Goin' Back To Georgia 2
「でっかい家!」
バネッサの実家前に着いたアーロンは思わず叫んだ。
「そうかしら? 隣のラルフの家はもっと豪邸よ。器がでっかいからラルフはどこまでもすくすく成長したのよね」
というバネッサのジョークにもラルフは笑えない状態だった。
今から「アタシ」ではなく「僕」で、エヴァンは「恋人」ではなく「友人」。その切り替えですでに口数が減っていたラルフだった。
「健闘を祈るわ、エヴァン。また合流できそうだったら集まろうね」
そう言うとバネッサはアーロンを伴って敷地内に消えた。アーロンの顔も若干緊張していた。
バネッサの言うとおり、ラルフの実家はまるで今にもスカーレット・オハラが飛び出してきそうな邸宅だった。
「よし!」
エヴァンは自分に言い聞かせた。数日はラルフとセックスはもちろん、キスもハグもできないけど、恋人を守る騎士にはそれも戦いだ。
家に入ることを躊躇しているラルフにもう一度言った。
「僕がキミを守るよ」
ラルフは無言でうなずいた。
「ただいま! 父さん母さん!」
ラルフは明るい声でドアを開けた。もう何か吹っ切れたようだった。
「ラルフ、おかえりなさい」
と母親が抱きついてラルフの頬にキスの雨を降らせた。ラルフのサイズはどうやら母親ゆずりらしい。
次に父親とハグした。
「もっとまめに帰ってこい」
と苦言を呈しながらも父親も満面の笑顔だった。
「彼は親友のエヴァンだよ。南部に来たことないって言うから連れてきたんだ」
ラルフ、みごとな男っぷり。
「はじめまして、エヴァン・ギルバートです」
父親と握手したエヴァンもなかなかの好青年っぷり。
「よく来てくれた、わが家だと思って楽しんでくれたまえ」
「おじいさまは元気?」
「たったひとりの孫の到着を待ちくたびれているわよ」
通されたリビングは、エヴァンがかつて訪れたことのあるどこよりも広くて重厚な造りだった。その天井の高さといったら! バネッサが言うように、こんな環境だから2メートルの巨人が育ったのかもしれない。
その中央の椅子に老人が腰掛けていた。ラルフに比べたら小柄な老人だけど、全身から漂う雰囲気にエヴァンは圧倒された。失態は演じられないな。
「おじいさま、ご無沙汰してしまいました」
とひざまずいて老人に挨拶するラルフに
「仕事が忙しいのはいいことだ」
と言って、老人はその視線をエヴァンに向けた。
「友人のエヴァンと一緒に帰りました」
「はじめまして、エヴァン・ギルバートです」
エヴァンもかがんで老人と握手した。
「ヘンリー・アンダーソンだ。すまんな、最近足の具合が悪くてな。座ったままで失礼するよ」
エヴァンはちらっと壁に掛かった数丁のライフルを見た。
「キミもライフルやるのかね?」
すかさず老人から質問された。
「いいえ、その機会にはめぐまれませんでした」
「それは残念だな。その1番下の短いヤツはラルフの6歳の誕生日に贈ったファーストライフルだ。なかなか筋が良かったな。最近はやっていないのか?」
「仕事が忙しくてなかなかできませんよ」
ラルフがライフルやっていたとは、エヴァンには驚きだった。
今回の訪問でどれだけラルフの情報が更新されるのだろうか。
楽しみでもあり、ちょっと怖いエヴァンだった。
夕食はそれはそれは豪華な食卓だった。母親は朝から、いや数前日から準備していたんだろうな。ラルフの料理上手も母親ゆずりなんだなとエヴァンは思った。
「3年ぶりの母さんの手料理はやっぱり美味しいよ」
とラルフが言った。3年というとエヴァンとつき合いだしてからの年月と一致する。ラルフはエヴァンとつき合ってから帰省しづらくなっていたのかもしれない。それはエヴァンにとっても同じだったけど。ゲイやLGBTはやましくないと口では言いながら、帰省できないでいるのは矛盾してるよな。
「ラルフ、お前まだ嫁をもらう気にはならんのか?」
とヘンリーが唐突に聞いた。
「ええ、事務所を構えたところでまだまだ仕事も不安定で。なかなかそのチャンスもありませんよ」
これは想定していた質問だったらしく、ラルフはよどみなく答えていた。
「男は家族を持ってこそその真価を発揮できるというものだ。ワシはとなりのグリーン家の死んだ爺さんと約束していたんだがね、お互いの孫を一緒にさせようと」
「おじいさま、ミスジョージアの女性なんて僕には手が届きませんよ」
「そうだったかな? グリーン家の爺さんに聞いたところによるとお前がふったらしいがね」
ラルフが口ごもった。ヘンリー、タダの老人ではなさそうだ。
「おじいさま、彼女はすばらしい伴侶を得て今では2人の子供もいるらしいじゃないですか」
「姉がダメなら下のじゃじゃ馬でも良かったんだがな。おてんばだがなかなか根性のあるいい娘だったな」
「残念ながら今回バネッサは婚約者を連れて僕たちと一緒に帰省しましたよ」
「ほお? その婚約者はどんな仕事をしているんだね?」
「まだ学生ですが、ロースクール目指して法律家になるらしいです。一人前になったら結婚するそうですよ」
「それは立派な心がけだ。ところでエヴァン君といったかな? キミはどんな仕事をしているのだね?」
あ、ついにこっちに来ちゃった。自称小説家、ゲイのフリーター、セックス依存症で弁護士ラルフのひもなんて肩書きを披露したら、たちまちライフルの餌食だよな。
「はい、僕は文章を書くことを生業としています。小説やエッセーを書いています」
「ふーん」
え? それだけ? ヘンリー爺さん。そりゃあ、あんまりじゃないですか?
「エヴァン君は結婚はしているのかね?」
「いえ、結婚はまだですが婚約中です」
あなたの自慢の孫とね! 心の中でのせめてものエヴァンの抵抗だった。
「ふん、文筆業でちゃんと家族を養っていけると良いがな」
またかよ? ジジィ。
「まあまあ、お義父さんったら。久しぶりにラルフたちとのおしゃべりが楽しくてしょうがないのね」
母親が助けてくれた。
「父さんがこんなに楽しそうにしゃべるのを見るのは久しぶりだな。ラルフ、もっとまめに帰ってきなさい」
と父親に再びたしなめられた。