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14.初めてのお出掛け その4

 ゴブリン…そうゼンタは言った。何故かとても嬉しそうに。

 しかも手にしていた黒い塊…ゴブリンの落し物…をどこからか取り出した皿の上に乗せ、指を突っ込んでほぐし始める。

 …いや、何してんのさゼンタさんや。

 わたしのそんな思いが届いたのか、彼女は指の動きを止めないまま語り始めた。


「お嬢様、動物の糞は情報の塊なんスよ? 形と大きさと色、そして匂いだけでも覚えておけば概ね落とし主は分かるものッス。ほら、この強烈な匂いはゴブリン特有だから簡単ッスね、やつら何でも食うッスから」

「…………」

「更に詳しい情報も得られるッスよ? ほら、表面は僅かに乾き始め中はしっとり…ざっと2時間経過ってとこッスね。中身は…おー、森向こうの山の麓に生えるシダがあるッス。ってことは距離から考えてほぼ直線でこの辺りまで来たってとこみたいッス」

「………………」

「そしてこの小骨…ちょっと種類特定は時間かかるッスけど…は何か小鳥のものッスから、ゴブリンは小鳥を狩る手段を持っている、つまり想定される武装は」

「ゼンタ、お嬢様が引いてますからやめなさい。それでゴブリンの数は分かりますか?」

「コレ含め痕跡は少なかったからとりあえず多くはないッスね。やつらは長距離を移動するときは分隊を組むッスから、まぁこの辺に居るのは多くても20匹ってとこッス」

「なら索敵込みで騎士が4人も居れば事足りますね。私はお嬢様を送り届けてから報告し人員を派遣します。貴女はそれと一度合流し話を付けてから引き続き調査をお願いします」


 なんかテキパキと指示を飛ばすマルガかっこいい…隊長ってあだ名も納得かも。

 そんな指示を聞きながら、ゼンタは手を回して腰の後ろでリボン結びになっていた部分をキュッと引く。

 するとロングスカートがひだを作るようにたくし上げられ、スラリとした脚が大きく露わとなった。少しばかりスパッツっぽいのが覗く。

 えっ、何その可変機構!?


「よし…指示は了解ッス。とりあえず推測ッスけど、あの山に何かあって移住先を探し迷い込んだ可能性が高いッス。知っての通り、この森は例のキノコのせいでゴブリン向けの環境じゃないスから。この場所に辿り着いたのは絶対に隊長のせいッスけど」

「……タイミングが悪かっただけですわ」

「ゴブリンが群れごと棲家を変えるときはまず先行隊が何組か動いて、場所を決めてから本隊が大移動するッス。この森に定着する可能性は低いッスけど、別働隊が街の近くに定住先を見付けるかも知れないッスね」

「それは面倒ですわね。ゼンタ、本隊位置の特定は?」

「3日あれば…と普段なら答えるッスけど、ボーナスは出るッスか?」


 マルガは一瞬だけ眉を寄せ、それから無言で指を3本立てた。


「十分ッス、ざっと2日未満で何とかするッス」

「チッ…頼みましたわ……」

「おーこわいこわい。じゃ、お嬢様をよろしくッス!」


 そう言い残して、ゼンタはあっという間に森の中へ消えていった。辺りに静けさが戻る。

 いつの間にかわたしの周囲は、先程までより密に女性騎士たちにより固められている。その表情から、警戒のレベルが上がったことが感じられた。

 …まぁ、相手が何であれこんな幼女が足手まといじゃ戦いづらいだろうし、ましてや護衛対象だもんね。ご迷惑お掛けします。



 行きとは違いわたしはマルガの腕に抱かれ、半分程の時間でサクサクと森を抜け馬の待つ地点へと戻る。

 馬たちは森入り口の木に縄で繋がれていて、悠々とそこら辺の草をモシャモシャやっていた。

 そんな管理で大丈夫かなとも思ったけれども、後で聞いた話によると馬の首に下げられた家紋入りの鳴らないベルのようなものが魔道具らしく、簡単な魔物避けになっているのだとか。

 ただしこの魔道具は強い魔物には逆効果となる上、森の中ような魔物が多数生息する環境では効果が薄くなるので、意外と用途は少ないという。

 ちなみに家紋入りなのは高価な魔道具及び馬の所有者を示すためであり、ついでに領内で領主(ルルー家)の持ち物に手を出す阿呆は居ないので、両者の平穏のために必要だからだ。


 そんなお金のかかった馬に乗って(当然紐でマルガに固定されて)行きよりも若干早めの足取りでわたしはお屋敷に戻った。

 なお、ゼンタの乗る馬は連れ帰ってた。

 ……初めてのお出かけは、ちょっぴりドキドキもあって楽しかったなぁ。


 えっ、ゴブリンとの遭遇とかないのかって?

