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軍団

ヨルゴとランが辿り着いたのは古い砦の前であった。

石畳の先には大きな門と、それを守る巨人が見える。

「なんてとこに来ちゃったんだ。」

ヨルゴがひとり呟いた。ランは巨人とそれが守る砦の様子を見ても歩みを止めない。


「ちょっと!え!ちょっと待って?行くの?」

ヨルゴは泡を食ってランを止めようとする。

「なぜ止まる必要がある?」

ランは意にも介さず歩く。ヨルゴは決して筋力は低くなかったが、大股で歩くランにはかなわなかった。


ランに引っ張られる形でヨルゴは先に進み、二人は巨人の前に出てくることとなった。巨人は近くに寄ってよくよく見ると分かるが、双頭、つまり頭というか頭と顔が二つある。

「エティンだ。」

誰に言うでもなくヨルゴが呟く。腕を組むとフン、とランが鼻息を鳴らした。


エティンは面積少なな革鎧にスパイク付きの棍棒をつっかえ棒のようにして立っている。身体に着いた筋肉は、ぴったりと引き締まり、その獰猛さを伺わせた。二人の突然の出現にもエティンは動じた様子を見せなかった。右の頭がゆっくりと二人を見た。


エティンの頭をヨルゴはよく観察した。違和感の正体はすぐに明らかになる。片方の、つまり今は右の頭だけが動いているのだ。左の頭をよく見ると、目を閉じ、ゆっくりと上下していた。(眠っているのか?)ヨルゴはその事実を伝える相手を探し首を左右に動かした。


しかし目に飛び込んでくるのは当の双頭巨人と、黒い弾丸ことミノタウロスのランだけである。駆け引きのできる仲間はひとりとしてその場にはいなかった。ヨルゴはいよいよ窮地に立たされていることに気付いてしまったのだった。


エティンの頭がランに向かって口を開く。

「合言葉は?」

ランは珍しく困った様子を見せ、ヨルゴの方を向いた。

進歩だ!ヨルゴは思った。

「おい、合言葉は?」

ランを見て、ヨルゴの方を見たエティンは再度、今度はヨルゴに訊ねた。


ここでなんとかしなければ、とヨルゴは思うものの、合言葉など知りもしなかった。どうする?双頭巨人を相手にするにはこのミノタウロスとヨルゴの戦斧をもってしても相当、分が悪かった。エティンの顔を見ながらヨルゴは自分の思考が凝り固まっていくのを感じる。


「忘れたのか?」

エティンが言う。

「そうだな、ブルースに黙っててくれるならいれてやらなくも……。」

ヨルゴは思いがけない提案に面食らった。ランは聞いているのか、分かっていないような顔だった。それよりも今重要なのはこのエティンが自分たちを敵だと気付いていないことだ。


「おお!オーケーオーケー!頼むよ是非。」

ヨルゴは黙っているランに代わって畳み掛けるように言う。

「センディングストーンという魔法の品が中にある。そいつをもって来てくれればいいんだ。」

エティンは安請け合いしたヨルゴに提案を伝えた。

「え、何、それ?」

「そいつはお前が見つけんだ」

エティンが言う。ランは事情が飲みこめていないらしく、ヨルゴに助けを求めるような目を向けてきた。ヨルゴはランを見て小声で言う。

「(アイテムを持ってきて欲しいんだって、約束するフリをして中に入ろう)」

「嘘はいけない!」

ランが答える。


「どうした?」

ランの急な声に双頭巨人は身体を揺らして訊ねてきた。

「い、いや。大丈夫。問題ないですよ、ええ」

ヨルゴが取り繕う。ランは不満顔で鼻息を鳴らす。

「(お姉ちゃんは約束しなくていいから、俺がするから)」

ヨルゴは背すじにエティンの疑いを感じていた。


「いいですよ!もちろんですとも、持ってくればいいんでしょ?」

くるりと背後を振り向き矢継ぎ早に言う。エティンも気圧されたようだった。

「頼んだぜ。」

巨人はその巨大な両開きの扉に着いた引き輪に手をかけるとぐいと引いた。蝶番が甲高い悲鳴を上げ扉が開く。


仄暗い回廊が先に続いている、ここまできて後には引けなかった。そもそも、この建物に入る必要だってあったのかわからないのに。ヨルゴは肩を落とした。ランはブフーブフーと鼻息荒く扉口をくぐる。少し嬉しそうでもあった。迷宮を好むミノタウロスの性分のせいだろうか。


