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冬越村

王の道を進むにつれ深くなっていた緑が裂け、視界が広がった。農地とまばらな人家が平原に現れる。夏は始まったばかりだが、人影は少なかった。

やがて、石組みされた城壁が一行の行き先に見えて来た。冬越村の城壁だ。跳ね上げ門の前には人間の番兵が立っていた。


番兵は老騎士とその他もろもろの一行を見て、訝しげな表情にはなったが、特に止めるそぶりは見せなかった。

ヨルゴは旅にうんざりした表情で番兵に話しかける。

「なぁ、良い宿はあるかい?」

番兵は話しかけられると笑顔を見せた。

「村にはラフトン亭しかないが、良い所だよ。」


シルトが番兵に頭を軽く下げ、一行は冬越村の中へと入っていった。入るとすぐに広場になっており市が立っている。外の様子に比べれば随分と賑やかに感じられる。花や農作物、簡単な道具が屋台の店先に並べられ売り込みの声が響く。ラフトン亭は広場を抜けた正面に立っていた。


ラフトン亭は珍しい石壁に丸くくり抜かれた入り口があり、覗き窓のついたやはり丸いドアが据え付けられていた。窓からは外へ灯りが漏れ、ガチャガチャと食器がぶつかる音とテーブルにマグが打ち付けられる音が聞こえてくる。ドアを開け、中では村人が何人か飲み食いしていた。


店内は外見からは想像できないほど広く、多くのテーブルと長いカウンター席があった。

アルコールと炭の焼けるにおい、ベーコンの焦げるにおいでいっぱいである。

老パラディンと《歯と爪》はテーブルに腰掛けた。

「エール!人数分!」

ヨルゴがカウンターへと叫ぶ。


恰幅の良い女性がマグを6つ両手にかかえてテーブルにやってくる。

ダンと音を立ててテーブルにマグを置くと笑顔で

「いらっしゃい、エールは銀貨1枚ね。」

と言った。皆の視線はオークレー卿へと向けられ、オークレー卿はそれに気付くと首をすくめて6枚の銀貨を女性へ払った。


女性が銀貨をエプロンのポケットにしまうところを見届けるとシルトが女性に話しかけた。

「あー、おかみさん。」

「サバーナさ。」

「ミセス・サバーナ、少しお尋ねしたいのだが、この村でガードモア修道院について情報収集はできるかな?」

サバーナ・ラフトンは一笑いしてシルトを見た。


「あたしゃ詳しくは知らないがね、古いことなら賢者ヴァルスランどのに"おたずね"するのが一番さ。」

「あとは、この村がはじめてならパドレイグ卿にあいさつする事だね。仕事がやりやすくなるってもんさ。」

サバーナは一息にまくし立てると別のテーブルへ行ってしまった。


「ねー、パドレイグきょーってダレー?」

ハイジが出し抜けに訊ねた。シルトがハイジの方を見ずに答える。

「この冬越村の領主だ。世襲の領主だが冒険者に偏見が無くよく依頼をするという。」

ハイジは分かってなさそうな顔をしていたが、シルトは気にしないようにした。


「じゃあ、その領主様に挨拶に行くとしますか。」

エトナはマグを干すとオークレー卿へ言った。オークレー卿は頷くとエールを一口だけ飲むとテーブルに置き立ち上がった。

ヨルゴがオークレー卿の残したエールを自分の腹に収めると、一行はラフトン亭を出てた。


塀に囲まれた冬越村にあって更に塀に囲まれた領主の館は荘厳、威厳、しかしながらも入り口は閉ざされることなく開かれていた。


門の横でいかめしい顔つきをしている武装した兵士にヨルゴが話しかけた。

「ねぇ~、俺ら冒険者でさぁ、今ここに来たんだけどパドレイグ卿に挨拶しろって。」

前後のむちゃくちゃなセリフを聞いた兵士はいかめしい顔を更に難しい顔にしたが、

「ついて来なさい」

と一言言った。


塀の中には兵舎と思われる集合住宅と、質素な二階建ての屋敷があった。一階と二階の広さは同じで、建物は横に広く奥行はあまりないように思えた。石組みされた壁の組み上がりからドワーフの作品である事が伺えた。様々な形、大きさの石が見事に組み合わされているからだ。


兵士はさっさと屋敷へ向かうと玄関からすたすたと中へと入って行った。一行は面食らいながらも後へと続く。

兵士は中で彼等が来たことを見ると玄関ホールからすぐ近くの部屋の前に立ち

「アルベルトです。旅の冒険者の方たちをお連れしました」

と扉へ叫んだ。


「入りたまえ。」

と中から低く響く声が聞こえ、アルベルトは扉を押し開くと一行へ中へ入るように示した。

シルトが軽く頭を下げ、先頭に立ち中へ入る。調度品は質素で、棚が一つあるばかり、代わりに目立つ広い樫製の作業机が部屋の中央に鎮座していた。


机の前には髭の男性が腰掛けていた。年齢を重ねた風貌だが、目には力強さを感じさせた。そのヒューマンの男性が立ち上がると一行を見回した。

「私が領主のパドレイグだ。冬越村は君たちを歓迎する。」

オークレー卿が身を折り応える。


「私はバハムートに仕えるオークレーと申す騎士。こちらの方々はこの度私の手助けをしてくれることになった冒険者『歯と爪』。我らはガードモア修道院の調査に来た次第です。」

