10.漫画的表現
さて、なんか目の前の姿見の中に受け入れたくない現実が映っているんだけど、わたしはどうすれば良いのだろう?
とりあえず鏡に向かって手を振ってみる…同じ動きで振り返される。にっこり笑ってみる…引き攣った笑みを浮かべる幼女が見える。
一応念には念を入れて……まず両腕を頭の後ろで組んで腰を横にクイッとさせ、指はこんな感じだっけ? で、斜め下に顔を向けて……あー、ちゃんと鏡の向こうに変なポーズ決めてる幼女が見える。あと背後のマルガが手に持った何かをこっちに向けて嬉しそうにしてる……。
うん、これは間違いなくちゃんとした鏡なのだろう。ってことは、そこに映る『目にピンク色のハートマークを浮かべた金髪幼女』は間違いなくわたしってことで…。
いやいやいやいやいやいやいやいやっ!! おかしいし! いくら異世界だからっておかしいから!
百歩譲って目の中に模様があるのは認めるとしても、デザインに問題があり過ぎる。
どうせならギ●スとか写●眼みたいな、ちょっとカッコイイ系ならギリギリ許せたのだけど…よりによってハートマークとか。
ないわー、マジないわー。
『魅了の魔眼』とか言ってたけど、コレむしろ魅了されちゃってる人の瞳だし。容赦なくキラキラしてて、しかもよりによってピンク色ってのがダメ押し感に溢れてる。
って、もしかしてわたし、これから一生こんな恥ずかしい目玉を晒して生きていかなきゃいけない訳!?
うわぁー…そんな強制羞恥プレイに耐えられる自信がないのだけど。
そうだ、ベール! 今までずっとベール被ってたんだし、これからも常用すれば!
わたしは振り返り、何故か何事もなかったかのような顔で立っているマルガに頼むことにする。
「つまり、お嬢様はその美しい瞳を再びベールで隠してしまいたいと?」
「うん」
「それは推奨出来ませんわ。適正な年齢を迎えたのにも関わらず魔眼を隠したままというのは、周囲にあらぬ誤解を与える可能性があります」
「でもぉ…」
「お嬢様の瞳はとても綺麗なのですから、恥じることなどないのです」
「でもでも…『ハートマーク』だし…」
「はーと…マークでございますか?」
ん? どうして聞き返されるんだろう? あとなんか発音もおかしい。
「えーと、このめのなかのマーク、なんだけど」
「ああ、その不思議な紋様のことですか。はーと?と言うものは寡聞にして存じませんが、どのようなものなのでしょう?」
あ、これもしかしてハートマークそのものがこっちの世界には存在しないパターン?
でも、ハートマークに似たものって色々あるよね? 例えば葉っぱには割とよくある形だし、単に言葉として認識されてないだけ?
一応わたしの使う言葉は、転生以来蓄えた単語などについてはきちんと前世の知識と照らし合わされている。
何故か子供らしい勘違いや概念のズレなど、そういったものがほとんど見当たらない辺り、なんか都合が良過ぎる気もするのだけど…不都合がないなら別に何でも良いよね。
まぁそれでも『こちらに無い言葉』に関しては、全く通じないみたいだから日本語発音してたり。
「えーとぉ…はっぱ?」
「ふむ、植物にそのようなものが…さすが才能に溢れるお嬢様ですわね、博識でらっしゃいます。そのような形の葉は私も見たことはなく、欲し…詳しく知りたいので、後ほどゼンタにでも尋ねてみましょうか」
彼女はその手の話がとても長いので不本意ですが…と、マルガは思案するように自分の頰に手を添える。
あー、確かそんな名前の使用人もいたっけ。確か薬師も担当してるって聞いたような。なるほど、薬師なら植物の知識はたくさんあるのだろう。って言うか医者と薬師って分けるんだね。
あれ? でもこの前の夕食の席で「本日のメインはゼンタが狩った上質の███ですわ。消化液と甲殻もたくさん採れたと喜んで…」って……あれ? なんか今記憶にノイズが受け入れたくない言葉が。
…………とりあえず美味しかったから良しとしよう! あっさり淡白なのにジューシーで柔らかくて、とてもわたし好みだったし。
まぁ異世界の食材が正体不明なのは今に始まったことじゃないからなぁー…厨房を覗くのがコワイ。
と、とにかく今はこの恥ずかしい魔眼についてだった。
「このハート…へんじゃない?」
「とても可愛らしいと思いますわ。確かに見慣れない紋様ではありますけども、お嬢様のような素敵な女性に刻まれた紋様ならば、むしろ流行るのではないでしょうか? いえ、流行らせましょう」
んー…変に先入観が無いなら別に良いのかも? 隠せも出来ないのならどうしようもないしなぁ…と、わたしはいつも通り思考を捨てた。
なお、この日を境にわたしの持ち物等に片っ端からピンクのハートマークが付けられるようになったことを追記しておく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなでわたしは素顔を晒して生活することになり、更に今まで禁止されていた(らしい)お屋敷の敷地外への外出許可が貰えることになった。
街でもどこでも、とりあえず半日で帰って来れる距離なら申請すればどこへ出掛けても良いらしい。もちろん護衛付きだけど。
ちなみにこのお屋敷は近隣の街に一応隣接している(お父様談)訳なのだけど、そこまでひたすら庭とやたら広い畑があるらしく、ここからではその街は影も見えない。
普通、貴族のお屋敷って街の一番良い所に建てるものじゃないのかな? 畑を挟んでって、完全に街外れとかいう次元を超えてる気がする。しかも、その街は領地の中でもそんな大きい街ではないらしい。
…なおレミー曰く、お父様の執務のための領主館はちゃんと領内の大きな街にあるにも関わらず、この7年くらい滅多に足を運んでいないのだとか。
執務はほとんど人任せで、どうしようもない分はほぼこのお屋敷の書斎で行って領主館に書類だけ送り付けて済ませている……と、彼はニコニコと黒い笑みで語ってくれた。なんか腹に据えかねてるっぽい。
さて、それでお屋敷の外に出れるとしても…正直街に行くのはちょっとまだ躊躇いがある。主にハートマークのせいで。
でも外には出たい。庭の散歩も結構楽しいのだけど、庭園とか芝生とか更地とか荒地とかクレーターとかはちょっと見飽きた。クレーター? まぁいいや。
なら、とりあえずまだ見たことのない畑とかかな? それはそれで興味あるけど、畑にも農作業してる人がいるはずだから…どうしよう。
そこまで考えてふと思い出した。ここからそんなに離れていない場所で、ひとつだけ行きたかった場所があることを思い出す。
それは、屋敷から少しだけ見える森。見えるってことは、つまり街より近いってことだし交通手段も馬があると聞いた。
護衛たちに送迎して貰って、ちょっと森の入り口を散策するくらいは大丈夫じゃないかな?
