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16.町娘ジゼルの決意

前回説明した記号は付けましたけど、今回は別人視点です。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 あたしはジゼル、多分この街で一番可愛い女の子…かしらね?

 ちょうど家の仕事の手伝いの仕上げに、近所に買い物に行くところなの。

 どうせならこのまま散歩にでも行ってしまいたいくらい素敵なお天気だけど、あいにくとあたしには時間が足りない。

 …まぁ時間が少しでもあると、ハンスのやつがどこからともなくやって来て、その相手だけで潰れるのだけどね。


 いや、ハンスは若干ウザいけど嫌いな訳じゃないのよ? 採れたての野菜もくれるし。まぁこの前、ついに告白してきたその返事についてはまだ少し悩んでるけど…。

 あたしももう8歳なのだから、世の中の酢いも甘いも一通り知ってるわ。だから、お隣のミルタ姉さんの語る物語に毎回毎回毎回(毎回!)出て来るような、誰もが羨むような素敵な恋人が待ってればやって来るなんて思っちゃいないの。

 だからとりあえずは妥協して、仕方なくハンスと付き合ってあげて、でもきっとそのままなんだかんだで夫婦になって、子供が出来て、至って一般的な平穏な人生を……分かってはいるけど、あたしにはそんな退屈な人生がお似合いって訳なのね。


 あーあー! そう思わず声に出しながらあたしは軽くステップを踏んでクルリと回る。

 街のお祭りで鳴らしたダンスの腕前はちょっとしたものよ? それにここは憩いの中央広場なんだから、ちょっとくらい踊ったって誰の迷惑にもならないに決まってる。

 あたしは頭の中のモヤモヤしたものを回転の勢いで吹き飛ばすように、クルクルクルクル……と、回る視界の中でいつの間にか広場の人の数がすっかり減っていることに気付いた。

 いや、人はいるにはいるのだけど、皆隅っこの方で何かを窺うようにしている…?

 ようやく回るのをやめたあたしの目に飛び込んで来たのは、立派な馬と立派な立派な馬車だった。


 あれは…貴族さまの馬車?

 街に出入りしている乗合馬車よりは小さいけれど、白くてキレイな飾りがたくさん付いていて、何より丸っこくて可愛らしい。

 ミルタ姉さんのお話に出て来た、お姫さまが王子さまのお城へ行くときの馬車は、きっとこんな感じなのかしら?

 そしてその馬車に刻まれた紋章は子供でも知っている。西側の畑の向こうにあるという、大きなお屋敷に住む領主さまの紋章だ。

 えっ、あまりお屋敷から出ないっていう領主さまが、まさか街に来たの!?

 そんなことを考えていたあたしは、ついうっかり距離を取ることも忘れて、目の前で御者の人が馬車の扉を開けるのをまじまじと見ていた。



 そして馬車から手を引かれて降りてきたのは、キレイな金髪の小さなお姫さまだった。

 少し背が低いけど、歳はきっと5つくらい? 白が眩しいブラウスには細かいフリルが縫い付けられていて、色鮮やかなふんわりしたスカートや胸元のリボンとの対比が印象的でとっても素敵。

 少し気になるのは、その上下とも見たことのない変わった形のワンポイントが添えられてること。可愛らしいから良いのだけど。

 髪はふわふわ、肌は雪みたいに白くて、小さな唇はそこに咲いた可憐な花のよう。前にこっそり覗いた、この街で一番立派な店の奥にチラリと見えた人形よりもずっと整った顔立ち。

 そして何より、世界中の宝石の光を全部詰め込んだような不思議な目は……目、は…………。



……

…………

………………ッ!



 ガラガラと音を立ててあたしの中の全てが崩れ、そして一瞬で塗りつぶされる。

 嵐のように激しいのに、お祝いのお菓子よりも甘いそれは、あたしにはとても止められない。止めようとも思えない。

 追い立てられ、かき混ぜられ、全部洗い流されたあたしにたったひとつ残されていたのは……そう、愛。


 あたしは「真実の愛」を理解してしまった。


 今ならミルタ姉さんが夢見る瞳で垂れ流していた言葉の意味が全て手に取るように分かる。ううん、それどころじゃない。

 ミルタ姉さんは「人は人生の中で唯一の愛を掴むことを望む」とか言ってたけど、ちょっと違う。きっと人は愛を求めるために生まれ、愛がなければ生きられない。

 ……そしてその、あたしにとっての愛、あたしの命そのものは、今目の前にいるお姫さまのカタチをして立っている。

 それはあまりにもキレイで、眩しくて、見ているだけで胸が痛くて……なのに、ううん、だからこそ今のあたしがどんなに頑張って手を伸ばしても、絶対に届かないことも同時に気付いてしまっている。

 お姫さまの隣に立てるのは、そこに立つことを許されるくらい立派な人だけ。だけどあたしは立派でもなんでもない。石の下にいる虫か何かと良い勝負だ。

 あたしはその事実に絶望して……気が付いたら、その場に膝を折って震えていた。今は夏なのに体がとっても冷たい。

 …………あぁ、今すぐ消えてしまいたい。そう思いつつ、あたしは意識を……


 と、肩に小さく温かな感触がして、何かが聞こえた。



「…………ぶ? だ……ょうぶ? ねぇ、しっかりして?」



 ……天使の、声? ううん、違う。これは間違いなくあのお姫さまの……っ!?!?

