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12.初めてのお出掛け その2

 大満足の食事を終えたわたしは、敷物の上でクッションに腰掛けたまま大きく伸びをする。

 見上げると木々に切り取られた綺麗な青空。綿のように柔らかそうな雲が漂い、少し強めの陽射しは森の空気で中和されて春先のような暖かさだ。

 そして耳に届くのは、風で葉が擦れるさわさわとした小さな音だけ…それに耳を澄ませていると、ゆっくりと時間が流れているのが感じられる。

 …ああ、なんて穏やかなんだろう。


 こういうとき、人って幸せを実感するものなのかな? ベッドで本を読む生活は不幸であるとは思わなかったけれど、こんな風に満たされることは全然なかった。

 空想の世界だけでは得られなかった圧倒的な情報量。ただの光と空気のはずなのに、五感全てに新鮮な驚きを与えてくれる。

 きっとわたしはこれから先、前世では得られなかった様々な体験が出来るに違いない。その全てがこんな驚きに満ちていたら、きっとこの身は弾け飛んでしまうかも。

 なんて考えたら、知らないうちに笑みが零れていたようだ。気のせいかこの満ち足りた感情そのものが、周りの空気と一体化して広がっていくように感じた。



 さて、食休みを終えたらすることはひとつに決まっている。体を動かさなくては。

 より健康な肉体作りのためには、程良い運動は不可欠。わたしは食事と運動と睡眠をきちんとこなす、健康優良児を維持しなきゃいけないのだ。


 というわけで何をして遊ぼうかと周りを見回すと、広場の端に生えた一本の木が目に付いた。立ち上がってとてとてと近付いてみる。

 微かに爽やかな香りを宿すそれは、この森で一番よく見かける黒々とした幹を持つやたら背の高い木々とは違い、建物に例えるなら大体2階くらいの高さだろうか。広場に差し込む陽射しを目一杯浴びて、悠々と大きく枝葉を広げていた。

 灰褐色の樹皮に覆われた幹はわたしが両腕を回してもちょっと抱えきれない太さで、手の届く高さ辺りで横向きに枝分かれしている。

 コレ、なんか頑張れば登れるんじゃないかな?


 と言う訳で、わたしは初めての木登りを敢行することに決めた。思い付いてしまったのだから仕方ない。

 正直なところ前世含め森で遊んだことなんて今までなかったから、何をしようか全く思い付かず困っていたのだ。

 無理にひとり遊びを考えずとも、お屋敷の庭では使用人たちに遊んで貰えるのだけどね。綺麗な手毬を使った鞠突きみたいなやつとか。

 でも基本、ちょっとでも怪我する可能性のある遊びは一切やらせて貰えない。思いっきり走るのすらすぐ止められる。もうちょっと体動かしたいんだけどなぁ。

 せっかく健康な体に生まれ変わったのだから、それを活かさない選択肢はあり得ない。それに気持ちが肉体年齢に引きずられているせいか、ちょっとはやんちゃもしたい。

 自然の中で1人でも可能なやんちゃと言えば、やっぱり木登りだよね。


 先述の通り…まぁ言うまでもなく当然なのだけど、前世でも木登りの経験などない。そんな体力なんてこれっぽっちも余ってなかったし。

 だから何をどうしたら上手に木登り出来るのか分からないのだけど、とりあえず枝が多くて手に届きそうな木なら大丈夫な気がする。

 幼女の体重なら枝が折れる心配も少なくなるだろうしね。


 わたしはまず、知識でしか知らない懸垂とやらを試してみることにした。途中から横向きに枝分かれした幹に手をかけ、腕の力だけで体を持ち上げ…ようとする。

 …うん、分かってたけど腕がプルプルするだけだった。足が浮く気配すらない。

 いくら前世より健康とは言え、あまり遊び回っていない幼女の筋力なんてこんなものなのか…もっとサルみたいにスルスル登れるのを期待したのに。


 とりあえず気を取り直して、作戦変更…腕の力が足りないなら、足を追加すれば良いと思う。

 先ほどと同じように腕を固定したまま、幹の根元付近を足で強く蹴り上げ、その勢いで一気に……あれぇ?

