細マッチョの恋
気分を変えるにはジムで汗を流すのがいちばん。
「ねえラルフ、ウェアってこんなので良かった?」
最新のウェアで更衣室から出てきたバネッサは周囲の目をひいた。
「かわいいわ、バネッサ。それでアーロンの心をしっかりつかんでね」
LDFはまだその活動を停止していなかった。公園のトイレで敵の術中にまんまとはまってしまうという失態を演じたが、愛を防衛するためにはまだまだ戦いは必要だとふたりは判断した。
「なぜアーロンが急にジムに通いだしたと思う?」
バネッサがラルフに聞いた。
「わからない」
「アーロンはあなたになりたいのよ。それで大学にも戻ったの」
「え?」
「アーロンはエヴァン好みの男になりたいのよ、あなたみたいな。認めたくはないけど」
「そんな……じゃあバネッサ、あなたも鍛えてマッチョになってよ。アーロンの心をつなぎとめてよ」
この時点でLDFの戦況はかなり不利になってきているのは明白だった。
「わかった、私がんばる。マッチョなデスメタルボーカルになる!」
「そうよバネッサ! アタシがトレーナーになってあげる。お互いの愛の防衛のために頑張りましょう!」
作戦会議を終えたラルフとバネッサが遅れてトレーニングルームにやってくると。
エヴァンも、アーロンも、それぞれ男たちに囲まれてひたすらモテていたのだった。
「もうやだ、男にモテすぎる恋人なんてやだぁ」
とめずらしく半泣きのバネッサ。
「アタシが害虫を蹴散らしてくる!」
ラルフが恋人にたかる男たちを無言で威嚇して退散させたのは言うまでもない。
「助かったよラルフ、断ってもしつこくて」
とエヴァン。
「さんざん言い寄られてゆっくりトレーニングもできなかったよ」
と言うアーロン。そのアーロン、あの頃と比べて明らかに筋肉がつき始めていた。
「ラルフ見て、ちょっと腹筋も割れてきたんだよ」
とシャツをまくって見せた。
恋敵ながら、その努力は認めざるを得ないラルフだった。ま、負けないから、アタシ!
その後のラルフとバネッサのトレーニングといったらすさまじいものだった。
鬼気迫るその姿は愛を死守せんと戦地に向かう覚悟の戦士そのもの。
ラルフの鋼の筋肉の躍動を見ながら、再びグラディエーターとローマ皇帝の妄想にひたっていたエヴァンにアーロンのつぶやきが聞こえた。
「かわいいな、バネッサ……」
ランニングマシンのバネッサの後ろ姿を見つめながらのつぶやきだった。
バネッサの背中が汗で濡れていた。
「へえ、アーロンもそういうこと口に出すんだ、意外だった」
とエヴァンが突っ込むとアーロンは
「淫らな妄想で恋人を視姦するよりはるかに健全だろ!」
と照れながら
「でも確かにちょっと欲情するけどね」
と続けた。
夕食はラルフ馴染みの日本食の店の個室で。
「日本食は大好きなんだけどこの箸ってヤツがね、私苦手なのよね」
と悪戦苦闘するバネッサ。二本の箸を握って料理を突き刺して食べようと苦労していた。
アーロンは笑いながらバネッサの後ろにまわり彼女の右手に箸を持たすと
「こうやって、下の箸は固定した状態で上の箸を親指、人差し指、中指ではさんで動かすようにしたらいいんだよ」
と優しく教えた。
「最初は難しいけど慣れれば意外と簡単だよ」
アーロンの完璧な箸使いに一同は感動した。
「すごーい、アーロンって。どこで覚えたの?」
とバネッサが尊敬の目でたずねた。
「昔、父さんの仕事で日本にいたんだ。その時のお手伝いの女性に教えてもらった。だから日本食は大好きだよ。ナットーっていう発酵した大豆も食べられるよ」
「へえ、私アーロンのこと何にも知らなかった。日本にいたんだ」
というバネッサに
「世界中いろいろなところに行ったよ」
と答えた。
「ねえねえ、バネッサはアーロンのおうちに行って家族にも正式に紹介されたんでしょ? その時のお話聞きたいわ」
とラルフが目を輝かせて聞いた。