002話
夏の暑さが鳴りを潜めたころ。
ここ最近は平穏な暮らしをしている。
全国の暴走族のヘッドたちが結託して造られた急ごしらえのチーム『愚零斗』を文字通り叩き潰してから一月、誰にも絡まれることなく平和に過ごせている。
馬鹿どものお遊びに付き合わずに済んでいるのはいいが、こんなボロ小屋に一人ぼっちじゃ退屈で仕方がない。久しぶりに本でも読もうか。
思い立ったらすぐ行動と、すぐさま校舎の方へ向かっていく。わざと授業中の時間を狙ったのは、他の生徒たちに見つかって怯えられないようにと気を配ったからだ。別に怯える必要はないと思うが、俺が悪いのだから仕方がない。
とにかく俺は気づかれないよう静かに3階にある図書室へと向かった。
すると、その途中にあった教室の扉の隙間から強い光が漏れているのが見えた。
昼間の教室からこんな光が発生するなんてまずありえない。
プロジェクターか何かを使って授業をしているのかとも思って聞き耳を立てていたが、その割には教室からは物音ひとつ聞こえてこない。
何かがおかしい。
驚かせることになるかもしれないが、間違えた風を装って教室に入ろう。
そう思って引き戸に手をかけて開こうとするが、まるでカギがかかったかのように開かない。
これはおかしいと今度はノックもしてみるが中からの反応はない。
今度は強めに扉を開けようとしたがピクリとも動く様子がない。
そうこうしているうちに扉の隙間から溢れる光はどんどん強くなっていく。
何が起こっているかは全く分からない。分からないが、放っておくと何か取り返しのつかないことが起きそうな気がしてならない。
おせっかいかもしれないが、この異常事態に何かせずにはいられねえ!
「ぬぅあああああああ!!」
引き戸を開こうと精一杯力を籠める。今度は本気で。
その甲斐あってかほんの少しだけ扉が開きかけたが、力を籠めなおそうと呼吸を整えようとした瞬間に元に戻ってしまった。まるでこの扉を開けさせないために、反対側から何人もの人間で扉を押さえつけられてるかのような感触だった。
「こなくそおおおおお!!」
そっちがその気ならと真っ向から扉を開けようと全身全霊の力で引っ張るが、わずかに開くだけでそれ以上はピクリとも動かない。こうしている間にも光は強まっていくばかりだ。
正攻法がだめなら……。
「ちぃっくしょおがああああ!!」
俺は右腕を大きく振りかぶり、いつかデコトラをぶっ壊した時のように腕全体に力を込めて扉を殴りつけた。
ぱりぃん!
ガラスの割れるような音がした。しかし、扉を見てもどこも割れている様子は見受けられない。今の音からして、扉のガラス部分の目隠しを割ったものだとばかり思っていたが、実際には扉に傷一つついていない。
扉を壊せなかったことに少しばかりショックを受けたものの、パンチがだめなら今度は蹴りだ、とすぐに思考を切り替え、渾身の横蹴りを放つ。
「死にさらせええええ!!」
すると今度は先ほどまでと違い、すんなりと扉を蹴破ることに成功した。
一瞬拍子抜けしたが、すぐさま教室内に駆け込んで生徒の安否を確認する。
「おい!お前ら大丈―――」
しかし声を張り上げようとした瞬間、俺は光に飲み込まれた。
◇◇◇
「どういうことだシュライア!結界が破られてしまったではないか!」
そう声を張り上げるのは『ドゥーニア創世五柱』のうちの一柱、現在は法と秩序を司っているとされるセメリウスだ。
見た目はかくしゃくとした老人といった風体である。
「いや、どういうことだとか言われても……あ、あっれぇー、おっかしいな?そんなに弱く張ったつもりはなかったのだけど―――」
「しかし現に破られたではないか!ただの人の子の拳で!」
「セメリウス、落ち着いて。見たところシュライアに落ち度はなかったわ」
そうフォローに入ったのは知恵の神と呼ばれるウェズだ。
妙齢の気の強そうな顔をした女性の姿をしている。
「ならいったい何が原因なのだ!」
