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古き開拓地

焚火を眺めながらヨルゴは不満そうな顔をしていた。同じく野営をしているゴウトに話しかける。

「なんであのパラディンの爺さんを連れて来なかったのさ。」

ゴウトは目を閉じてじっと聞いていたが、目を静かにあけヨルゴを見ると

「お前は、金を払ってくれる人に死んでもらいたいのか。」

とだけ言った。


ヨルゴはそれ以上は何も話さず火に枝を投げ入れていたりしたが、やがてその頬を日の光が照らし出した。ゴウトが太陽を見やり眼を細めると、鎧をガシャリと鳴らして立ち上がった。

今日の昼には目的のガードモア修道院跡地へ着くだろう。彼は仲間たちを叩き起こした。


平地地帯を抜け、背の高い草の生える丘陵に差し掛かったとき、丘陵の頂上を取り巻く建物が目に入った。頂にある神殿だけではなく、斜面を覆うようにその原始の開拓地は存在していた。静謐な雰囲気だが、近づくにつれほころびが有ることが目に見えてくる。


「ねー、どこからはいんのー?」

ハイジが腕を前に放り出しながら尋ねる。シルトが開拓地の様子を眺めていたが、やがて

「やはり正門だろうか。」

と言った。ヨルゴとハイジ以外のものが頷き、正門の方へ歩き始める。近付くとやがて悪魔の頭蓋骨のようなそれが姿を現した。


長い時間が勇壮であったであろうその門を変質させていた。

胸壁は捻くれた角、窓は虚ろな眼窩、牙のような落とし格子が大きく口を開けている。

そのおどろおどろしい外見に反して、予想外にも中で何か騒がしい音が聞こえ、やがて開拓地の方へと去っていった。するとすぐに人型の生き物が門に姿を現した。


革鎧を着けたその顔は青黒く、黄色い歯が長い顔から飛び出していた、オークである。パドレイグ卿の予測は当たっていたようだ。

オークは『歯と爪』を見ると目を剥き、

「お前らか、騒ぎを起こしたのは!」

と共通語でわめいた。

「違います。」

ハイジがいけしゃあしゃあと答えた。


「どっちにしろ生かして帰したりはしねえ。」

オークが言うと門の中にいたらしい他のオークと、一回り大きい人型生物が日差しの中に姿を現した。

「あれはオーガだな。」

シルトが涼しい顔をして言った。

「武器をとれ!遅れるな!隊列!」

エトナが号令をかけ、一行は構えを取った。


怪物たちも遅れて構えたが、一番に動き出したのはゴウトだった。

大剣を肩の後ろに向け、八相の構えを取ると、巨躯を走らせた。オーガを目標と定めると、肩を前に疾駆、裂帛の気合とともにぶつかるや否や、大剣をどうと横に薙いだ。オーガの腕と胸を切り裂き、胸から血を流したオーガが叫ぶ。


ゴウトの後ろにぴったりと着いて敵との間合いを詰めたエトナは、ゴウトの影から飛び出すと、

「受けよ、我が稲妻。」

と叫び、その竜のあぎとを開いた。身体を巡る雷光の元素の力が口から迸り、オーガとオークたちを焼く。しかしエトナは体の中から力が抜けていくのを感じた。


竜の力を持つドラゴンボーンだが、ドラゴンがそうである以上にブレス攻撃を繰り返すことは出来なかった。体に蓄えられた元素の力は、休みを取らなければしばらくは戻らない。そのことがエトナに苛立ちを感じさせはしたが、今やらなければならないことにエトナは集中した。


