疑惑のふたり
「緊急事態! S極とN極が密着してます!」
とバネッサ。
「まあ! エヴァンったらアーロンの肩を抱いてるわ。どうしよう」
ラルフは動揺していた。
少し離れた木立の陰でLDFのメンバーはターゲットの動静を監視していたのだ。
「同志ラルフ、落ち着いて! 今ここで私たちが戻ってふたりがトイレに行くって言いだしたら危険度はMAXよ。疑惑は確定と言ってもいいわ」
「トイレ? なぜ?」
「言いたくないけどね、公園のトイレはアーロンたち男娼にとって営業の場所のひとつなの」
「まあ!」
ラルフは両手で頬を押さえた。
バネッサとラルフは疑惑の恋人たちが待つベンチに戻った。
「ずいぶん遅かったね。あれ? 鳩のえさは?」
とエヴァン。
「鳩のふん害が問題になってえさやりは禁止になったんですって」
とラルフ。
ふたつ離れたベンチでは老人が足元に群がる鳩にえさを与えているんだけど。
「あれ? ドリンクの氷がすっかり溶けちゃってるね」
とアーロン。
「今日は暑いから溶けちゃったの!」
氷を溶かしたのは私たちのジェラシーよ! バネッサは心の中でつぶやいた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
と言うエヴァンにアーロンも同じた。
「あ、僕も」
ついに来た。恐れていたその瞬間が。
疑惑の男たちが連れ立ってトイレに向かった。
「どうしようバネッサ」
「早くあなたも行きなさいよ!」
うろたえるラルフにバネッサが命じた。
「だって、男の人のトイレじゃない。嫌だわ」
「あなたしか行けないでしょ? 私が男子トイレに侵入したらそれこそスキャンダルよ、これでもいちおうロック界のスターなのよ。パパラッチのネタになんてなれない」
説得されて仕方なくラルフがトイレに向かった。
「ねえエヴァン。僕たちってすごく愛されてるよね」
とアーロンが笑った。
「うん、ラルフがついてきた。ラルフ、公共の男子トイレに入るのすっごく嫌がるのに」
「ちょっと遊んでもいい? 愛の確認作業だよ」
いたずらっぽくアーロンがウィンクした。
ラルフが恐る恐る男子トイレに入ったらエヴァンの姿もアーロンの姿もなかった。
二つある個室はどちらも使用中だった。
そのどちらかから「うっ」という押し殺した声、聞き間違えるはずがない恋人エヴァンの声だった。
すかさず「はあはあ」というアーロンの荒い息づかい。
ラルフは両手で耳を押さえて立ちすくんでいた。まさか、まさか。個室でふたりが。
ジャーと水を流す音が聞こえ、二つの個室のドアが開いてそれぞれエヴァンとアーロンが出てきた。
「あれ? ラルフも個室に用?」
とアーロン。
「やあラルフ、すっきりしたよ」
と笑ったエヴァンの笑顔が凍った。
「エヴァン……」
と放心したようにつぶやくラルフの目からポロンと涙がこぼれた。
しまった! やりすぎた!
「ごめん、悪ふざけしすぎた、ごめんラルフ」
エヴァンは焦った。
「エヴァン、早く個室にラルフを連れ込んで関係を修復するんだ! 僕が見張っているから」
とアーロンも慌てた。
「アタシがいけないの。エヴァンを信じられないアタシが……」
しくしくと泣き出したラルフにローマ皇帝エヴァンの芯が疼いた、ズキーン!
恋人泣かして欲情するなんてどこまで最低なんだ、エヴァン・ギルバートは。
「ごめんラルフ、あの夜のこと気にしてるんだね。無理もないよね。でもあの夜、本当に何もなかったんだ。ほとんど……」
「ほとんど?」
地雷を踏んだエヴァンだった。
バネッサの待つベンチに戻ったアーロンは正直に話した。
「キミたちの行動があまりにも見え見えで面白いからラルフをからかったら泣かせてしまった」
「ラルフにだけかわいそうなことしちゃった、どうしよう」
とバネッサ。
「キミもあの夜のこと気にしてたんだ、ごめん。でも僕とエヴァンには何もなかったんだ、ほとんど何も……」
「ほとんど?」
ここにも地雷を踏んだ男がひとり。