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Anatomy Story  作者: 空谷陸夢
Vecson's Anatomy
4/22



***



彼女に、クレオ・カートンに初めて会ったのは僕がメディカル・スクールの2回生になった時だった。



あの時は昼から講義があって、ゆっくりと学校へと向かっていた。横断歩道の信号が赤になっていて、僕が周りの人同様に足を止めて走っていく車をボーッと眺めていたその時。

形容のしがたい大きな音がしたかと思うと、信号無視したトラックが乗用車に突っ込んで、事故が起こった。


周りがキャーキャーと騒ぐ中、トラックに突っ込まれた乗用車が突っ込んだタクシーから彼女が降りてきて大声で叫んだ。



『私はドクターです! 通して! 手の空いている無事な人は、中の人を助けるのに手を貸してください!』



彼女の声でみんなが戸惑いながらにも、動き出した。

もちろん僕も彼女に近づいて、重傷者である乗用車の運転手の応急手当にあたった。


けど、メディカル・スクールの2回生の僕に出来ることなんて何にもなくて、出血の酷い運転手を見てただ励ますしか出来なかった。その間にも彼女は周りに911への電話を掛けさせ、自分は着ていた上着を脱ぎ運転手の腹部に当てて止血していた。でも、彼女自身も顔の左上、おでこの左側を怪我していて血が出ていた。



『あなたも怪我してる!』



周りのざわめきに負けないよう大きな声で指摘しても、彼女は『大丈夫』の一点張りで運転手を止血し続けた。


救急車と共に救急隊員が到着すると、彼女は隊員が止めるのも聞かずに意識のなくなった運転手に挿管して、腹部を開いて応急措置し出した。



『ドクターよ!』



うるさい救急隊員を一喝して、手当を続け血が止まると運転手と一緒に救急車に乗って病院に行ってしまった。



『あなたは大丈夫なの?』



救急車に乗り込む際、僕にそう尋ねた彼女。僕が大丈夫だと言うと安心したように息をついていた。

学校に行くと、事故に遭っておまけに治療に参加出来た僕に友達はうらまやしがったけど、僕は彼女のことが頭から離れなかった。



必死で運転手を助けようとしていた彼女。

救急隊員を一喝した彼女。

安心したように少し微笑んだ彼女。



事故の現場で不躾だけど、僕はあの時彼女に一目惚れしたんだ。


その次の日。

朝から店にいた僕は彼女と再会した。



『あっ、昨日の……』



驚いて声をかけると、彼女も驚いたみたいで顔がポカンとしていた。



『あの、もしかして……マンハッタン・グレース・ホスピタルのドクターなんですか?』



MGHのドクターは近いせいもあって、よくこの店に来るけど彼女は今まで見たことがない。

僕の質問に彼女はコーヒーを受け取って、気まずそうに笑った。



『ゴメン。私、ドクターはドクターでも外科のインターンなの。昨日からMGHの研修プログラムでこっちに来た』

『ええ?! じゃあ、あそこで治療したのってマズイんじゃ……』



インターンは病院内でしか医師の資格がない。でも、彼女はあの時でかい声で『ドクターです!』って。



『そう。初日から外科部長やレジデントに説教された。一ヶ月間オペ室出入り禁止』



『最悪』と顔をしかめた彼女に、不覚にも見惚れてしまった。

それからは朝や夜に彼女が店に来る度に話をして、段々と仲良くなった。仲良くなったっていっても、『今日は大動脈瘤のオペなの』とか『今日は直腸検査14人もやらされた』とか彼女のインターンでの話をする程度だけど。


でも、それだけでよかった。話を聞く限りじゃ、彼女はフリーだったし、好きな人もいない。

もっと仲良くなってから告白しようと思った。


それが、間違いだったんだ。


どういう経緯があったのかは知らないけど、彼女がインターンとしてニューヨークに来てから数ヶ月経った時。

その日の朝は週始めっていうのもあって、めちゃくちゃ店が混んでた。

彼女がいつも来る時間には、カウンターに長蛇の列がなしていた。



『今日は人が多いな』

『ああ、どうも。Dr.デイヴィス』



いつも朝早く来るデイヴィスがレジに並んで、いつものようにコーヒーだけを注文した。

彼もMGHのドクターで、腕の良い心臓外科医だ。

その彼が、その日はいつもと違うことをした。

ふと気が付いたように店の外に目をやって、少し考えてからコーヒーをもう一つ注文したのだ。

不思議に思いながらも、二つのコーヒーを彼に渡した。彼が列を抜けた後も淡々と仕事をこなして、ふと視線を横に向けた。



あの時横を向けなきゃ良かった。



デイヴィスが彼女にコーヒーを渡して、あろうことか二人並んで病院に向かい始めた。彼女は訝しげにしていたけど、素直にコーヒーを受け取っていた。


ショックを受けなかったかって?

受けたよ。もちろん。半端ないくらいのショックをね。

その時はまだ付き合ってたかどうか知らないけど、彼が彼女に気を持っていたのは確かだった。

野心家で人に気を使わないはずのデイヴィスが、彼女に会うために朝早く店に来て彼女に会い、時にはコーヒーを奢っていた。彼女は彼の気持ちに気付いてないみたいだったけど。

決定的になったのは、朝いつもの時間にデイヴィスと彼女が二人して店に入ってきたのを見たときだった。彼女はいつものように眠そうにしていて、デイヴィスは彼女の顔に掛かった髪を退かしていた。


それだけで、二人が恋人同士になったのが分かってしまった。



『あれ、二人付き合ったんですか?』



友達のニックが余計なことを尋ねたのに、デイヴィスは伺うように彼女を見下ろした。彼女はその視線に気付いて面倒くさそうに口を開いた。



『付き合ってる以外に私がデイヴィスと二人でここにいる理由、ある?』



彼女の答えにデイヴィスは苦笑しながらも嬉しそうに口の端が上がっていた。

その日の僕の落ち込み方っていったらない。ニックに話し掛けられても、ジョニーさんに話し掛けられてもただ頷くしかなかった。


僕が初めに彼女に会ったのに。

なんでデイヴィスなんだろ。まあ、デイヴィスが彼女と付き合い始めて変わったのは誰が見ても分かるほどだった。とりあえず表情が柔らかくなったし、よく笑うようになった。MGHのドクターによると、外科部長に二人のことをカミングアウトまでしたらしい。

そこまでするってことは、相当彼女のこと愛してるんだろうけど、彼女の方はまったく自覚なしっぽい。僕の気持ちにも気付かないしね。


とまぁ、長々と二人のこと語ってみたけど、要するに僕が好きなのはクレオ・カートンで、でも彼女にはブライアン・デイヴィスっていう満点彼氏がいるってわけ。彼女にベタボレな心臓外科医の彼氏がね。



OK?

理解した?





***




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