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邂逅

フェイの森は一見、穏やかで心地良いように見えるが、必ずしも良いことばかりではない。独特で力強いフェイのクリーチャーと敵対することになれば、熟練の冒険者でも手を焼くことはよく知られていた。

山野に聡いヨルゴを先頭に一行はフェイの森を進んだ。朝露の残る草地を踏みしめながらながら、あたりを伺う。べリアンの妹の様子がないか、少なくともヨルゴとエトナ、シルトは気にしていた。


「どうだ?」

エトナがヨルゴに聞く。ヨルゴはエトナを振り返ると「全然、気配もしませんや」

とかぶりを振った。そうかとエトナが言いかけたその時、ヨルゴだけは遠くからの気配を感じ取った。ヨルゴは腕でエトナを制すと、さっと首を巡らし辺りを見回した。


ヨルゴは手振りだけで

(少し離れたところに誰かいます)

と伝えた。エトナは頷く。

「私だけ偵察に出ますか?」

ヨルゴはそっとそう言った。エトナは少しの思案の後、

「私たちは鐘楼の方へ進んでみよう、エラドリンのお姫様ならべリアンの所へ行け。そうでなければ合流しよう」


ヨルゴは藪の中へと分け入って行った。

「私たちも行こう」

とエトナは言いシルトが頷く。ハイジは携帯食をモソモソと食べていた。

「こぼれてるぞ」

シルトが言う。

「大丈夫だよ、自然のものでできてるから」

「じゃあ普段は何で出来たもの食べてるんだよ」

ハイジは気にしない


ヨルゴは気配のする方向へと進んだ。

さっきから感じるこの気配は、自然のものともオークとも違う異質な存在感を放っているようにヨルゴには感じられる。


森の中でも少し開けた場所に出る。そこは遊歩道だったようで、背が高く枝がはる植物は植えられていなかった。

しかし、過ぎた時間が落ちた種を芽吹かせ、道を野原のように変えてはいた。その道を、こんもりと山のような生き物がのしのしと歩いているのが見える。


ヨルゴが近くで様子を見ようと一歩踏み出したとき、その人影はヨルゴに気付いたようで、くるりと振り返った。

人影はミノタウロスだった。二本の角が天を指し、迷宮の紋様で飾られた鎧を纏っていた。

ヨルゴは、気付かれたことで身構え、右手に戦斧の柄を握らせた。


ミノタウロスもヨルゴを認めると腰の柄に手をかけた。

「貴方、街道に出るオークの仲間?」

柄を握りながらミノタウロスはヨルゴに聞いた。

「あんな臭い連中と一緒にして欲しくねえなぁ」

ヨルゴは心外そうに答える。


ミノタウロスは柄から手を離すと、

「じゃ、なんでこんなところをウロウロと?」

と聞いた。ヨルゴは辺りをキョロキョロ見ると

「さ、探し物、かな」

と歯切れの悪い返事をする。ミノタウロスは返事の内容については気にした様子もなくヨルゴをまじまじと見た。


「それはすまなかった」

ミノタウロスは居住まいを正した。

「私はランと言う、流れ者のミノタウロスだ」

言われなくても分かるよ、とヨルゴは思ったが黙っていた。

「街道にオークが出て困っていると聞いて退治に来たのだ」


ヨルゴはそれを聞くと目を丸くした。

「あんた一人で?」

「ああ」

オークと言えども集団ととなれば一人で相手をするには十分持て余すほどの力はある。

「無茶だ」

「困っている人がいるのだ私が助けねば」

ヨルゴは暫く考えた。

「(ハハーン、コイツさてはバカだな?)」

ランはヨルゴを見ている。


「アンタ、腕前に自信はあるのか」

出し抜けにヨルゴが聞くとランは笑い。

「もちろんだ」

と腰の得物、それは戦斧だった、を持ち上げて見せた。

「武器の腕だけじゃないがな」

裏表の無い、自信ありげな様子を見てヨルゴは切り出した。

「アンタ、俺達と来ないか?」


ランは腕を組むとヨルゴに聞いた。

「オークを倒すか?」

「倒す」

「財宝は?」

「山分けだ」

「強いか?お前」

「おうよ」

「良いだろう、行くよ」

ヨルゴはあまりにも素直なそのミノタウロスの態度に拍子抜けした。

「貴方、名前は。」

「名前、あ、ああ、ヨルゴだ。シフターのヨルゴ。」

ヨルゴはランの肩をバシバシ叩くと

「今、人探しの途中だったんだ、一旦皆の所に戻ろう」

と言った。ランは黙って頷く。ヨルゴは元来た道に戻ろうと振り返ったが、次にこう言った。

「あれ?ここどこ?」



エトナ将軍率いるハイジとシルトのデコボコ3人軍は慣れない自然地形に四苦八苦しながら前進していた。あからさまに野外行動に慣れていない様子で歩く。ハイジだけは相変わらず糧食をかじりながら歩いていた。