 そういう危ないことを、わたしみたいな幼女に期待するのがそもそも間違ってると思うよ?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それからの一週間、お屋敷で変わったことと言えばお父様の姿を一度も見かけなかったくらいであんまりわたしには影響はなかった。

 その代わりに何度か、この世全てのストレスを背負いこんだみたいな顔で笑うレミーを見かけたけど…まぁ、つまりお父様は騎士団の陣頭指揮か何かに行っちゃったってことだと思う。

 もちろんお母様は普段通り。下手に出陣して森の地形を変えちゃ駄目だもんね。


 その後満足げな顔で帰って来たお父様が夕食の席で聞かせてくれたのだけど、騎士団はやっぱり色々忙しかったらしい。

 万が一に備えての防衛線の構築、近隣住民への説明と指示、そして何班も森へ分け入り捜索と殲滅を行い、お父様自身は途中から指揮だけでは飽き足らずそれぞれの部隊に一通り混じっていたのだとか。

 ……お父様、それ絶対遊んでただけだよね? そんなに仕事するのが、嫌なの? いつかレミーに刺されるよ?

 ついでに案の定、お父様は食事を終えると同時にレミーによって連行されていた。


 まぁそんな感じで、このゴブリン騒動は被害が発生する前に結末を迎えたみたいだ。

 わたしとしてはゴブリンの姿をちょっと見てみたい気もしていたのだけど、流石に色々と無理があるから早々に諦めている。

 ついでに言うと、ゴブリンは醜悪でとっても臭いらしい。ならそんなのはこっちから願い下げだ。



 あ、そうそう。落ち着いたのならマルガに休暇あげなきゃね。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「それで、ゴブリンの被害の心配はもうないのですね?」

「はいッス、マルガ隊長。ゴブリン本隊は壊滅ってか狩り尽くして、ちゃんと女王(マザー)も始末したッスから」

女王(マザー)?」

「ん? ゴブリンの母体ッスよ、同じ群れのゴブリンは皆一体の雌から産まれるッスから」

「ゴブリンは人間を襲って繁殖するのではなくて?」

「ははーん、そんな俗説を信じちゃってんスかマルガ隊長は。人間を苗床にするのは同じ人型でも別種の魔物ッス。まず前提として、ゴブリンは真社会性の魔物ッスよ?」

「分かる言葉で説明しなさい」

「んー、要するに繁殖を行う雌を頂点とした社会構造が存在し、下位の個体は繁殖出来ない…もしくは抑制されているってのが真社会性の魔物の特徴ッスね。だから狩り担当のゴブリンは基本的に繁殖が出来ないッス」

「えっ、でもゴブリンが人間を性的に襲うってのは…」

「あー、それは『ストレス発散』ッスよ。血が合わないッスからデキることはないッス。安心ッスね」

「…………つまり、あの森のゴブリンたちは私の愛するお嬢様を己の快楽のために襲う可能性があったと?」

「ハハハ……相手があのお嬢様ッスからね、見つかったらまず間違いなく…」

「ゼンタ、ゴブリンコロリの大量生産を命じます。まず領内のゴブリンを絶滅させますわ」

「んな無茶な!? それに毒を大量に撒いたりしたらどんな2次被害があるか分からないッス。あと最悪ゴブリンが毒耐性を付ける恐れすらあるッスよ?」

「それはそれで面倒ですね……なら、ちょっとお金を撒いてゴブリン討伐の常時依頼の報酬を吊り上げましょう」

「…勝手にするッスよ…」

「あぁ、それと貴女に私の休暇の同行を命じます。この機会に行きたい場所があるので」

「えーっ!!?」

2人の休暇編は、閑話として折を見て書く予定。

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