1ー1 死の神様
「おお。きたか。待っておったよ。さあ、そこは寒い。暖炉の前へおいで。ん?大丈夫じゃよ。ワシはちっとも眠くない。お前のパパは、他人に遠慮することこそを美徳としておるがな。それは、身内にとって、寂しく感じることと知らなんだよ。
さて、リディー、お前がワシの本に興味を持ってくれたことが、ワシは何よりも嬉しいよ。このお話は、お前には少し難しいかもしれん。でも、気にするな。わからなければ、わかる頃に、もう一度読めばいい。そうすると、今とは違う感覚や楽しみを見つけることが出来るよ。
では始めようか。
これは、リディーが生まれる前、お前のパパや、お爺ちゃんが生まれる、ずっと、ずーっと昔の話だ」
その昔、まだ人が生まれて間もない頃、人は「死」というモノを知らなかった。「死ぬ」という出来事が起こらない時代があった。
その時代の人は、日がな一日寝ていても、腹が減ることはなかったし、月日が経ち、身体が大きく育っても、老いることなく生き続けることができた。
腹も減らぬから、他の獣と争うこともなく、仮に手酷く噛まれても怪我さえしない。無論、病を罹って、血を吐く様なこともなかった。
人は、平和に祝福された生き物であった。唯一問題があるとすれば、余りにも平和過ぎて、自分達の数が中々殖えないことであった。
人は、永遠とも言える時間をかけ、ゆっくり、ゆっくりと世界にその数を増やしていった。
ある日、「死」と名乗る神が現れた。
死の神様は、黒い汚泥で作ったマスクを被り、自分の髪で編んだマントを身体に纏っていた。人は、死の神の滑稽な姿をひどく嘲笑ったが、神はそれ以上に残忍で傲慢な性格であった。
死の神は言った。
「貴様らに終わりを教えてやろう。そこから始まるは私の世界。血も、肉も、魂も、全て私に属すこととなる」
彼は、その力を持って、人に死を知らしめた。
夜影に忍び、吐息に病に混ぜれば、肉も血もたちまちに腐り落ちた。清き魂が天に帰らぬよう、朽ちた肉体の中へ縛ると、自らの支配する地底の世界に、死の奴隷として閉じ込めていった。
人は、永遠を奪われた。
人にとって、死を知ることは絶対的な恐怖であった。
その一秒先、隣の誰かが死んでいるかもしれない。さらに、その一秒先は、自分が死ぬのかもしれない。
人は、生きることに本気になった。
絶対的な恐怖から逃れようと、もがき始めたのだ
毎朝、早く目覚めると、集落の全員で木を切り、鉄を打ち、夕刻迄に揃える限りの武具と灯りを準備した。夜は息を潜め、寝ることも忘れて薪を焚べ、物音がすれば、一斉に武器をとり騒ぎ立てる。
それでも、翌朝、目を開けると、人数は減っていた。死の神は誰も許さなかったし、誰一人として逃さなかった。
人間は完全に無力だった。残る者に出来ることと言えば、奪われた者の代わりに、大地に墓標を建てることのみ。
人が減り、
木が減り、
獣も減り、
只、石と鉄だけが世界に犇めいた。
毎度、読んで頂きありがとうございます。
贅沢にも、コメント・感想募集中でございます。
10月18日改稿1