回廊はほの暗かったが、壁のくぼみには人物像が並べられているのを見てとることができるくらいではあった。勇士たちの像は盾を持ち、剣を構えていたがどの勇士も打ち壊され、腕や足が無くなっていた。

オークどもが巣食う建物だ、短気を起こして破壊したのは想像に難くない。むしろ、壁に穴があいていない方が奇跡とも思えた。ミノタウロスは目を光らせながら(文字どおりに!)左右を見回している。やがて、

「迷宮という感じではないな……。」

落胆したような声で言う。


(あたりまえだろ!)

ヨルゴは思った。その直後、思考は中断された。横合いから首を掴まれ、引っ張られたのだ!

「わわっ!」

ヨルゴが情けない声を出すも、転倒しないように踏ん張った。

「声を出すな。」

壁のくぼみから声がする。ヨルゴはくぼみの闇に最大限、目を凝らした。


「シルト!」

ヨルゴは懐かしいその名を呼ぶ。そして、ブフーブフーという音を聞き、急いで止めた。

「彼は仲間だ!」

今にも突進しそうなランをヨルゴは押しとどめる。

「本当か?」

ランは疑わしげに言った。

「何者だ?そいつは。」

奥からエトナが姿を見せた。


ドラゴンボーンの姿にランが少しだけ後ずさりする。

「彼女はラン。オークを倒すんで修道院に来たらしい。一人で歩いてたんでその、連れてきたんだけど」

更に奥からハイジが姿を見せた。

「何?迷子?」

出し抜けに訊く。

「いいんじゃーん?」

一同は顔を見合わせる。


「変わってるな、お前の仲間は。」

ランはヨルゴに言った。

「一人だけ見て判断しないでほしいな。」

「全員見て言ったんだ。」

「もう鏡は見た?」


「とにかく君が手伝ってくれるなら心強いよ。」

シルトが割って入った。回廊は相変わらず薄暗い。

「この前の部屋にいたのは前衛部隊だけだった。」

シルトが言うとヨルゴは

「死体ばっか転がってた部屋か、見たよ。」

と応えた。


「建物の防備から見て親玉が居るとは思うんだが。」

シルトがヨルゴの言葉を受けて答えると、ヨルゴがはっとした顔をした。

「中にボスが居るって言ってたよ?」

「誰が?」

エトナが訊く。

「エティンだよ、見なかったの?」

エトナとシルトは顔を見合わせ

「そんな事聞いてない。」


「何を無駄口を叩いているんだ?オークがいるんだろう、先へ進もう」

三人の話に業を煮やしたランが鼻息も荒く言い放った。いずれにしても先へ進むしか選択肢はありえない。皆、一様に頷くと、奥の方へと進み始めた。道は暗く、先は見えない。しかしこの闇が一行を覆い隠した。


オークの首領、バークロシュは苛立っていた。かつてガードモア修道院を壊滅せしめたストーンマーチ族、その一族を統べる地位を争わんがため再びガードモア修道院という地へオーク達を率いてきたのに、成果が上がらない。玉座の肘掛を叩く手も強くなろうというものだ。


こうしている間にも政敵であるヴァクィーは他の戦士を丸め込んでしまうかもしれない。あるいは闘争の準備は完了しているかも……。横に控える女オークの厳めしい面にも首領の不機嫌を心配する色が見え隠れしていた。部屋に控える戦士たちもどこか落ち着かない。