パドレイグ卿はオークレー卿と一行を再び見回し、

「そうでしたか、ガードモア修道院を。」

と短く言った。


エトナ将軍はパドレイグ卿の声を聞くとオークレー卿の後を次いだ。

「村をガードモア攻略の拠点とすることお許し頂きたい。」

と頭を下げた。パドレイグ卿は少し考え込むと、

「村へ駐留する旨、わかりました。ついでと言ってはなんだが、私の依頼も受けて頂けないかな?」


パドレイグ卿は続ける。

「このところ、フォールクレストからこの冬越村まで続く王の道にオークの略奪隊が出るという話だ。何度か撃退したが、どうもガードモア修道院跡を拠点にしているらしい、ついてはガードモア修道院におけるオークの部隊についての情報を集めてくれ。」


「何かもらえるのー?」

ずっと黙っていたハイジがパドレイグ卿の目を覗き込みながら訊いた。

「無論、報酬は出す。」

「そうじゃなくてさー、なんか村で特典があるとかさー。」

無邪気に言う。パドレイグ卿は顔色一つ変えずにゆっくり答えた。


「旅の者のもたらす貨幣は冬越村の大切な収入源だ。」

「もっともだな。」

腕を組んで聞いていたシルトが言う。オークレー卿始め、一行はパドレイグ卿との会話が終わったことを感じ、頷くと頭を軽く下げ、部屋を辞した。


ヴァルスランの塔は冬越村の建物の中でもとりわけ異彩を放っていた。ラフトン亭のすぐ近くにそびえ立つ塔の木戸には、ツタ植物の意匠らしいノッカーが据え付けられていた。ヨルゴが面白がってノッカーを叩いたが、反応が無かった。ヨルゴは更に激しくノッカーを叩く。


それでやっと中から声が聞こえ、やがて戸口に現れたのは、白くなった髭を長くのばし、ちょうどてっぺんから禿げた頭に残った髪は白く長くなっている仙人のような老人だった。モグモグと口を動かすと、

「ようこそ、旅のお方、まあま中へ入りなさい。」

と一行を招き入れた。


通されたのは塔の二階部分だった。比較的綺麗に整えられた居間で、円卓が置かれ、壁沿いには書棚が並べられていた。書棚の本は整理されているのかは不明だったが、綺麗に収納されていた。老賢者は一行に椅子を勧めると自分もテーブルの奥の椅子に腰掛けた。


一行が椅子に腰掛けると、まずシルトが口を開いた。

「ヴァルスランさんは賢者でいらっしゃるとお聞きした。我ら、これからガードモア修道院に赴く予定で何か有益な情報がないかと来た次第です。」

ヴァルスランは〈ジェナシ〉をしげしげと眺めると

「うむ」

と言い、席を立った。


ヴァルスランは書棚に近付くと本を開き始めた。どんどんと足元に本が積み上がっていったが、

「これだ。」

と言うとテーブルにそれを置いた。

「ガードモア修道院は初期の北の開拓地での…。」

一行の目的やら何もろくに聞きもせずヴァルスランはガードモア修道院の歴史を語り始めた。


ガードモア修道院の歴史をひと通り語り、ヴァルスランは一行の様子を初めてそこで見回した。

「あそこには、『冬の幹』写本という魔導書があると聞く。報酬が出せる訳でもないが、もし見つけたら持ってきていただけまいか。」

「死ぬ前にその魔導書を読みたいでな…。」


「なんならポーションとか作れないの爺さん。」

ヨルゴがヴァルスランにぞんざいに訊ねた。ヴァルスランは怒りもせず。

「ワシには必要無いでな。やれんよ。」と言い、

「しかし、その魔導書の内容次第だが、魔法の品を鍛え出すことが可能かもしれん、まぁ、見つけたらでいいからの。」


ヴァルスランが口をモグモグさせ、そう言うと一行に茶を煎れ進めた。一行は奇妙なニオイがするこの茶をすすりながら、ガードモア修道院の歴史について質問したりしてしばらく過ごした。


二杯目の茶をすすめられたときオークレー卿が

「そろそろここで。」

と言い、一行もいそいそと立ち上がった。

ヴァルスランは

「それでは頼むの。」

と言うと、笑顔で手を振った。一行は塔の前に出ると、シルトとゴウト、エトナが頷き、いよいよ修道院跡へ出発することを決めた。


ガードモア修道院に潜む狂気 第二章 冬越村 了

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