「間を開けるな!剣を振れゴウト!」

エトナがゴウトへ向かって檄を飛ばす。ゴウトは既に振り切られた腕を返すと「応ッ」

と唸りを上げてオーガの足へ大剣を繰り入れる。切先が太股の肉を切り裂き、ももの裏側に抜ける。

「ガアッ!」

オーガが苦痛を口から漏らした。


門の中に広がる空間の石畳にぽたぽたとオーガの血が落ちる。

「よーしいくよー。」

とハイジが腕を振り上げ、前にいたオークに向かって振り下ろした。

「どかーん!あれ?」

ハイジがいぶかしげに掌を眺めると、暴走した魔力がハイジの周囲に溢れた。「ちょっと間違えちゃった。」


ハイジの周りに立っていた仲間たちは吹き飛ばされた。

「おい!」

ヨルゴが毒づく。

「ごめんごめん。」

あまり気にしてなさそうな返事をハイジがした。ヨルゴは身体をくの字に折り曲げるとオークへ突進した。走りながら、腰にロックされている両刃のアックスを構える。


ヨルゴがオークに隣接した瞬間、オークは跳ね上げられ、どうと地に伏せた。オークの晒した首筋をヨルゴは見逃さなかった。左手がもう一つのアックスを流れるように抜くと、足の"ばね"で跳ね上がり、アックスをオークに振り下ろした。オークは再び空を見る事は無かった。


オークたちは、『歯と爪』の攻勢に浮き足立った。ガチャガチャと不器用に戦斧を振り回すも、オーガと対峙していたゴウトにさえ当てられず鎧でいなされるばかりだった。

「シネ!トカゲ!」

と悪態をついてオーガがゴウトの頭に向かって棍棒を振り下ろしたが、強かに床を打つだけであった。


シルトがロングソードを鞘走らせ戦場へ走り込んだ。

「向こうへ回れ。」

とエトナが指示に頷くだけでオーガの背後を取って見せる。

マントを翻し体を走る力線を輝かせると

「アース・ショック!」

と叫び、ソードを床に叩きつけた。オーガの体だけが揺れたかと思うと倒れ伏した。


オーガが倒れたのを見ると、ゴウトは牙を剥き出し、

「誰がトカゲだったかな。」

とだけ言うと、大上段から大剣をオーガの首へと振り下ろした。一抱えはあろうかというオーガの頭が床を転がると、恐慌がオーク達を襲った。逃げ出すオークが一匹も門から出てくる事はなかった。


あらためて門の中を見回すと、明かりは少なく薄暗い石畳に石壁の部屋が左右に存在していた。昔は検問所であるとかに使われていたのかも知れない。

「ねえ、これなにかなぁ。」

門のすぐ横に付いていたレバーの前でヨルゴが目を輝かせている。


「何だろ、やっぱり罠かな。」

ヨルゴがしきりに気にしている。横にハイジが来た。

「しかしこれは、触らぬ?」

ヨルゴがハイジに話しかける。

「さわらぬ?」

「神に?」

「たたりなし?」

ハイジが愉しそうに返す。

「私が手伝うから調べてみたらいいじゃん!」

ハイジが元気に言う。


ヨルゴが目を丸くしているうちにハイジはさっさとレバーを調べ始めた。レバーには触れないように内部の歯車の噛み合わせを見て壁をさすり、そして天井を指さした。

「なんかねー、上の方の何かにつながってるみたい!」

ヨルゴはおそるおそる天井を見上げた。


「さあさ、どうぞどうぞ。」

ハイジが笑顔でヨルゴにレバーを勧める。ヨルゴはおっかなびっくりレバーを危ない手つきで調べ始める。歯車の噛み合わせを見て、壁を……としたところでガクンと体勢を崩した。レバーは倒された!


