わたしが広場で馬車から降りてみたら目の前で蹲っていたものだから介抱したのだけど、ついでに様子見がてら軽く話してみたところ、なんか思いの外盛り上がったんだよね。

 知りたかった街の話なんかもたくさん聞けたし、何より初めて近い年齢の子と話すって機会が新鮮で楽しめた。

 でも何故かジゼルからの質問がやたら偏ってて、「許嫁はいるの?」とか「じゃあ好きな人は?」とか「どんな女の子がタイプ?」とか……いや、普通女の子のタイプは女の子には訊かないよね?

 まぁ女の子って恋バナが好きだと言うし……でもあの子8歳らしいけど、もうそういう年頃なのかな?


 ジゼルはとても明るく活発な女の子で、何よりも踊るのが好きなのだそうだ。

 実際に軽く踊ってみせてくれたけど、肩まで伸びた亜麻色の髪を揺らしてクルクルと踊る様はとても綺麗で、まるで元気いっぱいの妖精のようだった。あ、ちなみにこの世界には妖精とか精霊とかもいるらしいけど、何がどう違うんだろう?


 本当はじっくり話したかったけど…マルガの苦言もありジゼルとは別れて、わたしは引き続き馬車で街を回ることとなった。

 …そういえば去り際にそのマルガが「中々見所のある子供でした」とか呟いてたけど、マルガもジゼルを気に入ったのかな?



 さて、先ほどの広場はおよそ街の中央に位置し、そこから西側…わたしたちの来た方…は住宅や小さな商店、工房などが密集していて、大きな施設や市があり賑わうのは東側だそうだ。

 当然街の東の出入り口が街道に面していて、人の出入りも活発らしい。

 街を見て回ると言っても西側を覗いても仕方がないため、わたしたちが向かう先はその東側だ。

 今回巡る予定なのはその中でもこの街の要である官署と治療院、あと観光?として街一番のお店。

 最初に赴く官署は、まぁ簡単に言うと役所のようなものらしい。とはいえ普通の人が事あるごとに訪れるような場所ではなく、街の管理をする役人の事務所的な機能と、他所から偉い人が来たときの歓待及び宿泊場所を担う施設とのこと。

 わたしは領主の娘としてそこの役人にご挨拶して、ついでに職場見学と洒落込む訳なのだ。

 …あんまり面白くなさそう…。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 はい着きましたお役所…じゃなくて官署だっけ? 言い回しの違いが分からない。

 まぁ街の中央部にある建物だから、広場からは東に進んですぐだったんだけど。

 見た感じお役所と言うよりは屋敷みたいな作りだ。と言ってもうちのお屋敷とは比べちゃ可哀想な規模だけど。

 馬車を降りると既に入り口前には役人らしき正装に身を包んだ人たちが並んでいて…って、こんな光景はちょっと前にも見たっけ。

 そんな様子を伺いつつ、わたしは手を引かれながら背筋を伸ばし、更に足元を見ないよう意識しながらゆっくりと馬車を降りる。

 幼女とはいえ貴族令嬢らしく気品を出さなければならない場面だ。まぁ、役人には下っ端貴族も多いらしいしね。


 …さて、ここでわたしはどう振る舞うかが問題だ。

 何も分からない幼女らしく振る舞うのは簡単だけど、それでは送り出してくれた両親の期待に添えていなのいかも知れない。

 一応わたしは前世の意識もあるため、6歳児にしては優秀な方だと思う。まぁ、日頃の教育のおかげでもあるのだけど。

 最近では勉強時間以外もお父様の書斎から持ち出した本を片っ端から読破して、様々な知識を絶賛吸収中だ。幼いせいか物覚えが良く、楽しくて仕方がない。

 それにやっぱり前世の癖なのか、部屋に篭って本を読むと落ち着くのだから仕方がない。元々勉強も読書も好きだったし。

 そういえば、どうやらお母様が寝室以外に持っている部屋にも書棚があるらしいのだけど、部屋がどこか分からないし教えて貰えない。…何故なのだろう?

 まぁとにかく、街の役人と話が出来る程度の実力はそろそろ持てたと思うから、それを試してみるべきではないだろうか?

 というかちょっと試したい。こういう経験は早いうちに積んでおきたいし、やはり自らの実力はちゃんと知りたいし。


 決めた。

 ここはちょっとだけ大人っぽく振る舞おう。この世界における礼儀作法の勉強成果と読み込んだ知識、そしてお母様の動きを参考に。

 お母様はとても綺麗な人だと思う。姿形は言うに及ばず、その立ち振る舞いも美しい。常に自信に満ち溢れた表情も、力強さを感じて凛としている。

 なんというか、完璧な『出来る女』みたいな感じ? それでいて母親らしい慈愛と、無邪気な笑顔まで持っているのだからある意味最強かも。

 …だからこそ、わたしはそれを模倣(トレース)する。形から入るのではなく、心からなりきるイメージで。


 そのイメージが思うのとはちょっと違う形で反映されることに、わたしはまだ気付かない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 今日は領主の(ガキ)が見学に来るらしい。全く忌々しいことだ。

 ここは子供の遊び場じゃないんだから普段なら問答無用で断るところだが、相手が相手なだけにどうしようもなかったらしい。

 全く使えん補佐だ、そんなもの適当な理由をでっち上げて無理だと言えば良いのだ。

 事実ワシは忙しい。今日だってこれから商人と会談(酒盛り)をする約束だったのだぞ!?


 しかしまぁ、これを機会に領主との繋がりが出来るのならば儲けものだ。

 あの領主は防衛こそしっかりしとるが、この街カルコサの発展には全く興味を示さんからな。そもそも通過する馬車も確認したら従者しか乗ってないのだぞ?