 あたしは勢いよく顔を上げて、その瞬間あのキレイな瞳を見つめてしまって、びっくりし過ぎて息を…今までずっと止めていた息を思いっきり吐き出して、むせる。

 げほげほとなかなか止まらない咳に涙目になっていたら、天使…じゃなくてお姫さまが心配そうに背中をさすってくれた。嬉しくて泣いてしまいそうになる。

 だけど今泣いたら絶対お姫さまが困る。っていうかこの状況がお姫さまを今も困らせ続けている。

 あたしは全力で…本当に8年の人生の中でも間違いなく一番の全力を振り絞って…咳も涙も引っ込めて笑顔を作った。


「え、あ、う、だだ大丈夫よありがとう。えーと…領主さまのところのお姫さま、よね?」


 一瞬頭の隅っこに「偉い人にはケイゴ」とか言うどこかで聞いた言葉がひょこっと現れたけど、よく意味が分からないし全力で空回り中の頭では考える余裕がない。

 まぁそんなことはともかく、お姫さまはわたしの顔と言葉に安心してくれたようで、輝くような笑顔で口を開いた。


「ええ、領しゅの娘でティーシャっていうの。あなたは?」

「あああたしはジゼルよ! ありがとう!」


 おっと、またありがとうって言っちゃった。まぁお礼ならいくらでも言いたいし、正直なところ生きててくれてありがとうくらいの心境なのだけど。

 そんなあたしの言葉が面白かったみたいで、お姫さま…ティーシャさまはクスクスと笑う。

 そして


 「元気そうでよかった。じゃあジゼル、立てる?」


 そう問いかけてくれる。

 って、しゃがみ込んでいるティーシャさまのスカートの裾が石畳に触れちゃってるし!

 すぐ払ってあげなきゃ! でもでもきっとあたしの手のほうがずっと汚れているし、何よりティーシャさまの服に触れるなんて出来ない!!

 頭の中をグルグルさせているあたしに気付いたのか、ティーシャさまはもう一度安心させるように微笑んで、あたしの手を取って一緒に立ち上がる。って、手!!

 びっくりしてなのか手が震えて止まらない。あと変な汗が出て来た。

 そんなあたしの変化にティーシャさまは困ったような顔をして、それから後ろに向かって声を掛けた。


「マルガ、このこを馬車でやすませ…え、それはだめ? じゃあ水を!」


 いつの間にかすぐそばに立っていた召使いっぽい人が、ティーシャさまに水筒を渡…って怖っ! この召使いの人怖っ!!

 なんというか、黒よりずっと真っ黒な何かが全身から漏れ出てる感じ。怒ってる、この人顔に出てないけど絶対怒ってる。

 いや、普通の人はどんなに怒ってもこんな感じはしない。なんというか、この人はきっと強い毒。大鍋いっぱいに毒虫を詰め込んで戦わせて、最後の1匹になったのを地獄の底に投げ込んで1000年くらい熟成させた感じ?

 しかも、それでも表情は全く変わってなくて、普通にキレイなお姉さんって感じなのが最悪。きっと向けられているあたし以外、誰も気付かない…いや、気付かれないようにしてるんじゃないかな?


 まぁ、そんな怖い人のことはティーシャさまがお水を差し出してきたことで頭から吹き飛んだのだけど。

 その味は微かに甘酸っぱく爽やかな香りがして、こんな素晴らしい水をもらえるあたしはきっと特別な存在だと…ハッ!

 み、水を飲むだけで意識が飛びかけるとは思わなかったわ…。でも、おかげで落ち着いたかも。



 それからあたしたち二人は広場に置かれているベンチのひとつに腰掛け(ティーシャさまはベンチに布を敷いて座っていた)、色々なお話をしたわ。

 あたしの日々の暮らしの話なんて何が面白いのか分からないけど、何を食べてるのかとか詳しく知りたがったりしてたわね。

 時間としてはほんの10分かそこらだったと思うのだけど…それは幸せがギュッと詰まった、素敵なひと時で…あの召使いの人の怖い視線を除けば、だけど。


 話は適当に切り上げられて、ティーシャさまは街を見学すると言って去って行った。

 あたしは胸が痛くて、思わずその背中に叫ぶ。


「秋になったらあたしの好物のカボテイルがとれるわ! 友達の(・・・)ハンスの家が育ててるの、必ず届けるから…っ!」


 あたしを忘れないで、って言葉は口に出せなかった。

 また会おうねって言ってくれたけど、きっとそんな機会は来ないわよね…。

 ……でも、あたしから会いに行けたなら話は別だと思うの。あたしは何をしてでもティーシャさまの近くにいたい…。

 同じ貴族さまになるのは逆立ちしたって無理だけど、召使いなら? …いや、召使いってあんな怖い人のことでしょう? あんな人と同じ仕事なんて考えたくもないわ。

 そんな時ふと見送る視線の先で、キラリと何か光ったわ。それは、ずっとティーシャさまの近くにいた鎧の人…。アレって騎士の人よね?

 よく思い返してみたら騎士の人は二人いて、そのうち片方は女の人だったわ。つまりあたしも騎士になれるんじゃ…?

 頭の中がグルグル動いて、あたしの知る騎士の話が次々と思い浮かぶ。その中に、ミルタ姉さんが話していた騎士とお姫さまの物語があった。

 騎士とお姫さま! そう、騎士はお姫さまを守り、二人は色々乗り越えて最後には結ばれるの…むっはー!


 決めた! あたし騎士になってティーシャさまを守るわっ!!

おかしい…プロットにはこんな娘いなかった…誰だこいつ…

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