「こぼれてるぞ」

「うん」

シルトも慣れない道に余裕が無いようで言葉数も減ってきていた。

「もう少し歩くと土地が開けそうだ、そこで少し休もう」

エトナが二人にというよりはシルトに助け舟を出す。


「ーーキャーー……。」

絹を裂くような悲鳴が聞こえて一行は顔を見合わせた。すぐにシルトとエトナが頷き、走りだす。ハイジは二人から遅れて走り始めた。

「なになに、なんか楽しいこと?」

「悲鳴だ。聞こえなかったのか?」

シルトが呆れた顔をした。


茂みから飛び出してきたのは、繊細な体の線を持ち、きらめくばかりの銀髪を風に流したエラドリンの女性だった。しかし、今その銀髪は汗と泥にまみれ、輝ける顔も血で汚れてしまっていた。

エトナとシルトがエラドリンの姿を認めると、その直後、茂みから更に飛び出してくるものがあった。

黒く艷やかな毛の生えたがっしりとした体躯に6本の足、背中からは棘が何本も生えた触手が2本伸びている。


「ディスプレーサービーストです。」

シルトがその姿を見てエトナに告げた。

「どういうヤツなんだい?」

エトナが尋ねる。

「……」

シルトはそこから黙ってしまった。

「わかんないってことね」

エトナは愚痴る。


「まあ…。」

シルトが口を開く。

「とにかく倒してしまいましょう」

ロングソードを鞘走らせる。ディスプレーサービーストは赤い瞳を光らせ今にも飛び掛からんとしている。シルトは切っ先を六本足の黒い獣に向けけん制する。


「とにかくドカーンとやっちゃえばいいんだよ!」ハ

イジはスタッフを振り上げるとサッと振る。

「ケイオス・ボルトだよ!」

緑色の光を放つ雷が黒い獣を打つ。獣に当たったと思ったその刹那、獣のいた場所には何もなく、雷は地面を打った。

「あれ?」

ハイジが目を丸くした 。


ディスプレーサービーストはぱっと宙から現れたかと思うと、地面をしたたかに蹴った。シルトとエトナは、再び空中に飛び出したその獣にあっけを取られた。

ディスプレーサービーストが体をぐいとひねると背中の触手が鞭のようにしなり、シルトとエトナを打った。


シルトは触手を必死にロングソードの腹で防ごうとしたが、しなる触手はぐるりと回り先端についている棘のついたこぶが胴体を刺した。

「ぐ」

肌を刺す痛みに唸り声を上げる。


「あんなに動くとは。」

同じく飛ばされたエトナも盾を掲げながら様子を見る。ディスプレーサービーストはすでにハイジの前に移動していた。

「しまった。」

シルトが言うと同時にロングソードを振る。

「イージス!」

光る輪が獣の顔の前にちらついた。獣の気がそらされる。


エトナが盾を前にディスプレーサービーストへ肉薄する。獣が前へ出てきたドラゴンボーンに気づき威嚇する。獣の牙を盾でいなしながら、攻撃のタイミングを計る。ディスプレーサービーストの唸り声が耳朶を打つ。


エトナがディスプレーサービーストを盾で押さえながら、バトルアックスを振り、獣の肩口をアックスが掠める。

しかし、狙いは刃を当てることではなかった。戦斧の柄がディスプレーサービーストの足を打ち、隙を作る。

「シルト!」

エトナの声でシルトがサッとロングソードを獣に打ちつけた。


痛みに唸り声を上げ、ディスプレイサービーストがよろける。

「とにかく攻撃を続けるしかない。」

シルトがたどりついた結論を口にした。

「ああ、そうかい。」

エトナがすこしうんざりした声で応えた。


「うー。えいー!」

再び混沌の雷がディスプレーサービーストを打つ。今度は黒い獣にぱっと命中する、獣は魔法を打ちつけられ、くらくらとした様子で頭を左右に振った。シルトも前に出る。

「ディメ・アンカ」

詠唱し、力場の剣気を飛ばす。獣は傷を負い引きずられる。


折り重なる攻勢にエトナが畳み掛ける。

「私たちに出会ったのが運のつきだったのさ。」

ディスプレーサービーストとて、あっさり負けるつもりもない、ぐっと足を大地に踏んばらせ、吠えかける、しかし、エトナは竜の眷属であった、大きく振り上げられた戦斧は獣の首筋を捕えた。


