2ー2 カマドウマ
ジャック・リケットの生存術は、常に『チンケ』であることだった。
彼は、とにかく大きな仕事をしないことを心がけていた。獲物と言えば、石よりも固いパン、野菜の塩漬け、臭いのきつい干し肉、粗悪な酒等々、汚い店の安い商品ばかりを狙って、その日の糧としていた。
渾名は『カマドウマ』
町の憲兵達は、外壁を破りたがる悪鬼害獣、死を崇拝し人を拐う邪教集団に頭を悩ませており、路地裏を跳ねるジャックなどには、構っていられなかった。ジャックが足を洗うまでにかけられた賞金は2000ロンカ。酒場で飲み食いすれば、小銭も残らない。
そんなチンケな男は、何を間違えたかゾッドの大穴に挑んだ。無論、あっという間に罠にかかり、ゾッド自身からたっぷりと拷問を受け、致命傷までに追った。
だが、何がどうして間違ったのか、彼の盗みは成功してしまった。あとは、剣を家に持ち帰れば、彼の望みは叶うのだが―
「……前が……見えない……」
右目は割れ、肩には矢傷、ゾッドの剣を受けた右手は、肘のを辺りまで腐食が進んでいる。普段、指が切れただけで騒ぐような男が、医者も青ざめるほどの重傷を抱えて歩き続けいた。全ては左手の剣を、家に持ち帰るためだ。
「……待ってろ。アマンダ……今、帰るから……絶対…」
血を失った膝が崩れ、ジャックは倒れ込む。
大穴から、どれだけ離れたか。家にどれだけ近づいたのか。
失明した右目には、愛する女の笑顔が映る。
「ああ…どうか…何でもいい。死んでもいい…彼女だけ…彼女だけは救ってくれよ…」
最期の言葉を待たずして、ゆっくりと左の瞳孔も開き始めていた。