バークロシュがテーブルの杯に手を伸ばしかけたその次の瞬間、部屋にいたオークの戦士の一人が血を噴き出して倒れた。部屋にいたオーク全員が目を白黒させる。すると次の戦士の腕が断ち切られ、石畳の床に転がり落ちた。

「グアアッ!」

悲鳴とも咆哮ともつかない声があがる。


「防御隊列を取れ!背を見せるな!部屋に敵はおる。」

バークロシュは一喝号令し、戦士たちは狼狽えることなく隊列を組んでみせた。

「そこか!」

隊列の戦士が声をあげる。

「ちぇ、見つかったか。」

血の流れ落ちる斧を構えていたのはシフターの斥候スカウトヨルゴである。


影からシルトが姿を現す。

「敵も手練れのようです。気をつけてください。」

バークロシュも眼光鋭く、突如現れた武装集団を一瞥する。刹那、シルトとバークロシュの懐が光を放ったかと思うと、仕舞い込まれていたカードが空中へと躍り出た。


「な、デックのカードが!」

突然の事態にシルトが慌てた様子をみせた。

「何なのあれは?」

エトナがシルトに尋ねる。

「わ、わかりません。」

バークロシュは油断なく大斧を構えている。

「他のカードに反応したのかも。あいつもカードを持っていたのでしょう。」


バークロシュは飛び出してきたカードを見ると、都合いい……と思わざるをえなかった。アーティファクトはバカなオークに集めさせるだけが能ではない。集まればいいのだ。あいつらにやらせればいいではないか。冒険者のことは知っている。金を掴ませればいいのだろう。


今にも飛びかかろうとしている戦士を見てバークロシュは急ぎ制止する。戦士は露骨に不満そうな表情をしたが、利用価値がある限り、敵対は得策ではない。

「ようこそお客人、君たちの力はよく見せてもらった。どうだろう?私と手を組まないか。」


「もちろん、報酬も出すぞ。どうかね。我がストーンマーチ族全員と事を構えるよりもずっと賢いと思わないか?」

バークロシュは自信があった、現にあのシフターが他の仲間を見始めたではないか。迷っているのだ。別に我らを倒すことが目的ではないのだと。


しかし、次の瞬間には、最前線に立っていたオークの狂戦士が空中へと吹き飛ばされていた。


吹き飛ばしたのは


ランだった。


歯と爪の黒い流星ことミノタウロスのバトルマインド・ランはそのバトルアックスを存分に振るい、オークを軽々一体空中へと吹き飛ばすと、怒りに猛り狂った目を光らせ、鼻息荒く言い放った。

「オークは許さん。死あるべし。」

「あ、そうですよね。」

ヨルゴがつぶやいた。


斧かとも思える幅広の剣を石畳に突き刺し、バークロシュは立ち上がった。他のオークたちは呆然としてバークロシュを見ていたが、バークロシュが荒々しく鼻息をひとつ吐き出すと、慌てて武器を構えなおす。

バークロシュは血反吐を床に吐き捨てた。兜の奥から一睨み、辺りを見回すと

「オレは賢い方じゃないが、お前たちといると世界一賢いオークなんじゃないかという気がしてくる」

と言った。

「殺せ!グルームシュに血杯を捧げてくれる!」


エトナは顔色ひとつ変えずに戦斧を構えると、まだ汗を流すオークたちを見据えた。耳の後ろまで裂けた口が開き、鱗が揺れる。太く血の通う髪がざわめいて、眩い光が喉から迸った。竜の息、ブレス・ウェポンがオークの鎧を、肌を、灼いた。

一瞬の閃光にオークたちが目を閉じたのは失敗だった。砂礫の載った石畳の床ですら音ひとつ立てずに《シフター》は走り抜けた。跳躍ひとつ、オークの足は切り裂かれ、次の刹那、頭は胴体に別れを告げた。それは今生との別れでもあった。