「秘術師の塔でのびてた人の言うセリフじゃないよね。」

ハイジがディスプレーサービーストの死体を見下ろしながらつぶやく。

はっと気づき、シルトは左右を見ると倒れた女性の元へ向かった。あのディスプレーサービーストに襲われたのでは命が危ういかもしれないと気づいたのだ。


シルトが目を向けると、三人とディスプレーサービーストが事を構えている間にシタージが女性の血を啜ろうと飛び回っていた。

シルトはとっさに呪文をかけ、焼き消す。

シルトが抱き起すと果たして彼女はエラドリンであることがわかった。外傷が目立つ。

「エトナ!彼女を!」


シルトの呪文書の中には残念ながら癒しの術は無かった。エトナが頷くと鼓舞の言葉を女性にかける。

武勇の言葉が彼女の血を熱く滾らせ、巡らせ、傷を癒す。

「うぅ……。」

しかし、優しい癒しとは程遠い、急速な回復がエラドリンの女性にうめき声を上げさせた。


「しばらく頼みます。」

シルトとハイジは辺りの探索を始めた。追手はあれ以上乱入して来なかったが、用心に越したことはない。背の高い茂みにも目を凝らし、様子をうかがう。

「私、あんまり得意じゃないんですよね、こういうの。」

誰に言うでもなくシルトがひとりごちた。

お世辞にも綺麗とは言えない茂みの先に鐘楼が立っているのを見つけたシルトは、ハイジを伴い建物に近づいた。

既に荒れ果ててしまっていた鐘楼は階段が朽ち、上には上がれないようであった。

益なしと見るや探索を打ち切り、二人はエトナとエラドリンの女性の元へと戻った。


「あれぇ?こっちだっけっかなあ。」

情けない声を出しながらヨルゴが道を歩く。ランは黙って後ろをついてきていた。

「まあいいや。んでな、エトナ将軍ってのがいてこれがまたすごいんだよ。」

「そうか。」

「会えば絶対わかるから。」

「おねえちゃん、あんま喋らないね。」

「そんなことはない。」

「いや、ホントすごい奴ばっかだよ。もうね、オークなんてあっという間だから。」

ヨルゴは一人で盛り上がる。ミノタウロスはこのシフターのおしゃべりは気にしていないようだった。

「ところでおねえちゃんは…。」

と言いかけたところでランが前方を指差し、腰から戦斧を引き抜いた。

ヨルゴが指差されたほうへと目を向けると、オークが隊列を組んでこちらへ歩いてきたのが見える。ヨルゴは自分の頭から血の気が引いていく音が聞こえた。

「いやいやいや、無理でしょ、斧仕舞って!」

「しかし、オークだぞ。」

「わかるよ、それは見ればわかるよ!」

「オークを倒しに来たのに。」

「いやいやいや、死んじゃうよ。その前にお陀仏になっちゃうから俺たち、そしたらオークどころじゃないっしょ。」

「しかしオークが……。」

ヨルゴが無理やりランの斧を腰のベルトに押し込んだところでオークの部隊と鉢合わせとなった。

先頭のオークはいかめしい顔で二人をマジマジと見る。(もとよりオークの顔はいかめしいのだが)

「お前ら、何もんだ?」

先頭のオークはヨルゴに聞く。

「いや、俺たち、新入りでして。」

ヨルゴがしどろもどろに答える。オークの隊を見回すと後ろで槍を持ち小さく肩を縮めているオークがいる。「新入りだぁ?」

先頭のオークが疑わしげに言う。

「そうそう、ほらほら」

ヨルゴは分捕りもので偶然にも彼らと同じ鎧であることを主張してみた。

「囚人だ?」

オークが睨みつける。

「この牛野郎、どこをウロウロしてやがったんだ?間抜けなツラしやがって。」

そこまで言ったところでオークの隊長はのどをつかまれ宙へぶら下げられていた。

「間抜けなのはどっちかな、くさいブタ野郎。」

「あーあ、俺しらね。」

ヨルゴがごちる。


ランがオークを投げ飛ばし、後ろのオークへぶつける。

素早く腰からバトルアックスを、背中からシールドを引き抜くと、やおら横にいたオークの頭へ斧を振り下ろした。

光の環がランの額から頭を取り巻くように輝き、斧の速度が上がる。

脳天を割られたオークが仰向きに倒れ、一番後ろでビクついていたオークが逃げ出した。

隊長オークが立ち上がり、アックスを構える。ヨルゴも後ろへ跳ね距離を取ると、アックスを腰から引き抜いた。しかし、オークの横っ腹へと飛び込んできたものがいた。

ランだった。


フーッフーッとランが肩で息をしている。鬼気迫るその形相にヨルゴはこのミノタウロスを誘って良かったのか少し悩んだが、次々にオークを投げ飛ばしているのを見て考えるのをやめた。


「粗方片付いたね……。」

ヨルゴが弱々しくランに言うと、ランはハッとした顔をしてヨルゴを見ると

「しまった、大人しくしてるつもりだった。しかしオークは悪いヤツだから。」

何やら言い訳を一生懸命しているが、ヨルゴはこのミノタウロスは敵には回すまいと心に決めた。


「とっ、とにかく皆と合流しよう、こっちじゃないかな。」

とヨルゴは適当な方向を指差し、ランも頷くとミノタウロスとシフターは歩き始めた。

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