 魔物の脅威があるとはいえ、これほど豊かな土地なのだ。足掛かりさえあればワシはもっと上に行けるはず。


 だからまずは娘とやらをなんとかして…ふむ、とりあえず菓子でも渡して、あとは適当に褒めておけば良いだろう。子供なんてそんなものだ。

 調子に乗ったお子様がワシのことを領主に…いや、むしろ調子に乗せて書類のひとつでも駄目にさせ、それをネタに交渉するというのはどうだ?

 まともに字も読めん子供なら、言いくるめは幾らでも出来る。それに領主の子の判を取り消しも出来んだろうて。

 ククク…さぁて、どう料理してやろうか。



 お、ようやく(ガキ)の馬車が来たか。このワシを待たせるとは、どうせ生意気に育った馬鹿な子供に違いない。

 …ほう、立ち振る舞いだけは認めてやらんでもないな。うちの(オーガ)…もとい(オーガ)が酷いだけかも知れんが。

 それにしても聞いた話ではようやく表に出せる6歳になったはずだが、背が低いからそうは見えんな。

 見たことはないが領主夫人は絶世の美女と名高いと聞く。

 なるほどこの娘もよく似て……て……


……

…………

………………


……しゅきぃー♡……




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 官署の前に並ぶ役人たちを前に一通り顔を見てから優雅に一礼して、挨拶を述べようと再び顔を上げたところ……一番前で偉そうにしていた豚みたいな役人の表情が凄いことになってた。

 首は脱力し変な角度に傾き、目はグルリと白目を剥いて、口は半開きで舌を突き出し……一言で言うならアレだ、いわゆるアヘ顔ってのになってる。

 っていうか、他の役人全員も放心しているのか跪いて口からエクトプラズムでも出そうな感じの表情その他だ。

 そのなんとも言えない光景にわたしは思わず後退る…と、後ろに控えていたマルガが素早く彼らに近付いて、次々と口に黒い丸薬のようなものを押し込んでいく。そして振り返ると爽やかな表情で


「大丈夫ですわお嬢様、この者等は陽気に当てられたのでしょう。今薬を与えたのですぐに復活するかと」


 と言った。

 その言葉を裏付けるかのように、間もなく役人たちはビクンビクンと痙攣を始め…って大丈夫なのこれ!?

 何も言えずに見ていたら、やがて痙攣は落ち着いて立ち上がった。…まるでゾンビのような動きで。

 呆気にとられるわたしの横で「さすがゼンタの新薬、良い臨床データが取れますわ」と呟くマルガ。って、まだ臨床データのない新薬なの!?


 立ち上がったゾンビ…もとい役人は緩慢とした動きで一礼し、挨拶の言葉を述べ始めた。言葉の端々に「あ゛ー」とか「ゔぅー」とか混じるのは、意外とあんまり気にならない。

 だってその挨拶の内容が神々への感謝に始まり、わたしのことを事もあろうに「女神」とか讃えまくり、 最後には「この命に代えても案内役を全う致します」などという宣誓で締めくくられていたのだから。

 ちなみにマルガはその様子をつぶさに観察しメモを取りつつ「理論通りの効果ですか…脳を損傷させる劇薬も配合比を変えただけでこのような…」と漏らしていたような気がしたけど、きっと空耳だろう。空耳だと信じたい。


 っていうかアレだ、きっとこの挨拶は貴族の上下関係における胡麻擂りってやつだと思う。ちょっと大袈裟な気もするけど、こっちの世界ではこんなものなのだろう。

 跪いてこちらを見る目がなんか気持ち悪いくらい澄んでてキラキラして見えるのは、きっと暑さのせいだと思う。日本の夏を少しでも知るわたしにはむしろ快適なくらいなのだけど、夏の陽射しを侮ってはいけない。

 わたしは気を取り直して、挨拶に対する返事を述べる。…上手く言えた、と思う。多分噛んだりしてないもん。


 建物に入ると真っ先に応接間に通され冷たい飲み物を頂いて、ここでの仕事について簡単な説明を受けた。

 …説明が簡単過ぎる。というか噛み砕き過ぎて逆に意味不明になってる。待て、その今大急ぎで書き殴ったとしか思えない下手な紙芝居は何だ。

 そもそもわたしはここに来る前にしっかり予習している。書斎にはマニュアルっぽい資料があったし、難しい箇所や近年の状況に関してはお父様の片腕でもあるレミーがいくらでも答えてくれた。

 だからその説明(という名の紙芝居)の合間に軽く踏み込んだ質問をしたりする余裕もあったのだけど、質問をする度に讃えられるという謎の状況が発生したりした。

 ……うん、もう黙ってた方が良いね。大人しくしてよう。



 そんなこんなでざっくりとした解説と施設見学を終えて、わたしは丁重な挨拶(という名の祈りの言葉)に送り出されて馬車へと戻った。

 一応最後にお仕事頑張ってね的な労いの言葉をかけたところ、なんか怖いくらいやる気を見せてたけど気にしない。だって怖いもん。

 いくら領主の娘相手だからって、たかが6歳児に対してそこまでアピールするのはどうかと思う。

 確かこの責任者の人って子爵家…いや男爵家だっけ?の家系だったと思うのだけど、上の貴族に対してはそこまで媚びへつらうのがこの世界の常識なら…貴族やだなぁ…。

 お母様、跡継ぎの弟とか産んでくれないかな? そしたら将来何とかして家を出奔したり出来るのに。

 まぁわたしみたいなのが一人で生きていけるとは思わないから、全く現実的ではない現実逃避な訳だけど。


 さて、気を取り直して次の見学に行こう!

遅くなった理由は色々あるのですが……おっさんの気持ちをトレースするのがつらかったんです……つらかったんです……。

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