13.初めてのお出掛け その3
お待たせしました。
あ、微グロ注意かもです。
良い子は画像検索ダメ絶対。
渦を巻いた大きな殻から出て来たもの。
ぬるりと、茶色とクリーム色のまだら模様をした、軟体動物の特徴である粘液に塗れた柔らかい胴体。
それは紛れもなく知識にあるカタツムリのそれに違いなかったけれど、ひとつだけ異彩を放つ部分があった。
——鮮やかなオレンジ色と緑色、それと少しばかりの紫色が混じる縞模様をした、本体に対し不釣り合いに巨大な一対の触覚——
醜く肥大化し、ヒクヒクと誘うように蠕動するグロテスクなそれはまるで巨大な芋虫を連想させ……わたしは全身の毛穴が開くような悪寒に思わず悶えつつも、ふと似たような特徴を持つ生物が地球に実在することを思い出した。
その名をロイコクロリディウム…かたつむりを中間宿主とする寄生虫で、極めて特異な生態を持つことで知られている。
その特徴は、中間宿主であるカタツムリを操って最終宿主である鳥に捕食させるよう誘導するという点だ。
カタツムリの体内で孵化したロイコクロリディウムは色鮮やかに成長し、宿主の触覚へと移動する。そして触覚の外見を芋虫のように変えつつ、脳を支配し本来明るい場所を嫌うはずの宿主をそこへ移動させる。
当然それは容易に鳥に発見され、芋虫のような見た目と動きから獲物と誤認されて捕食される。そうすることで最終的に鳥の糞に卵を混入させ、それをカタツムリが食べるというサイクルを繰り返すのだとか。
目の前で蠢くそれは、わたしが前世にて興味本位で開いてしまったあのおぞましい動画を彷彿とさせ……否、もっと冒涜的なナニカを感じさせる醜悪な存在だと確信出来た。
不思議なことにソレは逃げるでもなく、かと言ってこちらに害意を持つ様子もなく…むしろ何かを期待するかのように、わたしの方に向かってズルズルと這い寄って来た。
——ソレから伝わって来る、単純過ぎる感情のようなもの——
それにより瞬時にソレの望み、その理由を察してしまったわたしはSANチェック…じゃなくて強い恐怖に囚われ、小さく悲鳴を上げながら震える足で後ずさる。
だけど向こうもゆっくりと距離を詰め……ることはなく、ゼンタの手によってひょいと呆気なく捕らえられていた。
殻を抱えるように持ち上げ、その気味の悪い色をした触覚を間近に覗きながら、彼女は興奮した声を上げる。
「おーッ!! これは凄いッス! 希少なベイトパラサイターッスよ! あぁお嬢様、コイツあんまり害はないから安心ッス。さて、せっかく捕まえたッスからちゃんと『採集』もしなきゃッスねー♪」
「ゼンタ! はぁ…失礼致しますお嬢様、危険はなくとも目の毒ですので」
一瞬だけゼンタの手に握られた鋭利な刃物が見えた気がしたけど、マルガの声と同時に視界が真っ暗になった。
わたしの目を覆う暖かで柔らかい感触は、多分マルガの掌だ。しっかりと目隠しをされたわたしはちょっとだけ安心する。もうあんなのを見なくて済むのだから。
しかし実のところ。今も調子外れの鼻歌に混じって何か湿ったものを裂いたりかき混ぜたりするような音が聞こえているのけれど…わたしはそれ以上考えるのをやめていた。
音と鼻歌は間もなく止み、すぐにわたしの視界も戻る。目の前には空っぽになった殻を器用にクルクルと回すゼンタがいた。
その周辺の地面は得体の知れない液体で湿っていて、変な匂いもするけれど…なんかもう、少し慣れた。麻痺した。
思わずうんざりといった顔をしていたせいか、ゼンタはこちらを覗き込み声を掛けてくる。
「大丈夫ッスかお嬢様? 飴ちゃん食べるッスか?」
「……うー…だいじょうぶ」
「そうッスか。まぁ、さっきのはお嬢様を気に入ってたッスから、当てられてちょっとショックかもッスよねー」
「…………あのまもの、わたしに…わたしに、た…た…」
「あー皆まで言わなくていいッスから! 仕方ないッスよ、多分それもお嬢様の魔眼のせいッスね」
「まがん、の?」
「ん? 奥様から聞いてないッスか? 強い魔眼はその能力の一端を垂れ流…パッシブに展開する場合があるんスよ」
あー…うん、聞いた気がする。今思い出した。
聞いてはいたけどお母様の話は専門用語が多くてイマイチ理解出来なかったから聞き流してた気がする。
確か…えっと…
『魔眼は眼球の本来の機能である、視覚によって世界を認識する機能から拡張し、自己の認識で世界を上書きする能力を持つとされているわ。基本的に周囲のものに影響を与える場合と、自己認識により自身を変容させる場合の二つがあるけれど、どちらもまず認識を強く意識する必要があるの。けれどごく稀に強力な魔眼に限り、強く意識する必要なく曖昧な感情の揺らぎにより常時影響を及ぼし続ける場合があって、これは大気に満ちるエーテルの流れに魔力波と呼ばれる波動を…』
とか何とか? 多分この辺りのくだりだと思うけど…正直意味が分からない。
「えっと、ティーシャのまがん、で…あのまもの、が?」
「影響下にあったッスね」
「…うー…」
「仕方ないッスよ。まぁパッシブで発動するほど強力な『魅了の魔眼』なんて前代未聞ッスけどねー……そもそも『魅了の魔眼』は人族に見られないタイプで、ごく一部のサごぶがはぁっ!!?」
「ふぅ、失礼致しましたお嬢様。ゼンタのことは後程ちゃんと躾けておきますので」
一瞬、森の奥に向かって人型をした赤い流星の軌跡が見えたような気がしたけれど…何故か気が付けばゼンタが消えてマルガが謝罪していた。またもや意味が分からない。
しかしそんな些事よりも、わたしは先程のゼンタの言葉を反芻するのに忙しかった。
…魅了の魔眼、その効果…一応軽く説明は受けたし、実はほんの少しだけ自分で考えてもいたのだけど、やっぱりわたしの魔眼ってそういう系統の効果がある…んだろうなぁ。
だって名前が名前なんだもん。相手の精神に干渉して『魅了』する以外に効果なんて思い付かない。
つまりさっきの魔物…の中身の方…は、わたしに『魅了』されてあのような行動に出た、ということ?