前世でろくに外出出来なかったボクにとっては、多少は想像出来る街よりも未知なる森のほうがずっと魅力的だ。
森の中はマイナスイオンとかでとても心地良いとか聞いたことがあるし、木漏れ日や小鳥の声も是非体感したい。
ついでに森でピクニックなんか楽しめたら、きっと最高なんじゃないかな!?
と言う訳で、早速申請だ。こういうのは常に側にいるマルガを通せば良い。
マルガを呼んで、かくかくしかじか…。
「えっ、森…あの森へ行きたいのですか!? いえ決して不可能では…入り口だけなら、ちょっとくらいは…」
大根な泣き真似を少ししたら、ちゃんと許可を取れるよう取計らってくれることを約束してくれた。
そして数日後、マルガは若干憔悴した顔で許可が下りたことを報告してくれる。
護衛及び付き添いは、マルガ他一名の使用人と騎士団から派遣される3名…わたしを含めると計6名構成だ。なんかそれ以上は逆にマズいらしい。
ちなみに現在お母様はなんか先日の魔眼研究がどうのこうのを話し合うためにお出掛け中。騎士の代わりに行きたがっていたお父様は喧しいので全力拒否。なんか泣いてた。
そして、今は森行きの支度中。持ち物とか服装とか心構えとか…まぁわたしはほぼ手ぶらなんだけど。
一応非常用として小さなポーチを渡されているけど、これが全く重さを感じない。大丈夫なんだろうか?
心構えについてはひたすら「怪しいものには近付かない」「迷子になったら基本動かない」「ちゃんと言う事を聞く」と言った感じのが延々と…。まぁ6歳児だから仕方ないね。
最後に服装だけど、着せられたそれはかなり気合いが入ってる気がする。
まず丈夫そうな革のブーツ、これは分かる。金属の鋲が付いててつま先とかも鉄板みたいなのが入ってる感じがするけど、履いてみると思わぬ軽さに驚く。
で、服だけど…何故かワンピース。丈夫なのに通気性が良く、長袖で襟元もしっかり詰められているけど、ワンピースは何か違うというのはわたしにも分かる。でも首のリボンが可愛い。
しかもスカートはかなりのミニ丈…で、ニーソ装備。マルガ曰く「どうしてもスカート履かせたかったのですがおみ足の防御力と両立出来ず、最終的にこうなりました」とのこと。良くわからない。ってかニーソとかあるんだね…。
その防御力?の話だけど、マルガも最初は軽鎧とか考えてたっぽいけど「今回は時間が足りませんでした」とか言ってた。鎧はちょっと興味あるから、次回があるなら楽しみかも。
その代わりにと付けられたのは、綺麗な黄色い石のネックレスと銀色の腕輪。…何がどう代わりなんだろう?
さて、ここまで色や意匠については敢えて触れなかったのだけど…………うん、白地は良いのだけど…随所にピンクのハートが付けられてるんだよねぇ…。
ワンピースの襟の端っことか、スカートの裾とか、ニーソには透かしで入ってるし、ブーツの踵にもバッチリと。腰のポーチにも付いててそのベルトのバックルもハート型とか、ちょっとやり過ぎだと思う。
異世界ではこのゴテゴテ感は有りなの?
本編とは関係ないですが、あらすじの誤字修正をしました。ティーナ× → ティーシャ◯ です。
ええ、普通に草稿のときのヤツをうっかりですゴメンナサイ。
実は主人公の本名はもっと長いという裏設定が最初あったりしたのですけど、作者が5文字以上の名前にアレルギーを示したので愛称…短縮形に変換して、そっちを正式名称として採用したりしています。
ティーナもティーシャも元を辿れば同じ流れを汲む短縮形ですが、お国によって略し方のクセが違うので調べてみると面白いですよー。