 …出来たのは普通のその場ジャンプだった。残念ながらジャンプだけでは木に登れるはずもない。


 うん、実は知ってた。この幼女(わたし)の身体能力は割とショボい。自力ではどう足掻いても木登りなんて出来ないくらいに。

 だってね、今まで運動なんてお屋敷の庭の散歩くらいしかしてないもん。それも少しの距離をのんびり歩く程度で、駆け回ったりしない。あと、ろくに荷物も持ったことないし。

 つまり、わたしの運動能力って持久力以外は前世の頃とあんまり変わらないレベルなんだよねぇ…箱入り娘もこれじゃあ困ったものだと思う。

 別にスポーツ万能とかになりたいとは思わないけれど、せめて人並みの運動能力は付けないとなぁ…。


 さて、自力では木に登れないのは証明済みだ。ならば他の手段を模索するしかない。

 …一番手っ取り早いのはやっぱり、人の手を借りることだよね。マルガえもん召喚タイムだ。

 わたしは早速声をかけようとして…ようやく、今の今まで誰にも何も言われなかった不自然に気付いた。

 お嬢様であるわたしが1人で木にぶら下がってたりしてたら…少なくともあのマルガなら、すぐさま制止なり注意などするはず。


 流石に不思議に思いよく見てみると…わたしを除く全員が、なんとも幸せそうな顔で空を見上げ微笑んだままの姿で固まっていた。

 ふむふむ…なるほどー…きっとこれはアレだね! なんとなく幸せ過ぎてボーッとしちゃうアレだよね! わたしも美味しいおやつの時とかよくなるから分かる分かる。

 と、わたしが1人で納得しているとマルガが正気に戻ったようだ。夢から醒めるように辺りを見回して、そのままわたしと目が合う。そこから読み取れる表情の変化は順に、疑問、驚愕、焦り…だろうか。百面相が面白い。

 そして次の瞬間、マルガはわたしの目の前に立っていた。そういえばマルガってたまに消えたりするんだっけ。


「お嬢様、私から離れないで下さいませ。…いえ、これも耐えられなかった私の落ち度ですから、お嬢様が悪い訳ではないのですが」

「ぅ?」

「なんでもありませんわ。ところでお嬢様、こちらで何を」

「マルガ、きのぼりしたいの」

「木登り? …いけませんわ! もし万が一にもお嬢様に怪我などあったら…」

「えー」

「そんな愛らしい顔をしても認められません。 ほら、樹木などはこうすれば簡単に折れてしまうのですよ?」


 と言いながら、マルガはロングスカートを翻して先ほどの木にローキックを放つ。なんかとっても軽い感じに。

 けれどインパクトの瞬間は霞んだように見えなかった。しかし命中を証明するように…けれどそれが蹴りによるものとは思えないような爆発音にも似た破砕音が響く。幹が大きく抉れ、木片が弾丸のように吹き飛んで行くのが見えた。

 驚きのあまり思わず瞬きをしている一瞬のうちにわたしは抱き上げられたらしく、次の瞬間には広場中央に運ばれていた。

 そして目の前でミシミシバキバキと、最後には地響きを伴って…その木は呆気なく倒れてしまった。そう、間違いなくマルガの蹴りによって。


 いや…お母様の攻撃魔術の威力は「そういう現象」として処理出来たけどさ、今のは普通の蹴りな訳で…うわぁ…。

 わたしはとりあえず目を白黒させることしか出来ない。気が付けばわたしの隣にはゼンタも立っていて、呆れたような顔でため息を吐いていた。


「ご覧の通りですわお嬢様、木は脆いのです。ですので木登りは絶対に…」

「隊長の蹴りはスティールゴーレムだって砕くじゃないッスか。参考にしちゃ駄目ッスよお嬢様」

「素材の問題ではなく、アレは構造が甘いのです。それに私、格闘術は嗜む程度ですわよ?」

「そういえば使用人(アサシン)は総合力が大事とか前に言ってたッスね…でも嗜みでソレとか隊長は化け物ッスか?」

「あら、ゼンタはまだ伸び代がありますから…そうですね、ちゃんと訓練すれば一年で同じことが出来るはずですわよ?」

「訓練はもう勘弁ッス…」


 んー、つまりこの世界の一般人は木を蹴り砕くとか出来ない…ってことなのかな? うん、安心したわー。

 そんな修羅の世界で生き残れる自信ないもん。いや、わたしも魔眼持ちに生まれちゃったけどさ…そういえば気にしてなかったけど、この魔眼ってどうすれば使えるんだろ?


 …と、ゼンタが何かに気付いたらしい。倒れた木の枝葉をガサゴソと漁り始めた。そして間もなく取り出されたのは、自動車のタイヤくらいの形と大きさをした、なんだかゴツゴツした茶色い塊だった。


「隊長ぉー、おいしいやつッスよー」

「あら、小型のソルティスネイルですわね。この辺りに魔物はもう居ないはずでしたのに」

「えーと、そもそも隊長は何をどうやって魔物を追い払ったッスか?」

「簡単なことです。まず最初に全力で広範囲に殺気を放ち、警戒して気配が強くなった魔物を狩っただけですわよ? 逃げたのは無害なので放置です」

「うっわー…なら、コイツは逃げ損ねたか何かッスかね?」

「それも変なのですが…そもそも気配がかなり希薄というか、魔物らしい敵意がまるで感じられませんわね」

「相手が魔物でも人でも、気配や敵意には人一倍敏感な隊長が分からないってのは確かに変ッスねぇ」


 あー、それって魔物なんだ? ちょっと近付いて見たいなぁ…さっきからマルガにがっちり肩を押さえられて動けないけど。

 ゼンタはその塊…スネイル(かたつむり)ってことは殻なのだろう…をコンコンとノックしたり、転がしたりして反応を見ているようだ。

 するとその殻は突然もぞもぞと動き始め、まるで吐き出すかのようにでろりと中身が出て来た。それはまるで…。

その3くらいで終わる予定が、確実に延びまくってます。

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