ヤバい、これあかんやつだ。
だってね、魔物を魅了させるのは百歩譲って良いとしても、その結果わたしに危険が及ぶ可能性があるってことで…それダメなヤツじゃん!!
実はちょっぴり「意識して使わなければ問題ないかなー」とか思ってたけど、どうやらそうはいかないみたいだ。
あれ? でもわたしの周りの人…お母様やお父様、それからお屋敷の人達にも影響が今までもあったってこと?
んー……そうは見えなかったんだけどなぁ?
よし、ちょっと訊いてみよう。
「ねぇマルガ?」
「はいお嬢様」
「マルガはティーシャのまがんの、えーきょーかにあるの?」
「えぇもうばっちりと…ではなくて、もちろん影響されてなどおりませんわ」
「そう?」
「はい。あぁでもお嬢様、魔眼など関係なく私は心よりお嬢様を敬愛しておりますわ。生涯忠誠を誓い、この身を邪なるモノを祓う毒…ではなく刃として使ってくださいませ」
「…お、おう」
おっと、思わず素が出た。
だってマルガがいきなり跪いてわたしの手を取り、その甲に額を当てるんだもん。
なんか言ってることも物騒だし、こっちの世界の使用人ってそういうノリで仕事する人達なの?
でも…わたしを大切に思ってくれてるなら、嬉しいかな。
と、仕事熱心なのは良いと思うけど…よく考えたらマルガはまだ15歳だ。青春真っ盛りだ。
ちゃんと青春は謳歌して欲しいし、あとこの年頃の女の子は恋に恋すると何かで読んだ気がする。
ならばあまり仕事にばかり力を入れていては駄目だ。使用人の仕事は大変そうだし、だからこそたまには羽を伸ばして貰わなきゃ。
思えばマルガは毎日欠かさずわたしの世話をしている。休暇…はいつ取ってるんだろ?
「えーとマルガ、きゅーかはとってる?」
「休暇…? あぁ、そんな言葉もこの世には存在してましたわね」
「!?…………こんど、きゅーかあげるね」
「!!?? わ、私に休めと!?」
あ、なんか驚いてる。そんなに休暇欲しかったんだね。可哀想に。
よしよし、帰ったらお父様とレミーに直訴して一週間くらいポンとあげちゃうからね!
そんなことを伝えると、マルガは泣いて喜んでくれた。なんか「お嬢様のお世話が出来ないなんて…でもお嬢様から戴けるものを断るなんて私には…」とか呟いてたけど、きっと疲れているんだろう。
そんなこんなでわたしはマルガに遊んで貰って森の空気を堪能し、そろそろ帰る時間かなという頃合いになってようやく、ゼンタが一向に戻らないことに気付いた。
そのことをマルガに問うと「彼女には周囲の哨戒を命じておりますから問題ありませんわ。ついでに珍しい動植物でも探しているのでしょう」とのこと。
なんでも彼女は重度の生き物コレクターであり、ついでに集めた素材を色々加工して遊んでいるうちに薬師として高い評価を得たらしい。
あと、魔物生態学の分野においても数々の実績を上げていて……それでもお金が足りないから使用人になったって…いや、なんでそうなるのさ?
なんか濃ゆい人だなぁとは思ってたけど、今のを聞いてますます訳が分からなくなった気がする。
と、帰り支度を済ませつつそんな雑談を交わしていたら、茂みを突き破って話題のゼンタが駆け戻って来た。
軽く息を切らせ、革手袋をしたその手には何やら黒っぽい色をした小さな塊を摘んでいる。あと鼻が少し腫れているように見える。
「隊長、問題が発生したッス!」
「だから隊長は…はぁ、とりあえず報告を」
「はいッス、南西2キロ地点にてゴブリンの痕跡を発見したッス」
そう言いつつ、手にした塊を掲げるゼンタ。
…え? ゴブリンってあのゲーム序盤でよくワラワラ出て来るあの? ますますファンタジーだなぁこの世界。
っていうかゼンタ、なんかその塊…くさい。もしかしなくてゴブリンの落し物だよね? えんがちょ。
アイデアに成功してしまったあなたは0/1D3で振ってください。