ガラガラと音が響いたかと思うと入り口の落とし格子が落ちた。ヨルゴはその場で転んでいたが、何もないと分かると立ち上がった。

「分断されてたかも知れないってことか……。」

なぜかハイジが横で冷静に分析している。ヨルゴはばつの悪そうな顔をしていた。


シルトとエトナは門の中の部屋を調べて回っていた。オークの持ち物と思われる物入れが床に無造作に置かれていた。シルトは渋い顔をした。獣のような臭いがしたからである、蓋をゆっくりと開けるとそこにはオークたちが身に着けていたものと同じ鎧が納められていた。


「これは使い物にならんな。」

ゴウトがシルトに言う。

「そうとも限りませんよ。」

シルトはゴウトを試すような目で見た。しばらくゴウトは唸っていたが、横からエトナが口を挟んだ。

「変装ね。」

「そうです。」


変装?!また変装か。ゴウトは昔、ハーケンウォルド城に変装して乗りこんだ事を思い出していた。あの時は、危うかったんだぞお固い上に不器用な騎士がいて……うっかりバレるかと思った……。ゴウトが物思いにふけっていると、エトナとシルトで方針を決めたようだった。


「鎧の上に被せるくらいでいいでしょう。」

歯と爪のメンバーは不器用に鎧の偽装を始める。特に革鎧に慣れていないハイジが不服そうな顔をしていた。門の奥に進み、修道院の内部を見ながらヨルゴが言う。

「で、どこに行くんだよ。」

シルトとエトナが何か考えているようだった。


「このガードモア修道院はネンティア谷の初期の開拓地として建てられました。」

シルトが言い含めるように話す。

「内部には開拓民の村があったはずです。」

「じゃあそっちに行く訳?」

ヨルゴが特に何も考えてない風に返す。

「いずれにしても…ここに立っていても仕方あるまい。」


ゴウトが言うと一同は頷いて北へと歩き始めた。

「やはりこちらのようですね。」

シルトがエトナにそっと呟く。エトナは無言で頷くと歩き続けた。やがてぽつぽつと立っていた建物が群集するようになってきた。ヨルゴは歩き始めてからずっとあたりをキョロキョロ見ていた。


「何やってるの?」

ヨルゴの様子に気付いたハイジが訊いた。

「地図を書いてるんだよ!」

ヨルゴはハイジに書きかけの地図を見せた。

「あの領主に頼まれてたろ?」

「そうだっけ?」

ハイジは思い出そうとしている様だったが、反応は芳しくない。


シルトが前を歩くヨルゴに街の中を指し示しながら言う。

「ガードモアの開拓が始まった当時の街なら、街路に立っている石碑の左側をあるけば戸と窓が少ないはずだ。」

「へいへい。」

比較的人影が感じられない道をヨルゴが選択しながら先へ進む。


それでも歩いているオークは居た。オークは近づいてくると下から舐めるように一行を見た。怪しんでいるのか?ゴウトが音を立てないように身構えた。


「おまえぇ、見ねえ顔だなあ?」

酒臭い息を吐きながら、ハイジに話しかけた。

「なぁ、ここのルール知ってるかぁ。新人はなぁ、先輩におごるってのが決まりなんだ。」

「ちょうど、俺がもう少し飲みたいところに会えてラッキーだったなぁ。少しでいいんだぜ、出しなぁ。」


ハイジは、オークの先輩を見て笑ったかと思うと次の瞬間には

「失せな、三下」

と言い放った。


オークの先輩は、ハイジを見るとぎこちない動きで回れ右をした。


勾配のついた道を先へ先へと進んでいくと、やがて建物の前へと出た。歯と爪を待ち受けていたその建物は下から屋根は見えないほど高く建物の天辺は霧に覆われていた。カラスの鳴き声が霧の中から聞こえてくる。


不気味な建物に気圧されるように黙ってただ眺めている時間が過ぎていく。ヨルゴがおそるおそる口を開いた。

「そういや、爺さんに本を取ってきてくれって頼まれてたんじゃね?」

シルトが訊ねる。

「ここなのか。」

「分かんないけど。」

「とにかくいってみようよー。」

ハイジが言う。


「ヨルゴ、前へ出よ、シルトは後ろへ付け。」

エトナ将軍が冷や汗を隠しながら仲間へ指示を伝える。ヨルゴはゆっくりと戦斧を構え、建物の方へと歩き始めた。

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