「無論、その人の子がおかしいのだろうよ」
ウェズに続いて、戦の神とされるマイヤーもまたシュライアのフォローに入る。
「そうは言うが、ただの人の身でありながら我らの力に干渉する者など前代未聞のことであるぞ!」
もともとこの計画に懐疑的な立場をとっていたセメリウスのイライラはどんどん募っていく。
シュライア他2柱の根強い説得で渋々納得はしたものの、出鼻を挫くようなイレギュラーの登場で、一刻も早く計画を中止にすべきとの考えに至っている。
「計画を実行に移したとたんにこれなのだ。これから先にどんな問題が現れるかわからんこんな計画を承認することはできぬ!一刻も早くこの計画を中止して、彼らを元の場所に戻すべきだ!」
「それこそできない話じゃない? 星の巡りがよかったからこそ実現できたことなのよ? 仮に本当に送還するとしても、また同じ星の巡りが現れるまで待たなきゃならないわ」
「多少危険だが、我らの力を合わせれば星の巡りを無理やり変えられるやもしれぬ」
「それでできればいいけど、できなかった時は最悪よ? 力を使い果たしてるだろうから、転移者らが問題を起こしたときに対処することもできないし、そもそも世界の運営すら危うくなってしまうわ」
「それはそうだが……しかし、シュライアの能力が疑わしい現状ではどちらにしろ―――」
「落ち着けって。あんたの目から見て、さっきのシュライアの結界に問題はあったか?」
マイヤーからの問いかけに、熱くなりかけていたセメリウスの頭が少し冷えた。
「ふむ……確かに結界に問題は無かったように思うが―――」
「それに今しがた気付いたが、あの人の子の魂は異質だった」
「あら、どこがかしら?」
「うん。特に目立った所はなかったように思うのだけれど……?」
マイヤーの言葉にシュライアとウェズは首を傾げるが、セメリウスは改めてその魂の様子を思い出すと、何かに気づいたように目を見開いた。
「なるほどのう……確かにそういう意味では彼奴の魂はおかしかったな」
「えぇ~?一体どこが?」
シュライアとウェズは未だに何がおかしいのかわからず、少しイライラした様子でウェズが尋ねる。
「彼の人の子の魂がこの世界、ドゥーニアに存在する魂と形状が酷似しているところだ」
セメリウスのその言葉に2柱はハッとする。
「そういえば……」
「確かに似てた!あまりに見慣れていた形だったから言われるまで気が付かなかったよ!」
人の目で確認することはかなわないが、魂にはそれぞれの世界ごとに特徴があり、形状も少しずつ違うのが当たり前なのである。故にセメリウスの言うように、地球から来た人の魂がドゥーニアのそれと形状が似ているなんてことはありえないことなのだ。
「これは……いったいどういうことなのかしら?」
「ふむ……」
「うーん……」
神々は一斉に思案に暮れるが、マイヤーがそれに待ったをかける。
「まあ、この異常事態は後に回すしかあるまい。今はとにかく我らの召喚した者たちを導かなければな」
「……そうだね。これ以上待たせるのも悪いし、彼の人の子のことはまた―――」
「そうよ、こうすればいいのよ!」
突然ウェズがシュライアの言葉を遮った。
「彼の人の子をどうするにしても、まずはどこに飛ばされたかを確認しなきゃならないじゃない? だったらついでに異質な魂を持つ者の探索も彼ら依頼すればいいんじゃないかしら?」
「おお!まさに一石二鳥ってやつだね!」
ウェズの言葉にシュライアがそれだとばかりに声を張り上げる。
「そもそもこんなことを始めなければ面倒ごとは起きずに済んだはずだがの」
「しつこいぞ、セメリウス。最終的には貴様も納得してのことだろう?」
「そうは言うが、やはり儂としては―――」
「まあまあ二人とも。今はその辺にしておいて! とにかく彼らに会いに行こう。我らの世界に、新たな風を吹き込むためにさ!」
そしてシュライアを先頭にして神々は、彼らが呼び出した32名の学生とその教師のもとへと向かった。