「怯むな!突撃!」

号令一下、バークロシュの怒号が破壊された広間に響くとオークは武器を床に叩きつけ、狂乱の叫び声を上げる。次々に駆け出したオークの先に立ち、仲間への突撃を阻んだのは細身の剣士、シルトであった。

剣を振い、さっと半身をとると、オークたちが次々とシルトに殺到した。しかし、不可視の壁に、いや盾にぶつかり、バタバタと倒れ伏した。 ヨルゴはその首に斧を振り下ろすだけであった。無慈悲な刃がオークを屠る。オークどもはよろよろと立ち上がるとまた倒れた。

バークロシュはランと切り結んでいる。鉄でできた山のようなミノタウロスは頭上に光輪を輝かせ、不自然な軌道で斧を振るう。次元の神秘、悪意の対向者、サイオニックの力はオークを粉砕せんとこの黒い勇者に宿っていた。

バークロシュは腕を、その鈍器を振るい、ミノタウロスの英雄を沈黙させようとする。お互いの武器が弾き合い、状況は膠着したかに見えた。

そこへ飛び込んできた者がいる。二刀の斧、輝く目を持つ、怪物の殺戮者、ヨルゴだ。《シフター》のレンジャーは、ランだけを見ていたバークロシュの懐に造作もなく飛び込むと、素早く、その両腕を振り抜いた。オークの黒く、濁った血が迸ると、バークロシュは咆哮をあげた。

バークロシュの怒号は、他のオークたちを浮足立たせた。ちらりと視線を咆哮の元へと送る。その刹那、ハイジは、杖を揚々と振るい、空気中へと秘術の力を解放した。雷光がバークロシュをかきむしると、バークロシュを不可視の腕が掴みあげ、床のひび割れへと引きずる。

バークロシュは出血のため、意識もしっかりしない状態であった、さらに襲い掛かってきた雷の閃きの前になすすべもない。「あの、牛」と思った次の瞬間には、堅い石畳の地面へと叩きつけられていた。それが、ガードモア修道院の街を牛耳っていたオークの首領の最期であった。


オークたちは目の前の光景が信じられずにいた。グルームシュのおぼえ高き我らの将が血を流し、階下へとなすすべもなく落とされるなど。士気はくじかれ、武器を取り落とすオークさえ出てきた。シルトがロングソードを振るい、難なくオークの首を落とす。転がり落ちた頭を見る。

そこからは簡単だった。指揮を執るものもおらず、オークは一網打尽にされた。この広間から逃れ出たオークは一匹もいなかった。玄関では双頭巨人が頑張っていたし(歯と爪の一行はこの巨人と事を構えるのは嫌だった)、オークを残しておいていいことなど何もなかったからだ。

バークロシュの懐から飛び出した、デック・オヴ・メニーシングスのカードは愚者を示していた。シルトは自分の持っていたカードとバークロシュのカードを拾い上げると、一行の先を促した。


食えぬ荷物ばかり増えた一行は綻び始めていた背嚢を背負い直すと、無人となった正面の大門を目指した。荷物は重いが足取りは決して重くはない。


「このカード…。」

冬越村への途上、シルトが口を開いた。

「何なのでしょう。」

エトナが口を開けた。ハイジがカードを掴もうと手を伸ばすと、シルトはさっと躱した。

「むー…。」

「お前が分からないなら。」

エトナは将軍を威厳を損なわない。

「私たちには分からんさ。」


村へ入ると、ミノタウロスのランは先を歩く一行に告げた。

「オークは死んだ。」

シルトが振り向く。

「それで…。」

ランは遮った。

「一度、別れよう。お前たちには力は貸す。」

「止めはしない。」

エトナが返した。肩を竦めて見せた。

「こんな連中ばかりだからな。」


ランが微かに笑ったように見えた。

「雑用もあるの、突撃ばかりが仕事ではないのよ。」

村の防壁の入り口で別れると、一行は中へ入って行った。

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